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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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15 新しい生活 その五

 


「ルルちゃん、遊ぶことも大切だよ。頭も心も柔らかくなるからね」


 ――日曜日の午後だけは勉強を忘れて休息するように。


 ルヴィリス様とそう約束していました。

 公爵邸で過ごせる貴重な時間なので、もっと学びたいというのが本音ですが、挨拶の日に倒れてご迷惑をおかけした手前、素直に頷くしかありませんでした。


 最初の内は、どうやって過ごせばよいのか分かりませんでした。

 母が亡くなってから、子どもらしく楽しく遊んだ記憶がありません。片田舎とはいえ、領主の娘でしたので、対等な関係で遊んでくれる子もおらず、勉強以外では父や使用人の仕事を眺めている時間が多かったように思います。


 私がすぐ思いつく息抜きと言えば、読書くらいしかありません。

 流行の恋愛小説を読んでいれば、女性社会に飛び込んだ時、きっと話題の一つになるでしょう。

 そんな思惑もあり、お庭で日向ぼっこをしながらミラディ様にお借りした本を読んでいました。


「……んん?」


 私には少し難しい内容でした。登場人物たちがどうして怒ったり泣いたりしているのか、イマイチ共感できないのです。私がおかしいのでしょうか?


 それに、過激です。

 イヤらしいという意味ではありません。クライマックスに流血沙汰が起こるのです。どうして愛している相手をナイフで刺すのでしょう。愛憎って難しいです。


「ルル」


 まさかの心中エンドに放心していると、ミカドラ様に声をかけられました。


「少し付き合え」

「あ、はい」


 連れて行かれた先は遊戯室でした。

 玉突き台やピンボール台が並び、棚にはカードやボードゲームがたくさん飾られています。


「“戦線盤戯”の経験は?」

「ありません」

「じゃあルールを教えてやるから覚えろ」


 マス目のあるボードに、ミカドラ様が白と黒の駒を並べて説明してくださいました。

 簡単に言ってしまえば、順番に駒を動かして、相手の王の駒を追い詰めるゲームでした。存在自体は知っていましたが、形の違うそれぞれの駒の動かし方など、細かいルールは今初めて知りました。


 詳しいルールを聞いて、面白そうだと思いました。

 大人も子どもも楽しめて、貴族も平民も関係なく遊べて、大会で優勝すれば一年は働かなくても済むくらいの賞金が出るほど人気の遊戯です。嗜みとして覚えておきたいです。


「じゃあやってみるか。最初はハンデをやる」

「はい。よろしくお願いいたします」


 ルールをメモに取らせてもらって、セオリーなど一切知らない状態でスタートしました。

 ……結果、五分と経たずに負けました。

 もちろんミカドラ様に勝てるはずがありませんし、良い勝負ができるとも思っていませんでした。しかし、こんなに簡単に終わってしまうとは……。


「難しいですね」

「最初は仕方がない。駒を置き間違えて反則負けにならなかっただけで大したものだ」


 それから何度も対戦しましたが、全く歯が立ちませんでした。

 近くの駒に注意していたら遠くの駒の進路に誘導されていたり、数手前に仕掛けられた罠にまんまと嵌ったり、攻めても守っても一網打尽にされてしまうのです。まるで手品のように鮮やかに勝利をもぎ取られて行きました。

 く、悔しい……!


