気付いていないと言い聞かせてるだけ
中心街の中でも一際大きな広場は、平日の昼間であろうと人が多い。開けた場所だからか密度が高い訳では無いけれど、ぼーっと突っ立っている訳には行かないくらいには盛況だ。
毎日の様に開かれているマーケットは、日用品から家具、屋台まで揃っている。店を出せる区画は決まっているので、そこから外れると急に寂しくなるが、屋台で買った物を食べるには丁度良い。随分昔に来て以来だったが、この雰囲気は当時と何も変わっていなかった。
「十年以上経っていますが……思っていたより懐かしいままですね」
マリンの誘いに頷いたリツは、口を挟むことなくついて来てくれた。それが信用からなのなのか無関心からなのか、分かるくらいの交流はしてきたと、思っている。丁寧な所作は仕事で培われているが、性格までもが同様では無いだろう。大雑把で適当でガサツ、そういう側面も併せ持っていると、そういう所が自分と似ていると、お互いに。
とはいえ昼食終わりに市場へ連れて来られるとは思っていなかったらしい。隣で訝し気な顔をしているリツに、つい笑ってしまった。その笑みがどんな気持ちから出たのかは、自分でも釈然としなかったけれど。
ふわりと灯った胸の温かさは、何処から来た感情なのだろうか。
「土地勘がないと、以前おっしゃていたので。この辺りはロゼット様と来る機会もないかと思ったのですが……もうご存じでしたか?」
「いえ、この辺りは……というか、あの店くらいしか行かないので」
「やっぱり。いつもあの店で会うから、そうだと思っていました」
「……それは貴方も同じでしょう」
いつも一緒の席について昼食を摂る、あの店の味が特別好きかと言われるとそうではない。食に頓着するタイプでもないから、もっと安い店の簡単なもので問題ないのだ。それでも休みの度あそこに足が向くのはどうしてか。考えた事が無かった。
考えようと、しなかった。
「私は……あの店が気に入ってるだけです」
「俺もですよ」
「でも、他に選択肢があっても良いでしょう?」
「それは……まぁ」
するりと先を歩き出したのは、これ以上何も悟らせたくなかったからだ。あまりにも似ている部分が多いから、少しの変化が簡単に察されてしまう。
「早い者勝ちなので店の場所は定まっていませんが、大体種類ごとで固まってます」
「……流石、国が大きいとマーケットの規模も桁違いですね」
「リトスとは違いますか?」
「そもそもマーケットが開ける場所の確保が大変なんで。たまに蚤の市を開く事はありますが、三日が限界です」
「うちは蚤の市がほとんどないですね。教会がたまに開く事はありましたけど、市場というより寄付って感じでしたし」
露店に並んでいる商品を少し遠くから眺めて、手に取る事はせずに離れるを繰り返した。緩やかな足取りに合わせた、他愛もない話。時折綺麗な髪飾りやアクセサリーに視線を惹かれ、互いに黙り込んだりして。その煌めきに誰を思い描いているのか、聞く必要はない。
マーケットを進んで行くと、食品や屋台が増えていく。サンドウィッチなどの軽食から、ケーキなんかのスイーツまで。三食おやつをここで済ませられるバリエーションが揃っている。
流石に二人共昼食を済ませたばかりだから、さっきの露店よりも歩の進みが早かった。また来た時にでも食べよう、くらいの目線が屋台の先を滑ってゆく。
「あ」
小さな声と共に、リツの足が一つの屋台前で止まる。綺麗にラッピングされたお菓子が籠に並べられた、可愛らしい店構え。つられて足を止めたマリンも視線を向けると、可愛らしい店員さんが優しく微笑んでくれた。
「何か欲しい物がありましたか?」
「あぁ、いえ……プラリーヌが売っていたので」
「あそこは……近くにあるケーキ屋の臨時屋台ですね。昔から在庫が余った時に安く売ってくれるんです」
「へぇ……」
「買ってきますか?」
「そうですね……少し待っていて下さい」
速足で屋台に近付いたリツは、迷う事なく真っ赤なプラリーヌが入ったラッピングを手に取った。金色の三つ編みをした女の子が手慣れた様子で会計を進めている。マリンと並んでいる時はほとんど同じ目線だったから気付かなかったけれど、普通の女の子と並んだ彼は、体付きも相俟って大きく見える。
それだけの事が、心のやけに深い所まで落ちていった。




