24 見送り
私もミカドラ様も無事に一年の単位を取得し終え、進級が決定しました。
さすがに学年末の試験はミカドラ様も受けられて、私とほとんど変わらない点数を取っていました。
というか、数点負けました。
教科書には載っていない、真面目に授業に出席しないと解けないはずの問題もあったのに……悔しい。
ともあれ、二人とも成績優秀だったので、公爵邸でお祝いの晩餐会をしていただきました。
ルヴィリス様は「ささやかだけど」とおっしゃっていましたが、出てくる料理は全くささやかではありませんでした。私の基準では大変なご馳走です。
「はぁ、寂しくなるね。一か月もルルちゃんに会えないなんて」
「そうね、つまらないわ」
ルヴィリス様とミラディ様がしばしの別れを惜しんでくださいました。
今回の長期休暇は実家に帰ります。明日の昼に王都を出立するので、しばらく公爵邸に来ることができません。
私も残念です。実家にいるよりもよほど自分の成長につながるのに。
「無理に帰らなくてもいいんじゃないか。親に寮費を出してもらえないなら、友人の世話になるとでも言ってここに泊ればいい」
私の本心が顔に滲んでいたのでしょう。ミカドラ様もそうおっしゃってくれました。
「ありがとうございます。でも、お金の問題もありますが……もうすぐ母の命日なんです。お墓参りはしたいので」
そう言うと、公爵家の方々も無理に私を引き留めませんでした。
翌朝、公爵邸を去る時、珍しくミカドラ様が門まで見送りに来てくださいました。
「これを持っていけ」
渡されたのは少し大きめの包みです。ほのかにバターの香りがします。
「王都で人気の店の焼き菓子らしい。姉上が選んで父上が注文したそうだ。お前の実家と同行者への土産に、と言っていた。勤め先にもらったことにしておけ」
「えっ。こんな高価なもの……すみません。ありがとうございます」
王都帰りのお土産としてはこれ以上ない品です。きっとみんな喜ぶでしょう。気を遣っていただいて申し訳ないです。
「それで、俺からはこれを。勉強の合間にでも食え」
ミカドラ様に渡された瓶の中には、色とりどりの小さな飴がたくさん入っていました。キラキラしてとても綺麗です。
思いもよらぬプレゼントに見惚れていると、ミカドラ様はどこか満足げに言いました。
「それはお前のだからな。家族に取られるなよ」
「! はい。大切にいただきます。本当にありがとうございます」
嬉しくてじぃんと胸が痺れました。
思えば、ミカドラ様と取引をしてから、こんなに長く離れ離れになるのは初めてです。
学院では同じクラスでしたし、たまに図書室の隠れ部屋に呼ばれてお話をすることもあり、土日は同じ屋敷で過ごしていました。ほとんど毎日顔を合わせていたのです。
本来なら私が口を利けるような相手ではないのに、気づけばミカドラ様と一緒にいる間、心から安心するようになっていました。怠け者で傲慢なところはありますが、とても頼もしくて優しい人です。
ミカドラ様に一か月も会えなくなるのは寂しいです。
とても、ものすごく、胸が痛くなるくらい……。
耐えられなくなったらこの飴を食べるようにしましょう。毎日一粒いただいても、休暇の間はなくならなさそうです。
もしかして、それを見越してプレゼントを選んでくださったのでしょうか。
まさかと思いつつも、私はあえて答え合わせをしませんでした。
その代わり、決意とともに告げました。
「ミカドラ様、私、父に話そうと思います」
「なんのことだ」
「家の後継者のことです。アーベル家のことは弟に託して、私は結婚して家を出ると伝えます」
私たちはもう十三歳――そろそろ結婚相手を探し始める時期です。
お父様が勝手に縁談をまとめてしまう前に、釘を刺さねばなりません。
「それで、だから、あの……心に決めた相手がいると言っても良いでしょうか?」
改めて言葉に出すのは恥ずかしいです。
私とミカドラ様を繋ぐのは恋愛感情ではなく、自由に生きるための取引です。しかしそんなこと親には言えませんし、信じてもらえないでしょう。だから、恋人がいると勘違いしてもらうしかないのです。
「構わない。なんなら、もう俺の名前を伝えてくれてもいいぞ。一緒に挨拶に行こうか?」
「いえ! それはまだ早いです! 段階を踏ませてください!」
冗談だ、と軽く笑った後、ミカドラ様は神妙な面持ちで言いました。
