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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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17 王子様

 


「これをミカドラが……良い絵だ。ルルちゃんのために頑張ったんだね」


 話を聞きつけて、ルヴィリス様が私の部屋にミカドラ様の絵を見にいらっしゃいました。

 実はルヴィリス様だけではなく、いろいろな方が訪ねてきて嬉しそうに絵を眺めていきます。この屋敷の皆様は本当にミカドラ様が大好きなのですね。


「た、ただの気まぐれだと思います。ミカドラ様はお優しいので、断れなかったのかも」


 私が欲しがったから最後まで描いてくれたのは確かですが、私以外の誰かが頼んでも同じように対応してくださったかもしれません。そう結論付けることで、絵を見ても平静を保てるようになってきました。


「ミカドラは自分がしたくないことは絶対にしないよ。僕が頼んでも多分描いてくれない。ルルちゃんに絵をプレゼントしたかったから、最後まで仕上げたんだと思うなぁ」


 まるで自分がプレゼントされたかのようにルヴィリス様は喜んでいました。


「そう言えば昔、リーシャもミカドラの絵を部屋に飾っていたよ。あの頃のミカドラの絵は、本当にただの子どもの落書きだったけど、すごく上手だと褒めて大切にしていた。ミカドラもそれはそれは嬉しそうで――」

「…………」


 リーシャ・ベネディード様。

 それはルヴィリス様の奥様であり、ミカドラ様とミラディ様のお母様のことです。

 私はリーシャ様のことを、断片的にしか存じ上げません。


「あ、今の話、僕から聞いたってミカドラに言わないでね。怒られる」

「はい。あの……近頃リーシャ様のお加減はいかがですか?」

「大丈夫。悪くはなっていないよ。この前は一緒に庭の散歩もできたし」


 リーシャ様はお体を悪くして、公爵領の屋敷で静養していらっしゃいます。もう何年も王都に来ていないそうです。


「もうだいぶ回復しているんだよ。本当はこちらにいてほしいけど、きっとお見舞いに来ようとする人が多くて落ち着かないだろうから……向こうでゆっくりしてもらった方が良いと思うんだ」


 ルヴィリス様は切なげに目を伏せた後、それを振り払うかのように微笑みました。


「ルルちゃんには近いうちに紹介したいな。足を運んでもらって悪いけど、都合が合えばあちらの屋敷にも来てほしい」

「あ、ありがとうございます。ご負担にならない時に、ぜひお会いしたいです」

「緊張してる? 大丈夫。惚気になってしまうけど、とても優しくて可憐な人だから。ルルちゃんとは気が合うと思う」


 言葉の端々からお二人の夫婦仲の良さが伝わってきます。

 ルヴィリス様はどれだけ多忙でも月に一度は公爵領に戻って、リーシャ様にお会いしているそうです。


 こうやってリーシャ様のことをお伺いできるのは珍しいことです。

 屋敷の中でリーシャ様の話は意識的に避けられている気がします。ほとんど誰も話題にしないのです。

 体調のことが原因かもしれませんし、何か特殊な事情があるのかもしれません。


 ……気にならないと言えば嘘になります。

 このままいけば、私の義理の母親になる方です。リーシャ様は私のことをどのように聞いているのでしょう?

 一度お手紙で挨拶をした方が良いか尋ねたこともありますが、公爵家の方々に止められ、素直に諦めることにしました。

 もしかしたらよく思われていないのかもしれませんが、単純に手紙を読んでいただくのが体の負担になる可能性もあります。


 それ以来私は、しかるべき時まであまり詮索しないように心に誓いました。必要があれば、きっと教えて下さるでしょう。

 そう信じられるくらいには、公爵家の方々と打ち解けられた気がします。






 とある平日の朝。

 ミラディ様に教えていただいた美容体操をして頭と体を覚醒させた後、寮から学院に向かいます。

 珍しく校舎の前に人だかりができていました。


「アルテダイン殿下だわ。素敵……」

「学院に登校されるのは久しぶりだな」


 アルテダイン・ローナ・ネルシュタイン様。

 建国以来、我がネルシュタイン王国を治める王家の直系の第一王子――次期国王になるお方です。

 公務が忙しくて滅多に登校されませんが、殿下も王立学院に在籍していて、私より二学年上の先輩です。


 朝日を受けてキラキラ輝く金色の髪と、理知的な光を宿す切れ長の目。神秘的な美しさを持つ端正なお顔立ちの王子様です。

 従者を伴って颯爽と歩く姿が眩しいです。


 朝からアルテダイン殿下のお姿を拝見できて、女子生徒たちがうっとりとしています。

 私も気分が高揚しました。学院に入学してから、式典以外で殿下を拝見するのは初めてです。遠巻きにしている群れの端っこに加わって、敬愛の念を込めて皆さんと同じように頭を垂れました。

