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面影に指先


(あれって……)


 赤い髪に目が惹かれる。身長はあまり変わらないが、立ち方や姿勢から、鍛えられているのがよく分かった。子猫の様な目元と、あどけない顔立ちは、スーツ姿ですら学生の様に見えてしまうけれど。

 未来の王妃に付き従う人間が、可愛らしいだけの男な訳が無い。

 

「名前……なんだったっけ」


 ロゼットは良くヴィオレットに会いに来るから、何度目かに自己紹介をしたはずだ。お付きの名など仕事に関係ないだろうと、話半分で聞いていたからすっかり忘れてしまったけれど。そして恐らく、向こうも同じ事を思っているんだろう。

 不躾に眺めているから、視線に気付かれてさっきから目が合っている。それなのに目を逸らして何処かに行く訳でも、こちらに文句を言いに来る訳でもなく、難しそうな表情のまま視線はこちら。何とも気まずい。

 丁度、コーヒーも飲み終わった。お金を払い店を出ると向こうもこちらに近付いて来る。名前の思い出せない知り合いというのは、どう挨拶をしたものか。


「……こんにちは」

「っ、こん、にちは」


 お互いぎこちなく会釈してみるが、主不在で顔を合わせた事はないし、言葉を交わしたのも数える程度。ギリギリ顔見知りの相手ではあるが、名前忘れたんで教えてくださいとは口に出しづらい。多分、お互いに。


「クグルス家のマリンです。お久しぶりですね」

「あぁ……リツ、です。今日はお休みですか」

「えぇ。たまには外に出てはどうだと言われまして」

「お、……私もです。屋敷に居たらラディア様の相手をしてしまうからと」

「同じですね。ヴァニラ様のお相手は楽しいのですが、ヴィオレット様からすると休息にはなっていないそうで」


 どうやら二人して同じような理由で強制的に休暇を取らされたらしい。話せば話す程似ている部分が垣間見える。お互いに『大切な人の関係者と話している事』に意識があって、目の前の相手に興味がある訳では無い。仕事上の関係がそのままプライベートに来たような。今より近付く事も、接待の様にへりくだる事も無く、だからこそ楽な時間。


「私はお嬢様に付いてこっちに来たので土地勘がなくて……どこへ行こうかと思っていたんです」

「あぁ、それで。この辺りは屋敷のお使いか学園の生徒が寄り道をするお店が並んでいるので、価格は高いですがサービスも品質も良い所ばかりですよ。中心街に行けばもう少し大衆向けになりますね」


 マリン達がいるのは、所謂高級住宅街の傍であり、客層も上流階級の華やかな方々ばかり。学園の生徒も利用する事から治安維持にも一際力が入っている。とはいえ大きな国だ。そんな場所はごく一部で、少し足を伸ばせば庶民の暮らしに踏み入る事が出来るし、マリンがかつて暮らしていた教会もその中の一つ。


「マリンさんはこの辺りをよくご存じなんですね」

「生まれ育った国なので、多少は。とはいえ中心街の方には随分行っていないので、そちらの方は詳しくありませんけれど」


 ヴァーハンの家で働き始めてから十五年。出来る限りヴィオレットの傍を離れたくなくて、中心街まで足を伸ばそうとはしなかった。会いたい相手も居なかったし、むしろ教会のシスター達に見つかったら連れ戻されそうで。労働に当たって何かしらの話は合ったのだろうが、当時の自分にとっては家出の延長でしかなかったから。

 今、あの場所はどうなっているのだろうか。

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