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働き者の弊害


 胸の違和感は改善も悪化もせず、時折微かな痛みをもってその存在を主張してくる。シスイがヴァニラと戯れている光景にツキン。ヴィオレットとユランが寄り添っている姿にツキン。買い出し先で見た親子を眺めては、ツキンツキン。その時は不快で取り除きたいと思うけれど、少しすれば落ち着いてしまうから、別に良いかと放っておいてしまう。

 そうして次に気になった時には、全部が遅かったりする。


 

 基本的に閉じこもって仕事に精を出しているマリンだが、クグルス邸に越してからは買い出しだけでなく、休日に外出する事もある。雛鳥の様にヴィオレットの後ろをついて回った日々が懐かしい。出来るだけ彼女を一人にしない為に染みついた癖は、ユランとの婚約を機に不必要なものとなった。それは実に喜ばしい事なのだが、問題は生まれて初めて得た自分一人の時間をどう使えば良いのか。マリンは完全に持て余していた。


「はー……」


 適当なお店に入り、コーヒーを頼んだまでは良かった。十分過ぎる給金のおかげで、懐は潤っている。高いお値段に見合う味を堪能しても、まだまだ余裕があるほどに。暖かな陽気は洗濯にぴったりで、今すぐ帰って屋敷中のシーツを回収して回りたい。今日の洗濯当番は誰だったか。


(……こういう所が駄目なのか)


 どうにも仕事と休日に境目を作るのが苦手だ。趣味もないし、仕事を苦に思った事もない。マリンの人生はいつだってヴィオレットと共にあり、それ以外に割ける余裕もなければ必要性も感じていなかった。それについては昔からヴィオレットに心配されていたけれど、今になって気付かないふりをしていたツケが回ってきている。

 中身の半分減ったカップをティースプーンで無意味に掻き混ぜてみたり、流れる人並みを眺めてみたり。ゆったりとした時間を贅沢として楽しむ者も居るのだろうが、マリンにとってはただただ退屈なだけだ。

 

 誰の為でもない、自分の為の時間は、何にも心躍らない。


 欲しい物は特にないし、必要な物は不足なく整えられている。欲が無いと言えば聞こえは良いかも知れないけれど、マリンのこれはヴィオレットに依存していた頃の後遺症の様なものだ。彼女を一人に出来ないと思っていたけれど、己が一人になりたくないという想いも多分に含まれていたのだろう。自分を取り巻いていた環境の歪さに気が付いたのは、ユランの手であの魔窟を出てからだ。ヴァーハンの毒に晒されていたのは何もヴィオレットだけではない。少女時代のマリンにも、じわりじわりと浸食していた。

 外を流れる人の群れは、皆何かを持っている。買い物の戦利品だったり、手を繋ぐ誰かだったり、大切な人との待ち合わせだったり。自分の欲しい物を、ちゃんと理解している人達。


 行き交う人波の中、見た事のある赤い髪を見付けた。

 

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