第3話 『得体の知れない鬼太郎』!?
カブラギは同級生たちと『タカハシ先生のかっこよさ』について語りたかったのである。盛り上がりたかったのである。
ところが。
どうも『カブラギの思うタカハシ』と『みんなの思うタカハシ』が違う。
まずタカハシのあだ名が
『得体の知れない鬼太郎』
『スカした鬼太郎』
『友達のいないスナフキン』
であることに驚いてしまった。同じ演劇部の上級生から聞いた。あんま生徒に好かれてない。好かれてないどころか敬遠されている。
なんでや! カッコいいやんけ!!
と思っているのはカブラギだけであった。
生徒評いわく『クソ真面目』『面白くない』『何聞いてもはぐらかす』『何考えてるか分からない』『学校以外で何してるか見えてこない』『歩く就学規則』『校長の訓示かよ』『あいつ生きてて面白いのか』『みすぼらしい』とまあ散々。
タカハシは運が悪かった。カブラギの通う『松桜高等学校』は名門女子高であった。女性徒ばかり273名。教諭もほぼ女性。
男は現国、高橋是也(33歳)と体育、髙橋正道(44歳)と数学、久保悟(26歳)しかいなかった。
この数学の久保悟が。スターだったのである!!
◇
久保悟はあだ名が『どうかしているミッキーマウス』という異様にフレンドリーな男であった。例えば通勤の1時間で初対面の人間を3人友達にしてしまうような奴だった。常軌を逸していた。
新入生90名弱のLINEアドレスを2ヶ月以内に全員ゲットすると言われている。実際、どうしても連絡が取れない女生徒もサトルに聞くだけで5分で連絡つくらしい。
バレンタインにもらうチョコは学校だけで80個。
いや、顔立ちだけでいえばよほどタカハシの方がいい。端正なのである。サトルは別にイケメンではなかった。
しかし堂々としていて。フレンドリーで。輝くような笑顔と魅力があった。覇気があった。あのサトルのそばでは誰だって
みすぼらしい
と言われてしまうだろう。タカハシはとんだとばっちりを受けているのである。
誰もがサトルと話したがった。サトルは学校から1時間程電車に揺られて通勤しているが、ある日同沿線の生徒が逆方向の電車に乗り駅を戻ってサトルを待ち伏せた。
30分くらいサトルを独り占めできたらしい。
それから生徒が次々逆方向の電車に乗ってサトルをゲットし始め、とうとうサトルが乗る駅で待ち伏せるやつが出始めた。1人や2人ではない。
ここで校長の雷が落ちた。
『駅で人を待ち伏せするの禁止』
というヘンテコリンな校則ができたのはサトルのせいだ。
タカハシなんぞ誰にも待ち伏せされたことはない。というか、自宅最寄り駅すら誰も知らない。薄々『カブラギと同じ沿線』であることはわかっているがその先には進めなかった。尋ねたところで『そんなこと聞いてどうするの?』と言われるに決まっている。
◇
服装も段違いであった。
サトルは全身ブランド物でバッチリ決めている。めざとい女生徒が調べたところ
シャツ 3万
スーツ 15万
ベルト 6万
ネクタイ 2万
靴 5万
らしい。おまけに靴下がエルメスだってよ。エルメス靴下売ってんのかよ。
高校教師が身につけられるような値段ではなく『太客の愛人がいる』というウワサであった。
いかにもである。
タカハシはアレだ。量販店の吊るしの。あれ? 興味もないけど2着5万くらい? 謎に月2回くらいいいネクタイしてるけどあれなに? どうでもいいけど? とにかく何の記憶にも残んないよね? 1回サトルに服選んでもらえば?
ということなのであった。いや、普通の高校教師ならそんなものではないか。異常なのはサトルの方だ。
タカハシはなぜか毎日シャツの第一ボタンを外してネクタイをそれなりにゆるめていた。
前髪は左側が不自然に長く、いつも左目が隠れていた。『鬼太郎』の由縁である。手足は鉛筆みたいに細かったし、両手をいつもズボンのポケットに入れていた。
顔は端正なのに。どうもこう。締まらないというか。全般的に『朝7時の新宿をトボトボ歩く売れないホスト』みたいな男なのである。
でもカブラギはタカハシが好きだった。
最初の国語の授業のとき、教室に入ってきたタカハシはカブラギを見つけてニッコリと微笑んだ。『面白い女』。
それから黒板にカッカッカッとチョークで
高橋是也
と書き付け「現国担当のタカハシコレヤです。1年間よろしくお願いします」と明らかにカブラギを見て言った。
名簿を読み上げて点呼する。
それからすうっと教科書に目を落として「では3ページ」というと
========================
夏の風 山よりきたり三百の 牧の若馬耳ふかれけり
========================
と書いた。
『なんて美しい指先だろう』と思った。繊細な、隅々まで神経が通っているような指だった。チョークの先から生まれる字は優美な線をしていた。あの手に頬を触れられたいと思った。
カブラギを見てくれたのはその一瞬だけで、あとは全く見てくれなかった。というよりも彼の目は誰も見ていないのだった。タカハシは女子高生をまるで一つの生き物のように扱った。
誰にも近寄らず、誰にも遠ざからない。円を描くコンパスのように全ての生徒と等距離でえこひいきもしなければ、煙たがりもしなかった。
カブラギはその日フラフラと書店に入ってタカハシの美しい指が生んだ短歌の作者を探した。与謝野晶子。『みだれ髪』他数冊を買い読んだ。
それで与謝野晶子が短歌の師である鉄幹と結婚し12人の子を産んだことを知った。
カブラギは誰にもタカハシへの思いを言わなかった。もちろんタカハシ自身に言わなかった。
========================
詞にも歌にもなさじわがおもひその日そのとき胸より胸に
========================
ただぎゅうっと心に晶子の短歌を抱きしめた。




