19 仄めかされた秘密
そうこうしているうちに、朝の鐘が鳴りました。もうすぐ授業が始まってしまいます。
私から退室を申し出るわけにもいかず、そわそわしていたのに気づいて下さったのでしょう、アルテダイン殿下から切り出してくださいました。
「もう少し話を聞きたいところだが、医務室でというのも味気ない。他の者も心配しているだろう。そろそろ教室に行くか」
「俺はこのままここで寝ていく」
ミカドラ様は空いているベッドに向かいました。
まだ朝ですよ。何をしに学院に来たのでしょう。
しかし、ここで私とミカドラ様が一緒に同じ教室に向かうと周りの目が気になるので、有難く思うべきでしょう。
殿下も呆れていましたが、いつものことだと気を取り直して私に向き直りました。
「ルル嬢、ぜひ今度ミカドラと一緒に城に遊びに来てくれ。歓迎する」
「えっ」
それは難しいのではないでしょうか。友人の家に行くのとはわけが違います。
「城は礼儀作法が厳しくて面倒だ。アルトが俺の家に来ればいいだろ。昔みたいに」
「それは……」
ミカドラ様の言葉に殿下は苦笑しました。
「行けない。ミラが、嫌がるだろうから」
そこで私ははっと気づきました。
有名な話です。一年前、卒業パーティーでアルテダイン殿下はミラディ様に熱烈に求婚し、一緒にダンスを踊ったそうです。
結果がどうなったのかはっきりしていませんが、未だに王太子の婚約の発表がないので上手くいかなかったのでは、と言われています。
殿下の顔を見る限り、その見解は正しいようです。
ミラディ様は王子様の求婚を断ってしまったのでしょうか?
いろいろな意味ですごいです。
「姉上は気にしない」
「それはそれで傷つくんだが……本当に失敗した。せめてもう少し成長してから言えば良かった。ミラの卒業に焦ってしまって」
「年齢は関係ないと思うぞ。ダメなものはダメだ」
ミカドラ様は容赦がありませんでした。
最初から全く可能性がないのだと、殿下に厳しい現実を突き付けています。
「……そうだな、確かに私とミラでは上手くいかない気もする。私も卒業までには吹っ切るよ。そして、ミカドラを見習って運命の相手を探そう」
切なげな殿下に対し、私にかけられる慰めの言葉はありませんでした。何を言っても失礼にあたりそうです。
結局、またいつかゆっくり話そうとふんわりとしたお約束をして、私たちは医務室で別れました。
授業前ぎりぎりに教室に戻ると、クラスメイトの皆様にちらちらと視線を向けられました。そして休み時間になるや否や怪我の心配をされつつも、殿下とミカドラ様とどのような会話をしたのか質問攻めに遭いました。
ヘレナさんとアーチェさんまで目をキラキラさせています。
……とりあえず当たり障りのない返答をしました。
あの場にいた方々の証言で私が本当に怪我をしていると分かってくださっているので、そこまで露骨に妬まれることはありませんでした。私を押し出した女子生徒も謝罪に来てくださいましたし。
昼近くの授業になってようやく教室に顔を出したミカドラ様が、私に対して無反応だったことも大きいでしょう。
極めつけに、アルテダイン殿下がその日一日いろいろな生徒に声をかけ、交流を多く持ったおかげで、私一人が注目されることはなくなりました。
どうやら私が悪目立ちしないようにフォローをしてくださったようです。ミカドラ様に確認したので間違いありません。
未来の国王陛下にそのような細やかな心遣いをしていただいて……感激してしまいました。
その後、公爵邸でミラディ様と二人でお茶をする機会がありました。
やはりどうしても気になってしまい、学院でアルテダイン殿下に助けていただいたことをお話しして反応を伺いました。
アルテダイン殿下は素晴らしい方です。
容姿も人柄も能力も非の打ちどころがなく、私を含めた国民全員が心から尽くしたくなる王子様のように思います。
ミラディ様が妃となって並び立てば、これ以上なくお似合いなのです。
どうして求婚を断ってしまったのでしょう?
