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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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23 パーティーには……

 

 三学期も半ばを過ぎた頃、学院中にそわそわと落ち着かない空気が漂っていました。

 もうすぐ一年が終わり、三年生の先輩方が卒業されます。皆様の目下の関心事は卒業式とその夜に行われるパーティーです。


「ルルさんはどうするの? パーティーに参加する?」


 昼休みの食堂でヘレナさんに問いかけられ、私は曖昧に笑みを返しました。


「実はまだ迷っていまして……ヘレナさんとアーチェさんはどうされますか?」


 卒業式は在校生も全員参加が原則ですが、夜の卒業パーティーは自由参加です。

 しかしいろいろとルールがあり、非常に気を遣わなければならないのです。それゆえに一年生は参加しない方も多いと思います。


「わたしは行かないわ。随分悩んだんだけど、引き立て役にされたらたまらないし、何か失敗したら困るもの」


 ヘレナさんは不参加のようです。


 実は、一年生は受付や給仕など、運営側のお手伝いをしなければならないのです。そのため、パーティーに正装を着ていくことができず、制服で参加するという決まりがあります。

 全校規模のパーティーとなってしまうと、会場の準備が大変ですからね。参加者を選別して減らしつつ、運営の人手も確保できる妙案だと思います。


 ちなみに、二年生からはドレスを着ることが許されますし、主役の三年生は異性のパートナーを伴って出席するそうです。

 社交界での立ち振る舞いの練習も兼ねているのでしょう。


 そのようなルールがなかった頃、一年の女子生徒が派手なドレスを着てパーティーに出席し、先輩方の心証を著しく損ねたことがあったとか。


 もちろん先輩には花を持たせないといけません。しかし、同年代の乙女としては、意中の異性の前でライバルよりみすぼらしい格好をしたくはないでしょう。

 そこで、見栄と誇りの戦いに発展しないよう、「一年生は制服でお手伝い。それが嫌なら不参加」というルールが定められたそうです。


 ヘレナさんはドレスで着飾った先輩方の前で、制服姿で働くのが億劫な上に、やったことのない下働きで失敗するのが怖いそうです。

 貴族の令嬢としては、一般的な考え方だと思います。


「あたしは参加するわよ。だって、今年は特別じゃない?」


 アーチェさんは目を輝かせて言いました。


 そう、今年は第一王子のアルテダイン殿下が卒業される年です。

 遠巻きでもその御姿を拝見したい、という下級生はたくさんいます。お手伝いのポジションによってはお声をかけていただける可能性もあります。

 特に下級貴族や平民の方々はめったに王族に近づけないので、この機会を無駄にすまいとパーティーのお手伝いに参加される方が多いのではないでしょうか。


「ねぇ、ルルさんも参加しましょうよ。絶対に今後のためになるから」


 確かに大きなパーティーには参加したことがないので、様子見ができるのは有難いです。何もなければ参加していたと思います。

 ……ミカドラ様のことを思い浮かべて、私は心に制止をかけました。


「ごめんなさい、もう少し考えさせてください」


 アーチェさんが「ええー」と不平を漏らすと、すかさずヘレナさんが宥めてくださいました。


「ルルさんみたいによく考えるべきよ。アーチェさんが行きたいなら止めないけれど、目をつけられないように気をつけてね。よく卒業パーティーで人生を狂わされる生徒がいるらしいから」

「へぇ……目立たないようには気をつけるわ」


 ……思った以上に危険な場所ですね、卒業パーティーは。






 卒業パーティーの参加申し込みの締め切り間近、念のためミカドラ様にお伺いを立てました。


「あの、ミカドラ様は卒業パーティーのお手伝いは」

「しない」


 ですよね。

 面倒な行事には絶対に参加されないだろうと思っていました。今はアルテダイン殿下と気まずくなってしまっているので、なおさらです。


「まさか、ルルは参加するのか?」

「迷っています。来年以降のためにもパーティーの雰囲気を知っておいた方が良いと思いまして」

「…………」


 ミカドラ様は何か言いたげでした。

 もしかしたらですが、私にパーティーに行ってほしくないのかもしれません。


「あの、行かない方が良いでしょうか?」

「それはお前が決めればいい」


 自由に決めて良いというのなら、どうして目を合わせて下さらないのでしょうか。

 私が根気強く次の言葉を待っていると、ミカドラ様は小さく舌打ちをしました。


「……アルトとは話さないでくれ」

「それはどうしてでしょうか?」

「どうしてもだ」


 どうやら私と殿下がお話しするのは都合が悪いようです。

 例の王家とベネディード家の秘密について、私の耳に入るのが嫌なのでしょうか。


 確かに、もしも殿下と内密で話す機会があれば、私は尋ねてしまうでしょう。どうしてミカドラ様と気まずくなってしまったのか、どのような秘密を知っているのか。


「お話しする機会はおそらくないと思いますが、万が一殿下から声をかけられたらお断りできません」

「……そうか」

「はい。なので、パーティーのお手伝いには行かないことにします」


 ものすごく知りたいですが、実を言うと、知ることを怖いとも思っているのです。


 隠されている秘密を知って、心を乱されるのが恐ろしい。だって、絶対に良くないことですから。

 興味と恐怖がせめぎ合ってバランスを取っていて、まともな判断ができません。卑怯ですが、ここはミカドラ様のご意見に従いたいと思います。


 私の弱気な態度をどうとったのかは分かりませんが、ミカドラ様はバツが悪そうに顔を顰めました。


「お前がどこまで察しているかは分からないが……俺はお前に隠していることがある」


 どきりと、心臓が痛みました。


「つい先日、アルトはそれを知って、俺を詰った。今あいつに会えば、勢いのままお前に俺の隠し事を伝えるかもしれない。だから今は、アルトとは会ってほしくない」

「……はい」


 ミカドラ様は迷いを断ち切るように小さく首を横に振って、断言しました。


「そのうち話す。心配は要らない。お前との取引には影響ないし、大したことでもないんだ」


 大したことではない、というのは噓のような気がしますが、私は素直に頷きました。


「分かりました。待っています」


 ミカドラ様が「いつか話してくれる」と言ってくださったのです。「隠し事がある」と打ち明けてくれたことを嬉しいとも思いました。

 ずっと黙っていることだってできます。私に「余計なことを詮索するな」と命じることだって簡単です。

 そうしないでいてくれるミカドラ様のことを、やっぱり信じたいです。


 ミカドラ様は聞き取れるかどうかという小さな声で言いました。


「ありがとう、ルル」






 そうして卒業式の日を迎え、お話しする機会もないままアルテダイン殿下は王立学院の中等部を卒業されました。


 その数日後、私たち在校生の三学期も無事に終了いたしました。

 長いようであっという間の一年が終わり、そして、私の運命を決定づける一年生最後の長期休暇が始まったのです。




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