第34話 なんの役にもたちません
荒んだ心でサトルに
『バーーーーーカ』
とだけ書いたLINEを送った。タカハシには絶対できないことである。サトルはいいんだ。八つ当たりしたって。
すぐ既読がついて7時ごろLINE電話がかかってきた。
「バカとはなんだ!!!」っていう口調が笑っちゃってる「バカだからバカッて言ったんだよっ」「バカッて言うやつがバカなんだ!」「バカって言うやつがバカって言うやつがバカなんだよっっ!!」
子供のケンカである。
「てめぇ。続きはロイホで聞くからな」と言われた瞬間に玄関が
ピンポーン
て鳴った。ドアを開けるとサトル!!
母親が「あらまぁ。サトル。どうしたの? もう夜の7時よ」とカブラギの後ろから顔をのぞかせた。
「それがさー。お宅の娘さんひどいですよ。仮にも恩師にこれですよ」とLINE画面を見せた。
『バーーーーカ』と書いてある。
「あら。まあ。シヨウ。ダメでしょ。先生に」
「説教だな!! お前説教だ! コート着てスマホだけ持ってこい。早くっ」
慌ててカブラギは支度した。
「サトルッ。せめて口紅ぬらせて」
「うるっせえ。すっぴんでいいんだバーカ。そこのロイホだよ。お母さん。駅前のロイホいるんで。なんかあったらシヨウのスマホにかけて。駅出て南口1分のロイヤルホストね。じゃあシヨウ借りるわ」
強引に連れ出してしまった。
駅前のロイヤルホストでカブラギは苺のブュリュレパフェ。サトルはアンガスステーキを食べた。
ニヤニヤとカブラギの話を聞く。
パフェを食べながらだんだんカブラギは激昂していった。もう洗いざらいタカハシの『謎の行動』について話した。
お互い成人で。正式に付き合ってて。それなのに住んでいるところすら教えてくれないし。毎週毎週9時には自宅にいるよう返されてしまう。
不可解、虚しい、悲しい。
ロイホのテーブルにうっつぶしてしまう。
「なんでなの〜。私がお子様過ぎて抱く気もおきないの〜」右拳でドンドン木のテーブルを叩いた。
「お前の気持ちはわかった。オレもお前に言いたいことがある」
「んー。なにー? オセツキョー?」
「オレはお前が好きだ」
◇
跳ね起きた。
「は?」ポカンとした声になってしまう。
「真剣に好きだ」ニヤニヤしてますよ。この人。
「いや……私あなたの友達の彼女なんで」
「だからなんだ。それがオレの恋となんか関係あるのか」
「あるでしょうがっっ!! てか1番重要なことでしょうがっっ!! だいたい私彼氏いるのであなたとは付き合えません!」
「誰が付き合いたいといった」
「はぁ!?」
「オレは『お前が好きだ』と言ったんだ。『付き合いたい』とは一言も言ってない」
「え!? じゃあなんで告白してきたの!?」
「告白したかったからだ」
そのまま知らん顔してコーヒーを飲む。
カブラギはあぜんとしてサトルを見るほかなかった。
◇
サトルから毎日電話がくる。
大したこと言ってこない。カブラギばかりがしゃべらされる。バイトでこんなことがあったとか、大学であんなことがあったとか。
サトルは人にしゃべらせる天才であった。
絶妙に相槌を打ち、絶妙に質問し、絶妙なタイミングで共感してくれる。
しゃべっている方はどんどん気持ち良くなってくる。
「サトルさぁ。ホストでもやったらよかったじゃん」
「やったぞー」
「ええっ」
「大学んとき暇だったからさー。半年くらいやったけど、ずっと売り上げ1位よ」
「ででっ。でっ。どうなったの!?」
「嫉妬されて他のホストに刺されて終わったー」
お前壮絶だな!!
カブラギの弁当屋のシフトを全部頭に入れていて(というか店長を籠絡していて)弁当屋出た途端にカフェに拉致される。
そんでどうでもいいこと2時間くらいしゃべる。サトルはなんでも知ってる。『マウンテンズ』の新曲も。カブラギのコスメブランドも。
タカハシは『マウンテンズ』になると「ごめんね。わからなかった」しか言わないし、アイラインとアイシャドウの区別すらつかないだろう。
タカハシとの会話。知的で、ちゃんとした会話。下品なことを言えばピシリッと注意される。タカハシはお父さんみたいだった。
ダラダラと頬杖をついて話せる感じではなかった。
サトルは母親がいるときに限るが、家にズカズカ入ってくる(家に母親がいないと言うと外に連れ出される。どっちにしろ遊ぶ)カブラギが適当なアマプラ見て、サトルはその横で漫画読みながらドラマの内容にチャチャを入れた。
3人で餃子とワカメスープを夕飯に食べる。母親と『とんでもない仕事仲間について』盛り上がる。
カブラギは母親に言われた。
「シヨウ〜。もうサトルと結婚しちゃいなさいよー。お母さんあんな息子が欲しい〜」
タ……タカハシはどうでしょう。あの。私の17歳上ですが。
◇
リビングでサトルがソファに座ってスマホの操作をしていた。カブラギはサトルの膝の上に頭をのせて横になりぼんやりする。
「サトルー。タカハシとチョコ食べたー?」
「食ったー。うめえわお前のチョコ。タカハシもよろこんでたぞー。毎年作れよアレ」
「13日の9時くらいからー?」
「そうだぞー。俺なんか朝から1日中チョコもらい続けて疲れたわ」
涙が滲んでくる。
「なんでバレンタインの日曜日にいるのがアンタで彼女の私じゃないのよー」
まさか。まさかバレンタインまで9時門限を守らさせられるとは。
「もうさー。サトル私のオッパイ揉んでよ」
「ああ? お前のその爆乳?」
カブラギは歌を詠んだ。
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Fカップ なんの役にも 立ちません
鏑木紫陽
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「どうせもうタカハシには一生揉まれないんだよ。なんのためのFカップだよ。チカンに会うだけでさー。無意味だよ。せめて供養にあんたが揉んでよ」
「はいはい。ありがとよ」
サトルがカブラギの体に手を伸ばし、そのままカブラギの小指に自分の小指をからませた。
ゆーびきーりげーんまーんうそついたらはりせんぼんのーます ゆびきった
「予約なー。タカハシとダメになっても絶対他の男んとこ行くんじゃないぞ。俺が順序2位だからな。俺の順番きたらその爆乳もっちゃもちゃにもんだるわ」
サトルと小指をからめたままで言った「ホテルは行ってくれるの?」
「全然いいぞー。飯がうまいところにするか?」
検索していくつか見せてくれた。
「ふふっ」カブラギは笑った「タカハシに告白してもう9ヶ月も経つのにまだキスしかできなくて。あんたとは何で5分でなんでもできるの?」
ポロポロと涙をこぼした。
「泣くなよー。カブラギー。2階のお母さんに誤解されるだろーがー」カブラギの体を起こすとそのままカブラギの唇に自分の唇を重ねた。
「笑えよ」と言って親指でカブラギの涙をこすって拭いた。




