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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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26 弟との交流

 

 公爵家の方々に持たせていただいた焼き菓子ですが、やはりものすごく美味しかったです。

 それ故に召し上がれないお母様には大変申し訳ないことをしました。いつか自分のお金で購入して埋め合わせをしましょう。


 お母様がふて寝、もとい、昼寝をしている隙にお父様とラルスに食べてもらうことになりました。

 この三人でお茶をするのは初めてです。


「ルルの勤め先は、ジュミナル商店だったか。最近よく聞く名だ。こんなに高価な土産を持たせてくれるとは、気前の良いご主人だな」

「は、はい。とても良くしていただいています」

「そうか……御礼状を書かねば。丁重に渡してくれ」


 私は固い笑顔で頷きました。

 ベネディード公爵家が密かに出資しているお店の名前を借りて、口裏も合わせていますが、仕事について細かいことを質問されたら答えられません。早く話題を変えなくては、と黙々とフォークを動かす弟に目を向けました。


「ラルス、口元が汚れていますよ」


 テーブルナプキンで拭ってあげると、あまり交流のない弟はびくつきました。怯えられるのはショックですが、このような機会は二度とないかもしれません。私はなけなしの勇気を振り絞って、微笑みかけました。


「あの、美味しい?」

「……うん」


 目を合わせてくれませんでしたが、口を利いてくれました!

 私が感動していると、お父様もうんうんと頷きました。


「ラルス、お礼を言いなさい」


 たっぷり間を取ってから、ちらりと私を見上げて言いました。


「……ありがと」


 いえいえどういたしまして、と私は少し挙動不審になりました。私とラルスの間に妙に気恥しい空気が流れているのは気のせいでしょうか。


「あ、私もお礼を言おうと思っていたんです。誕生日のお手紙、ありがとうございました。もう文字が書けるなんて、ラルスはお勉強を頑張っているんですね」


 ラルスが書いてくれた「おめでとう」の拙い文字で、少しだけ救われたのです。感謝をしなければいけません。

 もう書いたことを覚えていないのか、ラルスの反応はイマイチでした。それとも照れているのでしょうか。お菓子を食べ終わると、逃げるように部屋から出て行ってしまいました。


「普段はもっと活発で明るいのに、ルルには人見知りをしているようだな……」

「すみません、私も接し方が分からなくて」

「そうか、そうだよな……すまない。だが、もしルルさえ良ければ、これからはラルスに声をかけてやってくれ」


 お父様の話によると、今までずっとべったりだったお母様が寝込むことが多くなり、最近は一人で寂しい想いをしているそうです。

 新しく生まれてくる弟か妹に、母親の寵愛を奪われるような気持ちにもなっているのかもしれません。その気持ちならば理解できます。


「それは構いませんが、お母様が嫌な思いをされませんか?」

「それは……その、さすがに子ども同士が仲良くして怒ることはないと思うが……その辺りは臨機応変に頼む」


 結局丸投げされました。

 お父様もお疲れのご様子ですし、実家にいる間くらいは手伝わねばなりませんね。






 それからの数日、私は神経をすり減らして過ごしました。


 お母様とは次に顔を合わせた時に、ぎこちなく和解しました。

 私に妊娠のことを報せていなかったとお父様から説明していただいていたので、お母様も怒鳴ったことを謝ってくださいました。

 しかし、なんというか、口先だけの謝罪のように感じました。心がこもっていないというか……。


「せっかくの休暇なのに、ごめんなさいね。わたしのことは気を遣わなくていいから、ゆっくりと寛いでいって」


 この家に住んだ年数で言えば私の方が長いのに、まるで客人のように扱われました。

 ……いけません。私の心までギスギスしてしまいます。


「あの、改めて、おめでとうございます。大切なお体ですので、無理をなさらないでくださいね。私に何かできることがあればおっしゃってください」

「ありがとう」


 表情こそ私もお母様もにこやかでしたが、どこかひやっとする空気が漂っていました。

 こういうのが確執の始まりになるのでしょうか。

 気をつけなければなりません。


 それからは心のモヤモヤを霧散させようと忙しく過ごすように心がけました。


 まずグレンダ夫人に馬車に同乗させていただいたことへの御礼状を贈り、その中にお花のことについてもお願いを書きました。

 お母様の命日に届けてくださるという百合の花……香りが強いことが心配なのです。

 妊娠中は匂いに敏感になるらしいので、新しいお母様の心と体に障るかもしれません。

 そこで、受け取り場所をアーベル家の屋敷ではなく、町の寄り合い所宛にしてもらいました。これなら目につくこともないでしょう。


 日中はできるだけ自室と書斎で過ごしました。

 一年間学院で学んだことの総復習と、公爵家で学んだことをまとめていつでも見返せるようにして、二年生になってから学びたいこと、できるようになりたいことを書き出しました。

 計画的に学習しないと、時間がいくらあっても足りません。それがはっきり分かりました。


 書斎では、たまにラルスもお勉強をしていました。

 歩み寄るチャンスとばかりに、家庭教師にどんなことを習っているのか教えてもらいました。今は基本的な読み書きと計算について学んでいるそうです。


 文字や数字を書くのは絵を描く要領で楽しんでいるようですが、単語を覚えたり足し算をしたりはあまり面白くないようです。

 やはり男の子だからでしょうか。家の中での勉強よりも、外で走ったり剣を振り回したり、体を動かして遊びたいみたいです。

 それでも勉強しないとお母様にひどく怒られるらしく、渋々書斎に来て嫌々宿題をこなしています。


「…………」


 ラルスがたまに期待を込めた目で私を見ます。どうやら遊んでほしいようです。


 とても迷いました。私だって、できれば普通の姉弟みたいに遊んでみたいです。仲良しきょうだいに憧れがないわけではないのです。

 しかし、ラルスの望みには気づかない振りをすることにしました。


 可哀想ですが、勉学は跡取りの務めです。

 必要なことを学ばず困るのは将来のラルスで、その皺寄せは領民に行きます。

 ……私のせいでラルスにサボり癖がついたら、お母様に何を言われるか分かりませんし。


 その代わり、勉強の手助けをすべく、私が昔好きだった絵本を読み聞かせました。文字を覚えるのに最適なのです。


 作中の重要な魔法の呪文にこの王国で使われている全ての文字記号が使われており、主人公が綺麗な文字で読み書きすることで願いが叶う、という物語なので、一緒になって書きたくなります。私もこの絵本で文字を覚えました。


「これが書けるようになったら、僕も魔法が使える?」

「かもしれませんね。やってみてください」


 ラルスは先ほどよりは楽しそうに文字の書き取りを始めました。目論見通り、いえ、ラルスは素直な良い子ですね。


 残念ながら、現代では魔法は使えません。人間は魔力を失い、魔法文明は滅んでしまったのです。

 しかし、人々は知恵を絞って力を合わせ、今も問題なく暮らせています。

 やはり最後は努力がものを言います。地道にコツコツ頑張って、ラルスには魔法よりも素晴らしいものを身に着けてほしいと思います。


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