「気をつけてな」
「はい。行ってまいります」
王都から実家までかなり距離があり、十三歳の娘が一人で帰るのは難しいので、旅の同行者がいます。
前の長期休暇の時は家の者が迎えに来てくれましたが、今回は違いました。
「まぁ、久しぶりね、ルルさん」
「ご無沙汰しております。グレンダ様、ジリアンさん。よろしくお願いいたします」
グレンダ夫人は、アーベル家の領地の隣の領地を治める領主の奥様です。
来年度に娘のジリアンさんが王立学院に入学するため、二人で手続きと下見をしに王都にいらっしゃったのです。
その帰り道の馬車に私も便乗させていただくことになりました。お父様が話をつけてくださったそうです。
昔から親交があったので、そこまで緊張する相手ではありませんが、今回は一方的にお世話になるので気が抜けません。
「少し見ない間に、綺麗になったわねぇ。見違えたわ」
「いえ、あの、ありがとうございます」
馬車に乗ってからしばらく、グレンダ夫人に褒められ続けました。
最初はお世辞だと思いましたが、それにしては声に熱がこもっています。王都で暮らして振舞いが洗練されたのね、とも言われました。
純粋に嬉しいです。自分磨きの成果があったようです。ミラディ様、ありがとうございます。
それからはジリアンさんにいろいろと質問されました。
何も知らない状態で入学し、田舎者だと馬鹿にされないか心配しているようです。気持ちは分かります。一年前の私もそうでした。
私はヘレナさんとアーチェさんから聞いた話を中心に、学院や寮の雰囲気、他の生徒の話題、王都での流行についてお話ししました。
「良かったわね、ジリアン。頼りになる先輩がいて」
「うん。わたしでもなんとかやっていけそう……それにやっぱり王都って楽しそうだわ」
少しはジリアンさんの不安を解消できたようです。日頃からたくさん情報をくれる友人たちにも感謝です。
「ルルさん。負担でなければ、来年からジリアンのことを気にかけてくれるかしら?」
「もちろんです。私も後輩ができるのだと思うと嬉しいです」
公爵家の方々に持たせていただいた焼き菓子のお土産を渡すと、二人はさらに喜んでくださいました。
終始、馬車の中には和やかな空気が流れていましたが、途中でジリアンさんは疲れたのか眠ってしまい、私は夫人と小声で取り留めのない会話をしました。
ふと、夫人が私の顔を見つめてため息を吐きました。
「なんだか今のルルさんを見ていると、懐かしい気分になるわ」
「懐かしい……」
「ネネに似てきたせいかしらね。本当に賢くて凛々しくて格好良い女性だった。きっと彼女も、娘が立派に成長して喜んでいるでしょう」
グレンダ夫人とお母様は近隣の領主の妻同士ということもあり、とても仲が良かったのです。お母様が亡くなった時も、残された私のことをよく励ましてくれました。
「でも、夫のことについては嘆いているかもしれないわ」
「う……あの、父が何か」
「いいえ。でも、新しい奥方様とは少し、ね」
グレンダ夫人はどうやら新しいお母様のことをよく思っていない様子。
一体何があったのでしょう。
私が辛抱強く聞き出したところ、半年ほど前、夫人が招待したお茶会で自分のことばかり話して場を白けさせたそうです。他の招待客とも険悪な空気になり、グレンダ夫人は主催者として肩身の狭い思いをしたとか。
「それは、大変申し訳ありませんでした」
「ルルさんが謝ることではないわ。分かってる。ああいう場に慣れていなかったのだもの。仕方がないことよ。私の配慮も足りなかったわ」
そう言いつつも、夫人の目には冷たい光が宿っていました。しっかり根に持っているのでしょう。
ただ、こうして私を送り届けてくださっているので、家同士の付き合いにまで悪影響を及ぼすつもりはないようです。あるいは、お父様が私を使って夫人の気を紛らわせようとしたのかもしれません。
「それでね、今年の命日はそちらに行けそうにないの。もしもあの方と顔を合わせたら気まずいし、もう少し時間を置いてから伺うわ……ごめんなさいね」
「いえ、そういう理由なら仕方がありません。本当に申し訳ありません」
「代わりにお花を贈るわ。ネネが好きだった百合の花。墓前に供えてちょうだい」
私は深く頷きました。
それにしても、家に帰るのがますます気が重くなってきました。
嫌な予感がするのです。