「少しは気分転換になったか?」

「どちらかと言えばストレスが溜まりましたが……次回までに勉強してきます!」


 ミカドラ様の多彩な戦術に感動したのも事実。なんて奥の深いゲームでしょう。

 私はリベンジを誓いました。


「ほどほどにな」

「はい!」


 もちろん勉強が最優先ですが、合間の息抜きに駒を並べるくらいはしましょう。このまま引き下がれません。


 その後は、ダイスを振って遊ぶ運要素の強いボードゲームをいたしました。これは意外にも私が勝ち越しました。


「もしかして手加減してくださったのですか?」

「……そう思うのか?」


 ミカドラ様の少し拗ねたような表情を初めて見ました。どうやら真剣勝負だったようです。


「俺は生まれつき全てが恵まれているせいか、日常的な運が悪い方なんだ」

「そ、そうなのですね……」

「だが、運を言い訳にするつもりはない。次は勝ち越してやる」


 こちらのゲームもまた次回再戦することを約束しました。

 ミカドラ様も負けず嫌いなのですね。






 ……そのような感じで、日曜日の午後はミカドラ様と一緒に過ごすことが多くなっていきました。

 ゲームだけではなく、一緒にお茶をしたり、並んで本を読んだりもします。大抵はミカドラ様から声をかけてくださいます。

 休憩時間を持て余していた私にとっては有難いお誘いでした。


 ある日、“戦線盤戯”の合間に聞いてみることにしました。


「あの……ミカドラ様はどうしていつも私を誘ってくださるのですか?」

「それは父上が……」

「あ、ルヴィリス様が私を気にかけるように言ってくださったのですね」


 ミカドラ様が面白くなさそうに首を横に振りました。


「俺とお前が交流していないと知れば、きっとウキウキしながら世話を焼こうとするだろう。それが鬱陶しいから先手を打った」


 なるほど、ルヴィリス様に何か言われる前に行動した、と。

 さすが親子、相手のことをよく分かっています。


「それに、お前と同じ時間を過ごすのは苦ではない……むしろ楽しいかもしれない」


 さらりと付け加えられた言葉に、息が止まりました。

 一緒にいて楽しいということですよね。そんなことを言われたのは初めてで、嬉しいです。

 私もいつしかミカドラ様に声をかけていただくのを心待ちにしていたのです。つまり私も、二人で遊ぶ時間を楽しんでいたということで……。


 私がどぎまぎしているのに気づいて、ミカドラ様はふいと顔を背けてしまいました。

 なんだか面映ゆい時間が流れ出しました。駒を動かす手が震えてしまいます。


「失礼いたします。今日はルル様が一矢報いられそうですか?」


 ヒューゴさんがお茶を淹れに来てくださいました。

 彼が纏う和やかな空気のおかげで、気まずさは霧散いたしました。助かります。


「いや、もうルルに勝ち筋はないぞ」

「……参りました。次はもう少し粘れるようになりたいです」


 途中から冷静さを失っていました。未熟ですね。


「ああ、もう少し手強くなってくれると俺も嬉しい。だが、もうルールはすっかり頭に入ったみたいだな」


 ちょうど勝負に一区切りがついたので、早速お茶をいただくことにいたしました。

 盤を見て、ヒューゴさんが安堵したように言いました。


「良かったですね、若様。対戦相手ができて」

「そうだな。お前よりルルの方が覚えが早い」

「それはそうでしょうが、まず何度も対戦してもらえるのがすごいですよ。ボク、ハンデをどんどん増やされていくのに負かされ続けて、気がおかしくなりそうでした」


 かつてはヒューゴさんもミカドラ様にルールを教わったらしいですが、早々に降参したようです。


「本当にルル様が来てくださって良かったです。若様はお友達がいないので、これからも遊んで差し上げてくださいね」

「おい」


 にっこり笑うヒューゴさんと、顔を顰めるミカドラ様。十分仲が良いと思いますが、二人は主従関係なので友達とは言えないのでしょう。

 私が反応できずにいると、ミカドラ様が咳払いをしました。


「別に、友人が一人もいないわけじゃないからな」

「そうですか」

「興味がなさそうだな」

「いえ、そういうわけではなく……ですが、学院では――」


 ミカドラ様が誰かと仲良くしている様子は見たことがありません。いつも一人でいらっしゃるような……。


「同学年の奴とは話が合わないだけだ」

「……そうなのですね。いつかミカドラ様のご友人にお会いしてみたいです」


 ただ微笑んだだけなのに、ミカドラ様に睨まれました。


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