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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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33/85

33 募る不満

 

 事件から日が経ったある日、警備隊から正式に事件について説明があり、全校生徒を対象とした持ち物検査が行われました。


 そう、男子生徒だけではありません。盗まれたのがネックレス、ということで女子生徒も関与している可能性があるとみなされ、もれなく全員です。


 学院中も隈なく捜索され、寮に入っている者は寮の部屋を学生同士で確認するように通達がありました。

 やましい隠し事のある私は気が気ではありませんでした。

 亡き母の遺品などは公爵家の部屋に置かせていただいていますが、ミカドラ様にいただいた香水を寮生に見られてしまって、冷や汗が出ました。幸い、特に気に留められなかったようです。


 大捜索の成果はなく、ネックレスは見つかりませんでした。

 犯人が犯行後にそのまま盗品を持ち歩いているはずがありません。隠すにしても学院の敷地は選ばないと思います。

 それが分かっていても、警備隊としては、形式上調べないわけにはいかなかったようです。一度ベネディード家の跡取りに疑いを向けてしまったことで、必ずや犯人を特定せねばとさらに捜査に力が入ったようです。


 授業が潰れ、荷物を調べられ、むやみに疑われ、さらには学院内に強盗犯がいるかもしれないという恐怖心もあって、生徒たちはストレスを溜めて行きました。それとともに徐々にキャロル様への同情心が薄れていったのです。


 そして事件が解決しないまま、様々な荒唐無稽な噂が飛び交うようになりました。

 中には、聞くに堪えない内容のものもあります。


 キャロル嬢がミカドラ様に言い寄って、フラれた腹いせに強盗事件を捏造した。

 ミカドラ様がむしゃくしゃして犯行に及んだが、公爵家が圧力をかけてキャロル嬢に関与を否定させた。

 そもそもネックレスなど存在しておらず、エルドン家がベネディード家の権威を失墜させるために仕組んだ陰謀である。


 ……などなど、根も葉もない不名誉な噂話です。


 もちろん表立ってそのような話をする生徒はいませんし、誰もそれが本当のことだと思って話してはいませんが、降って湧いたセンセーショナルな事件を面白がって、いろいろな可能性が議論されるようになったのです。

 もしかしたら強盗犯そのものをいなかったことにして、安心したかったのかもしれません。


 シンプルな通り魔的強盗事件が、今では下世話な方向に脚色されてしまっています。

 登場人物は大抵、被害者のキャロル嬢と、警備隊に連行されたミカドラ様です。


「暇人どもめ」

「それ、若様が言いますか」


 ミカドラ様の機嫌は下降の一途を辿っています。学院中の好奇の目に晒されているのですから、無理もありません。

 私はヒューゴさんに頼まれて、まめに隠し部屋に顔を出しています。二人きりだとギスギスした空気に耐えられないそうです。


 ひそひそと噂されるのが苦痛で学食にも気軽に行けなくなってしまったお二人の代わりに、私は購買部のパンを購入して届けました。私にはそれくらいしかできません。


「若様はまだいいですよ。被害者なのに悪者にされるキャロル先輩が気の毒です。あれからまだ一度も登校されてないそうですよ」

「体調を崩されていると聞きました。次は自分が狙われるかも、と怖がっている女子生徒の方もたくさんいます。とにかく早く犯人が捕まってほしいです」


 ミカドラ様に疑いがかかるような証言をしたせいで、キャロル様は一部の女子生徒に嫌われ、ひどい噂話を流されているとも聞きました。

 もはや犯人が捕まらないと、元の日常は取り戻せないのではないでしょうか。


「無理だな」

「え?」

「犯人は捕まらない」


 ミカドラ様はパンを食べ終えると、忌々しげに言いました。


「なぜ断言できるのですか?」

「キャロルに捕まえる気がないからだ」


 私とヒューゴさんが顔を見合わせます。

 どうして被害者のキャロル様が、犯人が捕まることを望まないのか。その理由は一つしか思い浮かびませんでした。


「……もしかして、キャロル様は犯人を庇っているのですか?」

「庇っているのかは知らないが、犯人が明らかになると困るんだろうな。本当ならネックレスを奪われたことだって、隠したかったに違いない。目撃者のじいさんがいたから、仕方なく嘘の証言で捜査をかく乱したんじゃないか」

