衣食住全て
話し始めて、どうやって説明もとい謝罪を伝えようか迷ってしまった。事前に伝えたい事を考えておくべきだったが、あまりにも今更。シスターとマリンの会話はほとんど聞かれていたと思うが、そこから推察出来る範囲は広くない。あの後シスターと話していなければ、だが。
「えっと……すみません、でした。その、色々と」
口にしてから、曖昧が過ぎると後悔した。もう少し言い様があるだろうと。濁し過ぎて相手の察知能力頼りでしかない。聞かれたら答える事は出来るけれど、関わりたくない相手に語る話ではない。
「あの後、大丈夫でしたか? 私と話している所を見られていたので、何か言われなかったかと思って」
「まぁ、話し掛けられはしましたね」
「っ、本当にすみません……!」
想像していた通りの出来事につい頭を抱えてしまった。顔見知り程度の交流が幸いしたというべきなのか、彼から伝わる情報は何もない。しかしリツからすれば、適当に話せる事があった方が楽だったかもしれない。
「あなたの今の生活について少し聞かれただけです。でも私はあなたの事をそれほど知りませんし、知っていても話す事はないのですぐにその場を去りました。むしろそちらこそ、大丈夫でしたか? あれから」
「はい。特に連絡も来ていませんし、私から行かなければもう……関わる事もないかと」
「それは良かった」
自然と伏せられた目は、どこかホッとしている様にも見えた。あの日垣間見たマリンの生い立ちについては、触れようとさえしないのに。
興味がなさそうだから、こちらも自然と口にしていた。
「あの教会に捨てられたんです、私。四歳の誕生日でした」
いつかこの辺りの地理を教えた時と同じ、思っていたよりもずっと軽い音で話す事が出来た。きっと彼はこの話を、自分の重みにはしないだろうと思ったから。マリンの始まりを、可哀想な少女にはしないだろうって。
「母の不貞の子で、まぁ、両親共に厄介払いがしたかったんでしょう。子供の私でも分かっていました。たかが四歳でしたけど、四年もいれば十分過ぎる」
コーヒーに落ちていた彼の視線が少しだけ上がったけれど、それだけ。こちらの話を聞いている、それ以上でも以下でもなかった。時間潰しくらいの、話題。
「シスターは昔からとてもとても優しい方なのですが、私はどうしても馴染めなくて……十二の時に家出してそれっきり」
こうして言葉にしながら、自分でも振り返ってみる。両親と暮らした四年、教会で暮らした八年、ヴィオレットと共にあった今日までの日々。
山も谷も奈落もあったが、この道を選んでよかった。迎合する事なく神の揺籠を飛び出したのは、決して間違いではなかった。
「空腹で倒れていたところをヴィオレット様に拾っていただいて、そのまま働くことになって……ご結婚の際は追いかけてクグルス家に再就職を」
「それは……随分思い切りましたね」
「嫁入り道具の一つになるのが一般的ではありますね。私も初めはそうなるかと思っていたのですが、旦那様からご提案を頂いて」
あの時も今も最適解を選んだ自信は揺らがないけれど、第三者が聞けばそれなりに驚く選択ではある。本来、貴族屋敷のメイドなんて狭き門を幾つも潜らねば就く事の出来ない職。マリンはかなり特殊な方法でこの席を得たが、そのありがたみは深く理解している。ヴァーハン家という特殊な場所で、ヴィオレットが望んでくれなければ、マリンには願書を提出する権利すら貰えなかっただろう。
そしてクグルスの家に入れたのは、経験や能力以上に、ヴィオレットへの献身、傾倒している事が最重要とされていたから。そう思うと、自分は真っ当な手段で就職した例がないかもしれない。
「私は神を信じはしませんが……この職に着けた事だけは、運否天賦に感謝しています」




