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第22話 狂いの果てを見ろ

 タカハシだった。


 ◇


 カブラギはヘラヘラ笑った。

「せんせー。お久しぶりでーす。ミスコンあきらめたカブラギですよー」

「ミスコン!? いや、お前相当飲んでないか!? こんなとこ座り込んで何してる!? スカートが汚れるぞっ」

「汚れてもいいでーす」


「よくないよ。ほらっ立ちなさい」カブラギが無言で手を差し出すとカブラギの手を取ってくれた。


 そのまま力の限りタカハシを引き込んだ。


「わっ」と言ってタカハシが膝をつく。


「だまされたー」カブラギが笑う。カブラギは手を離さなかった。ポツンと与謝野晶子の歌を思い出した。


========================

『いまさらにそは春せまき御胸なり』われ眼をとぢて御手にすがりぬ

========================


「なにやってるんだ」

「狂いの子ですよー」


 タカハシの前でヘラヘラと暗唱する。


========================

そのなさけかけますな君罪の子が狂ひのはてを見むと云ひたまへ

========================


「与謝野晶子だろ」

「さっすが同機社大しゅせきー」

「いやちょっと」


 タカハシがカブラギの隣に座った。

『薄手のコートが汚れますよー』と思った。


「タクシー呼んであげるから乗っていきなさい。こんなになるまで飲んで」

「いやだー」

「嫌だじゃない。電車で終点まで乗り過ごすよりましだろ」

「私ここに泊まるんだもーん」

「校門前には泊まれません」


 手は繋いだままだ。


「このまませんせーと朝を迎えるもんねー。ザマーミロ。地縛霊みたいに校門に縛り付けてやる」

「無茶をいうんじゃない」


 カブラギはヘラヘラと笑った。


 タカハシがため息をつく「じゃあせめてお母さんに連絡しなさい」


 カブラギは器用に片手でバックからスマホを出すと左手はタカハシから死んでも離さないで母親にかけた。

「おかーさーん! しようだよー。飲んでまーす!!」

「渡しなさい」タカハシに言われた。


 右手はカブラギに取られているのでタカハシはなんとか左手でスマホを耳に当てた。カブラギの母親と話す。


「すみません。お母さん。松桜高等学校の高橋是也です…………はい…………そうです…………3年のときの担任です。申し訳ありません。紫陽さんを飲ませすぎたみたいで…………いいえ…………休ませてから帰しますので……はい……僕の電番号今からお伝えしますので……はい……何かあればそちらに……」


 電話を切るとカブラギにニッコリする。


「カブラギ。漫画、好き?」


 ◇


「カップルシートをお願いします」と受付にいうタカハシを見てカブラギは天にも昇る心地であった。


 雑居ビル5階の『ネットカフェ』にカブラギを連れてきたタカハシは受付のあとコーナーの一室にカブラギを案内した。


「ここだって。ほらいい加減に手は離しなさい」

 前金を払う時以外は一切手を離させなかったのである。


 フニャフニャとカブラギは室内に入った。

 3畳ぶんくらいの部屋にパコソンデスクと、ライトと黒い床が見えた。


「はい。これ飲んで休みなさい」ジンジャーエールが入ったグラスをカブラギに渡す。


「先生は?」

「俺は漫画を選んでくるから」


 カブラギはゴローンとカップルシートに横になってから『こんな密室で先生と過ごせるなんて嘘みたい』と思った。


 だが。


 タカハシ遅い。


 その時カブラギは気づいた。タカハシはコートもカバンも手に持ったままだ。


 しまった!! 帰られたっ。

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