「そんな……」


 まさか被害者のキャロル様が犯人を暴かれまいとしているとは思いませんでした。だって、祖母の形見のネックレスを奪った人物です。

 ですが、犯人が通り魔ではなく、キャロル様と顔見知りならば、あり得ない話ではありません。一体何者なのでしょう。


 戸惑う私とヒューゴさんに対して、ミカドラ様は気怠げに言いました。


「警備隊の中にも、キャロルの嘘に気づいている者はいるだろう。もう時間の問題だ。俺も一つ、憂さ晴らしに下世話な創作をしてみようか」






 その日、私は用具箱の中に隠れていました。

 ……なぜこんなことになったかと言えば、ミカドラ様が「気になるのなら来てもいい」と言って下さったからです。


 放課後の貸し切りの温室。

 箱の板の隙間を覗けば、すぐ近くでミカドラ様が優雅にお茶を飲んでいます。とても絵になっていて素敵ですが、私は別の意味でドキドキしていました。


「息苦しくはないか?」

「は、はい」

「静かにな」


 ミカドラ様の声が聞こえるということは、私の立てた物音も伝わってしまうということ。身を固くして、じっと待つことにします。

 ちなみにヒューゴさんは会話が聞こえない距離にある木陰に控えています。盗み聞きというはしたない真似をしているのは私だけ、ということです。好奇心に負けました。


 やがて、温室に二人の女性が現れました。


 一人は強盗事件の被害者であるキャロル様。

 そして、もう一人はアルテダイン殿下の護衛を務める女性騎士のレイサ様です。


 キャロル様を内密に呼び出すにあたって、社会的信用のある中立の立場の女性の協力が必要でした。女性騎士に付き添ってもらえれば、キャロル様も少しは安心できるでしょう。

 今学院の話題を席巻しているお二人が密会したことが露見しても、レイサ様がいてくださればお互いの名誉が守れます。

 そのためにミカドラ様は久しぶりに殿下に連絡を取って、レイサ様を借り受けたのです。


 どのようなやり取りがあったのかは分かりませんが、疎遠になりかけていたアルテダイン殿下が協力して下さって良かったです。仲直りの兆しが見えただけで私も嬉しくなります。


 挨拶の後、キャロル様が神妙な面持ちでミカドラ様に頭を下げました。顔色が悪く、目の下には泣き腫らしたような痕があります。お叱りを受けると思っているのか、頬が強張っています。


「この度は、わたくしの誤解を招く証言のせいでミカドラ様にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした……」

「不用意だったな。そのことについて話したい。座れ」


 対面の席にキャロル様が座り、レイサ様が二人の中間位置に立って宣言しました。


「今日この場での会話の内容は、我が主アルテダイン様の許可なく口外しないことを剣に誓います。また、我が主はこの度の件を穏便に収めることを望まれています。どうか、そのことを踏まえた上でお話し合いを」


 ミカドラ様は頷き、怯えるキャロル様に告げました。


「まずお前の意思を確認したい。相手の男を警備隊に突き出すつもりはないんだな?」

「……そ、それはどういう」

「あの日の朝、お前が密会していた男のことだ。それなりに親しいんだろう?」


 キャロル様が息をのみました。


「相手を特定はしていない。だが、大体は予想がつく。『色素が薄くない短髪で、平均より身長が低い、穏やかな目つきで優しげな顔立ちの男』……誤魔化そうとして正反対の犯人像を口にしたんじゃないか」


 キャロル様は俯いてしまいました。どうやら図星だったようです。


 予めミカドラ様から伺っていた推論はこうです。


 事件の日の朝、キャロル様はその男性と公園で待ち合わせをしていました。

 おそらくは秘密の恋人。少なくともキャロル様がいつもネックレスをしていることを知っている程度には親しい人間、らしいです。


 考えてみれば、大粒の真珠がついたネックレスを制服のブラウスの上につけていたとは思えません。良識のある方なら、形見の品を見せびらかすようなことはせず、目立たないようにブラウスの下に隠すようにつけるでしょう。

 となると、通りすがりの強盗犯の可能性は限りなく低くなりますね。キャロル様が高価なネックレスをしていることを知る由もないのに、『突然胸倉を掴まれて、ネックレスを奪われました』という証言はおかしいです。

 やはりキャロル様は嘘をついていたのです。


 キャロル様とその男性は公園で会って話し、やがて何らかの原因で諍いになり、激昂した男性がキャロル様からネックレスを奪って逃走した、と考えるのが自然だとミカドラ様は言いました。


 キャロル様は焦ったでしょう。

 授業をサボって男性と会っていた、というのは貴族の令嬢にとって外聞が悪いです。他にもお相手を明かせない理由があったのかもしれません。


 しかし突き飛ばされた時に思わず悲鳴を上げてしまい、近くにいたおじいさんが助けに駆けつけてしまったために、キャロル様はこの件を隠蔽することができなくなりました。しかも犯人が王立学院の生徒だというところまでおじいさんの証言で分かってしまっています。

 そこでデタラメを話して、犯人が捕まらないようにするしかなかったのです。


 そのデタラメの犯人像に当てはまってしまう人がいるとは、その時のキャロル様は思い至らなかったのでしょう。

 本当にミカドラ様は不運でした。


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