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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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18/85

18 暴露



 自分で歩けます、という主張は無視され、私はそのまま医務室まで抱きかかえられ続けました。

 医務室の中には誰もいませんでしたが、わざわざ人を呼ぶようなことはせず、女性騎士のレイサ様がそのまま手当てをしてくださいました。幸い血はもう止まりかけているようです。


 消毒して包帯を巻かれている時、アルテダイン殿下が申し訳なさそうに言いました。


「すまなかった。私の配慮が足りなかった」

「そ、そんな、殿下は何も悪くありません。それどころかこうしてご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません」


 確かに女子生徒が集まってしまったのは殿下のカリスマ性が原因かもしれませんが、事故の責任はありません。こちらが注意不足だったのです。


 不覚でした。

 怪我はなんともありませんが、あとで女子生徒たちに呼び出されたりしないでしょうか。わざとやったと思われないか、こうして特別待遇を受けてしまったことを妬まれないか、とても心配です。こんな形で目立ってしまって、実家まで話が伝わったらどうしましょう。


 ……何より今まさに私を睨みつけているミカドラ様にどのように弁明いたしましょう。というかなぜそこまで怒っていらっしゃるのですか?

 戦々恐々しながら様子を窺うと、ミカドラ様は深く長いため息を吐きました。そしてそっと包帯を巻かれた私の手を取りました。


「あ、え?」

「ルル、痛みは?」


 殿下や騎士様の前ですが、いつものように話しかけられました。労るような手つきに虚を突かれ、振り払うこともできず、されるがままでした。


「え、えっと、少しだけ。ですが、そこまで深い傷ではありません。すぐに治ると思います」


 じっと見つめられ、私は何度も「本当です」「信じてください」と伝えました。するとようやく気が済んだのか、ミカドラ様は手を離しました。


「学院に通っているだけで、どうしてこんな怪我をするんだ。危なっかしい」

「申し訳ありません……」

「今後は気をつけろ」


 言葉は強いですが、心配してくださったのでしょう。私が傷ついたから機嫌が悪くなったのかも……もしもそうなのでしたら、本当に申し訳ないことをしました。


「驚いた。お前たちは親しいのか?」


 アルテダイン殿下は当然の疑問を口にしました。


「クラスメイトだ」

「ああ、なるほど」

「それで、結婚の約束をしている」

「…………うん?」


 ミカドラ様以外の全員が目を点にしました。もちろん私もです。


「ミカドラ様、え、あの、それは」

「アルトには伝えておいてもいいだろう」

「いいだろうって、そんな、事後承諾なんて」

「お前は王族に隠し事をするのか?」

「そんなこと言っていません! でも、心の準備が――」


 私たちのやり取りをぽかんとした表情で見ていた殿下が、呟きました。


「本当なんだな……こんな冗談を言う奴でもないし」


 そして思い切り頭を抱えました。


「ミカドラに先を越されてしまった。くっ!」

「殿下、お気を確かに。ずっと心配されていたではないですか」


 レイサ様が慰め、アルテダイン殿下は気持ちを立て直しました。


「そうだな。すまない、取り乱した。……おめでとう、ミカドラ! 女嫌いのお前には幸せな結婚ができないのではないかと案じていたんだ」

「……余計なお世話だが、祝福は素直に受け取ろう」

「言葉だけではない。祝いの品を贈らせてくれ。正式な婚約発表はいつだ?」

「まだ決めてない。俺たちの関係は秘密なんだ。ルルがそう望んでな」


 話を振られ、私はおどおどしながらも改めて殿下に向き直りました。


「も、申し遅れました。初めてお目にかかります、ルル・アーベルと申します。まだ正式な婚約には至っておりませんが、その、お約束をしていただいておりまして……ただ、私がミカドラ様の隣に立つ自信が持てるまで、伏せていただいているのです。このような形でお伝えすることになり申し訳ありません」


 よろしくお願いいたします、という気持ちも込めて礼をすると、殿下はすぐに頭を上げるようにおっしゃいました。その瞳には純粋な興味の光が宿っていました。


「こちらこそ、よろしく頼む。アーベルというと北西部の領主の家だな。しかし、家同士には接点がないだろう? ミカドラとの馴れ初めをぜひ聞かせてほしい。どのように恋に落ちたのだ?」


 殿下は思い切り勘違いしていらっしゃいます。

 いえ、私とミカドラ様の身分差を考えれば、普通は恋愛感情が絡まないと結ばれようもないでしょうが……このまま誤解されていては、今後ミカドラ様も困るのでは?


 取引のことまでお話しするべきでしょうか?

 ミカドラ様に視線で指示を仰ぐと、説明を引き継いでくれました。


「ルルは優秀だが、燻っていてな。他の奴が目をつける前に確保した。慎み深くて働き者で、俺にはうってつけの女だったんだ」

「ミカドラ……照れているのか知らないが、未来の伴侶を部下のように言うのは良くない」

「照れてない。部下だとも思ってない。俺とルルはお互いに理想の結婚相手だ。運命の人と言ってもいい。なぁ?」


 なるほど、嘘にならないギリギリの言葉で誤魔化すのですね。勘違いさせたままで良いということでしょう。なんだか殿下を騙しているようで心が痛いです。


 何より、まるで愛し合っているように自信満々に断言されて、私の方が照れてしまいました。相変わらず際どいセリフを平然と口にして……羞恥心がないのでしょうか?


 運命の人。

 そんな恋愛小説のような甘い響き、私たちの関係に当てはめて良いのか疑問です。

 しかし、ミカドラ様にここまで言っていただいて、否定するなんてできません。お互いの望みを叶え合う人という意味ならば、私にとって最良の相手であることは間違いないのです。


「そ、そうですね。私にとってミカドラ様に選んでいただいたことは、人生で最大の幸福だと思います」


 ミカドラ様が小さく噴き出しました。今の私にはこれが精一杯です。どうかお許しください。顔が熱で溶けてしまいそうです。

 殿下はと言えば、なぜか涙ぐんでいました。感極まったのでしょうか。


「そうか、そうか! 少し早すぎる気がするが、そこまで言えるならば真実なのだろう。私は二人のことを応援するぞ」

「ああ、他言無用で頼む。変な邪魔が入ると困るんだ」

「もちろんだ! レイサも秘密厳守だぞ」

「はい」


 殿下にも納得していただけて安堵いたしました。反対されてもおかしくないのですが、これはミカドラ様との信頼関係のなせる業でしょうか。


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