「ルル、あなた、わたくしとアルト殿下のことが気になるようね? 学院ではまだ噂されているのかしら」
私の意図などお見通しでした。正直に白状して謝れば怒られはしませんでした。申し訳ありません。
長いため息を吐いて、ミラディ様は言いました。
「アルトのことは可愛いと思っていてよ。昔から知っているし、良い男になることは確実だし、わたくしにベタ惚れなところも悪い気はしない。でも年下は好みではないし、王妃になどなりたくないのだもの。面倒だわ」
「そ、そうなのですか」
まさかミカドラ様ほどではなくとも、ミラディ様も働くのが嫌なのでしょうか。あり得ます。
しかしそれだけが理由なら、まだ見込みはあるのでは?
ミラディ様は殿下に対して悪感情を持っていないようです。
今の年齢では年下というのが気になるというのは分かりますが、成長すれば一歳差なんてあってないようなものに感じられるのではないでしょうか。
殿下の手腕なら、ミラディ様の望むまま公務をなくすことも可能な気がします。
私はどうやら王子様と憧れのお姉様の結婚を夢見てしまっているようです。
しかし。
「どちらにせよ、無理なのよ。アルトはまだ知らないようだけど、そういう決まりだから」
「え? 決まり、ですか?」
想定外のことを言われ、私は面食らいました。
決まりというのは、ネルシュタイン王家とベネディード公爵家の間の約定のようなものでしょうか?
ベネディード家は建国以来、王家の腹心中の腹心として仕えてきました。
なんでも、初代国王と初代当主が親友同士だったそうです。そもそもネルシュタイン王国が興ったことがベネディード家の助力があってこそ、と言われているほどなのです。
ネルシュタイン王家もその献身に報いて、多くの褒賞をベネディード家に授けてきました。明らかな特別扱いを受けているのです。他の貴族家からの不平すら、王家自らがねじ伏せるほどの贔屓ぶりです。
王家とベネディード家が特別な間柄にあることは周知の事実です。
ですが、確かに建国の立役者とはいえ、特別扱いの度が過ぎている気がいたします。
王家が殊更ベネディード家を優遇する理由があるのかもしれません。
ミラディ様が悪戯っぽく笑って、壁際の使用人に聞こえないように私の耳元で囁きました。
「気になる?」
「はい、それはもちろん……」
「じゃあ少しだけ教えてあげる。調べれば分かることだから……王家と公爵家の直系筋は、婚姻を結んではいけないのよ。絶対にね」
「……それは何故ですか?」
「秘密」
決まりの内容は教えていただけましたが、肝心の理由は伏せられました。
ますます気になってしまいます!
「いずれお父様かミカドラが話すでしょう。そう信じているわ。……でも、万が一あなたが成人した後も秘密を話さなかったら、無理矢理にでも聞き出しなさい」
「え? それはどういう――」
ミラディ様は強い口調で言いました。
「わたくしはね、ミカドラとルルには幸せになってほしいの。そのためには秘密を知らなければいけない。わたくしはそう思う。ええ、正しいかどうかは分からないけれど」
意味がよく分かりません。
しかしミラディ様が真剣だということだけは伝わりました。
「たとえミカドラに恨まれても構わない。わたくしはあなたたちのためを思って言っているの。忘れないで、ルル。男たちに隠し事を許してはダメ。約束よ」
私はよく分からないまま頷きました。
どうやらベネディード家には秘密があるようです。
ミカドラ様と取引してから、このような漠然とした不安を抱いたのは初めてです。
そんな話があった後、私は改めて王家と公爵家に婚姻した過去がないか調べました。結果、両家には血の繋がりが全くありませんでした。これほど近しい関係にありながら、
建国以来一度も血の交わりがないというのは、不思議な話のように思えます。
やはりミラディ様の言っていた決まりは実在するようです。
その事実が分かっても、今の私にできることはありません。
ミラディ様の言葉に従い、成人までは待ちましょう。
ミカドラ様が秘密を話してくれることを信じて。