 きゃあ、と感極まったような悲鳴が聞こえ、私は顔を上げ、別の意味で声が出ました。


「久しぶりだな、ミカドラ。入学以来、学院で会うのは初めてではないか?」

「アルト……」


 アルテダイン殿下とミカドラ様がばったりと行き会ったようです。美形男子二人の邂逅に女子たちはさらに目を輝かせています。私はミカドラ様に見つからないように背の高い方の影に隠れました。


「私も人のことは言えないから毎日来いとは言わないが、もう少し授業に顔を出してやってくれ。教師陣が嘆いていたぞ」

「じゃあ、俺が興味を持てるような授業をしろと言ってやりたい」

「ふ、それは難しそうだな。いっそ三年の授業を受けてみるか? 一年よりも実験や実習が多くて面白いと思う」

「……それはそれで面倒くさそうだが、アルトがいるなら構わないぞ」


 私は驚きっぱなしでした。

 ミカドラ様の表情と声がいつになく嬉しそうなのです。王家と公爵家の密接な関係は有名ですが、アルテダイン殿下とこんなに仲がよろしかったのですね。以前言っていた、ミカドラ様のご友人はアルテダイン殿下のことだったようです。

 ミカドラ様の機嫌が良くて、なんだか私まで嬉しくなってしまいました。私だけではなく、周囲の女子生徒たちもため息を漏らしています。


「このまま立ち話もなんだな。時間があるなら、食堂へ行こう」

「ああ」


 お二人が連れ立って歩いていきます。

 女子生徒の群れも引き寄せられるように自然に移動を始めました。


「きゃっ、押さないで!」


 ……弁明をさせてください。ドジを踏んだのは私ではありません。

 私の真後ろにいた方が体勢を崩して倒れたのです。それを思い切り背中で受け止め、幸か不幸か誰もいない方向に押し出されてしまったのです。


「――――っ!」


 石畳に両手をつき、平手打ちをしたかのような小気味良い音が響きました。


 痛い!

 声にならないほどの激痛が走り、手の平から肩のあたりまで痺れました。ジワリと涙がこみ上げてきます。

 女子生徒たちが言葉を失くし、辺りは静寂に包まれました。


「大丈夫か!?」


 しかし、最悪なのはその後の展開でした。

 すぐ近くで女子生徒が派手に転んだのです。お優しい王子様が無視するはずもなく……。

 アルテダイン様が駆け寄って来られ、私を助け起こしてくださったのです。

 あまりの恐れ多さに、一気に血の気が引きました。


「だ、大丈夫です。申し訳ありません。お騒がせしてしまって、あの、お気になさらず……!」


 手で庇えたので顔や頭は何ともありません。しかし、「平気です」「なんともありません」と手を振ってアピールしたのも良くありませんでした。

 手の平から、ぽたりぽたりと血が滴り落ちていったのです。場は騒然となりました。


「! ひどい怪我をしているじゃないか」


 殿下はさっとハンカチを取り出して私の手に当ててくれました。絶対に高価であろう真っ白なハンカチが私の血で汚れていきます。それだけで気が遠くなりそうでした。


「顔色も悪いな。至急医務室に向かおう。レイサ、頼む」

「はっ」


 殿下の従者の妙齢の女性騎士が、私を軽々と抱きかかえたのです。いわゆるお姫様抱っこという体勢です。

 このレイサ様という女性騎士も人気がある方なのでしょう。とてもカッコ良いので分かります。

 女子生徒たちが凛々しい姿に見惚れています。中には嫉妬まじりの視線を私に向けている方もいます。

 ……もう消えてなくなりたいです。


「俺も行く」


 馴染み深い機嫌の悪い声に、私は視線を合わせられませんでした。ミカドラ様の怒りが鼓膜から伝わってきます。怖いです。


「? そうか?」


 そうして私は不幸な事故の結果、医務室に連れ去られたのでした。




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