第28話 ボランティアでお願いします
もうカブラギは遠慮しなかった。遠慮する理由がない。タカハシをバンバン呼び出した。
「ワンピースが思ったより高くて財布がピンチですー」と言えば、「夕飯代浮かせる?」とアジフライを奢ってくれた。
「私アジフライにはソース派なんです!」と言ったら「俺は醤油派」と言ってくれた。
互いの『アジフライ』を一口づつ味見しあう。
「「どっちも美味しいねー!」」って笑いあった。
『私の食べ物に直接口つけちゃうんですか』ドキドキする。
「先生。ひょっとして『panda panda』お気に入りなんですか?」と聞いて「コーヒー飲むついでに大学の勉強みてくださいよぉ」と毎週呼びつけた。
気づくと木曜日はいつもタカハシとお茶の時間になった。
カブラギの話をなんでも「うん。うん」と優しく聞いてくれる。
おかしかったのはある日タカハシからLINEをもらったことだ。
「ごめんね。今週は残業で行けないんだ」
デートじゃないですか! これもうデートじゃないですか!
実質的に私もう『彼女』じゃないですか!
◇
例によってレポートを見てくれた。
パンダと竹のマグカップにたっぷりのカフェラテを入れたカブラギはタカハシを見つめた。
「カブラギ。こっちの資料なんだけど……」
ん? となる。
「カブラギ? 何俺の顔見てるんだ。明日も天野先生だろ? このレベルで提出すると再提出くらうよ」
カブラギは無言でタカハシを見つめ続けた。ひじをついて頬を右手にのせている。
タカハシがカブラギを見た。
「おい。カブラギ。どうしたんだよ。上の空じゃないか」
「そろそろキスしたい」
『ぶっ』
コーヒー吹いてしまった。2人で慌ててテーブルの上を拭いた。
「おーまーえーはーどーうーしーてーいーつーもいーつーもー」とうなられた。
だって飲み物吹く姿面白いんだもん。
「俺の顔を見るな! 資料を見ろ資料を!」
「ネットカフェでキスしたのが最後じゃないですか。そろそろまたキスしたい。キスしたくてもう限界」
その『ネットカフェのキス』は忘れる約束でしょ?
「ダメッ。勉強しに来たんだろうが!」
「じゃあ終わったら」
タカハシはしばらく無言でテーブルのボールペンの辺りを見た。
「…………するって言ったらレポートに戻ってくれる?」
「約束してね」
カブラギに小指を出される。つられて小指を出して『指切りげんまん』をしてしまった。
ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーますー ゆびきったっ
タカハシがガックリ肩を落とした。
「なんか……キャバ嬢に同伴出勤を約束させられているカモの客みたい……」
「え!? キャバクラ行ったことあるんですか?」カブラギは身を乗り出した。女性は一生行けないかもしれない場所なのだ。興味津々。
「うん……。先生になりてのころ先輩に連れられて1回だけね」
「どうでしたっ!?」
「どうって。よくわからなかったなぁ」
「え? わからないって?」
「だから……何で……お金を払って初対面の女性と話さなければならないのか……」
カブラギは吹き出した。タカハシ! タカハシっぽい発言!
「先輩が払ってくれたんだけどね。後から金額聞いてびっくりしたよ。先輩と俺の合計金額で夏目漱石の全集が買えちゃうんだよ」
夏目漱石!
「俺は夏目漱石に会っている方がいいナァ……」
カブラギは笑いを止められなかった。
◇
タカハシは律儀な男なのだ!
レポートが仕上がったら公園に連れて行ってくれた。
ベンチに座るともうお互いが自分を止められなかった。夢中になってキスしてしまう。
キスとキスの合間にタカハシに抱きしめられて髪の毛を撫でられるのがたまらなく幸せだった。
「じゃあそろそろ」と言われたので「もっと! もう1回!」とゴネる。
それが3回続いてタカハシに
「ちょっとこのお店。支払いが高いんじゃないかなぁ……」とぼやかれる。
「うちは高級店なんです!」抱きつく。
さすがに5回目になってタカハシにぎゅうっと抱きしめられ「もうおしまい!」と言われた。
「えーっ! もう1回」
「カブラギ。いつまでやる気だ」
「朝まで!」
「バカッカブラギッッ」
怒られてカブラギはクスクスと笑った。
もう12月の初めで。公園はひとっこ1人いなくて。真っ黒な木々が闇夜に一層濃い黒の境界線を作っていた。抱きしめあってないと寒さに負けてしまいそう。
星ばかりがきれいだった。
「先生……」
「うん」
「先生ってどうして未来の話ばかりするんですか?」
「え?」
「私9月先生に土手で交際を断られましたよ。私の人生のライフプランとか、仕事の話とかされて。真摯に考えてくれてありがたかったですよ。でも私まだハタチなんです。そんな未来のこと言われても。大学出ることだけで手一杯なんです」
「…………うん」
「そんな先のことより、こうやって一瞬一瞬を先生に抱きしめられて暮らしたいんです。それで気づいたら2年たってたとかそういうのがいいんです」
タカハシは黙ってカブラギを抱きしめ直した。
「私の夢は。先生と結婚することで。与謝野晶子と鉄幹みたいな夫婦になって。晶子のように12人くらい子供産んで。一生夫と恋しながら生きたいんです。でもそれは私1人の勝手な夢で。先生には先生の生涯設計や生活があるのはわかります」
「うん」
「だからその。『ボランティア彼氏』ってどうですか?」
タカハシがカブラギから体を離した「ボランティア彼氏!?」
カブラギはタカハシの手を両手で握る。
「先生はっ。婚活してくださいっ。私と先生なら間違いなく先生の方が『崖っぷち』です。ハタチの小娘と恋愛している場合じゃないのわかります! すぐ結婚して、すぐ子供をもうければ、今なら子供の成人に定年間に合いますよね。それが理想ですよね。わかりますっ」
「あ、いや、そんな焦っているとかでは」
「だから! 先生は婚活がんばってもらうにしてもなんとか私の『初めて』だけはっ」
カブラギはタカハシを両手で抱きしめた。恥ずかしさで顔を彼の胸に埋めた。
「はっ初めてだけはなんとかもらっていただけないでしょうか…………だからその。ボランティアってことで。ひと肌脱いでいただけないでしょうか。物理的に」
物理的に!!!!
タカハシがうろたえて困りきっているのが顔を埋めて何も見えないカブラギにもわかった。
カブラギはギューギューと、ギューギューと自分のおでこをタカハシの胸に押し付けた。




