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経験値が不足している

 あの決別から二週間が経ち、マリンは珍しく自ら休日を貰った。そうお願いした時のヴィオレットはとても嬉しそうで、つられて笑顔になってしまったが、実際は仕事の延長戦にある一日だ。

 以前も来た喫茶店は、時間帯のせいかあまりお客がいない。昼食とおやつの時間を過ぎてしまうと、人影は夕食の準備へと向かうから。屋敷では今日もシスイが腕を振るっている事だろう。

 指定した時間は三十分後だが、入り口に待ち人の赤い髪が見えた。店内に視線を走らせ、マリンの所で止まる。


「こんにちは。お待たせしましたか」

「いえ、私が早く来過ぎただけなので」


 数日前のスーツ姿とは打って変わって、ラフな姿のリツは落ち着いた店内で何処か浮いている様に思えた。恰好だけならマリンも似た様なものなのに、彼はこういった格式ばった所より、太陽の下でバケットサンドに頬を膨らませる方が良く似合う。内面を良く知っている訳では無いので勝手な想像でしかないけれど、仕事以外ではそういった雑さがある気がした。マリンと同じ様に、大切な物だけしか大事に出来ない人なんじゃないかと。


「何か頼まれますか?」

「あぁ、はい。コーヒーと……昼食をとっても構いませんか?」

「もちろんです。私も何か頼みます」


 休日にランチを楽しむかのような会話だが、マリンは珍しく緊張していた。リツに対してというより、この状況そのものに慣れていなさすぎて。教会で暮らしていた頃は周囲に壁を作り、ヴィオレット付きのメイドになってからは彼女の傍を離れたくなかった。彼女が結婚してからはそれも少し治まったけれど、休みの必要性は依然として分からないまま。

 知人はそれなりに居るけれど、共に出掛ける様な間柄は一人も居ない。リツとの間にあるのは決して友好なんて密接なものでは無いが、それでも緊張するのに充分な理由がある。


「私はサンドウィッチを」

「私は……ハンバーグランチ、パンのセットで。後はパスタと……グラタンにフォカッチャをお願いします」


 注文を取りに来た店員は一瞬面を食らった様にペンを持つ手を止めたが、流石はプロというか、にこやかにメニューを下げて戻って行った。マリンも少し驚いた。仕事柄、体は鍛えているだろうし、健啖家でも可笑しくはないけれど。


「……すみません、腹が減っていて」

「昼食時ですから。私も食べるつもりでした」

「それもなんですが、朝食をくいっぱぐれまして」

「お忙しいですもんね……お時間を割かせてすみません」

「いや、ただの寝坊です。休みだとつい寝汚くなってしまって」


 よく見ると仕事中は撫でつけている髪が所々跳ねている。私服に合わせているのかと思っていたが、そういう訳では無いらしい。


「その……貴重な休みにお時間を頂きましてありがとうございます」

「むしろ休めと言われているくらいですから。話があるんですよね?」

「はい、あの……この間教会で」

「あぁ、その事──あの、先に食べてからでも良いですか?」


 意を決して話し出そうとした所で、マリンのサンドウィッチとリツのパスタが運ばれて来た。出鼻をくじかれた気しかしないが、湯気で温かさを主張するパスタを無視出来る様な用件ではない。前に傾いていた重心を戻し、どうぞ、と自分が作った訳でも無いのに許可を与える事で居心地の悪さを誤魔化した。

 大きな口でパスタを頬張るリツとは違い、もそもそとサンドウィッチを口に運ぶ。美味しいとは思うが、毎日シスイの料理を食べている身なので、どうしても物足りない部分はあった。特別食べるのが遅いと思った事はなかったが、目の前の男性よりはずっとスローペースであったらしい。次々と運ばれてくる料理は吸い込まれるように消費され、サンドウィッチ三つのマリンと同時に食事を終えた。

 食後のコーヒーを楽しんでいるリツに、机の下で組んでいた両手を握り締める。慣れない事をしようとしているせいか、掌がいつもよりも湿っていた。


「あ、の……先日の事なのですが」

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