いつか恋に育つ感情の話
ロゼットは恋愛感情を理解出来ない。好意を持つ事はあるし、その逆で嫌悪を抱く事もある。生来、関心が薄い人間なので、どちらもそうそう感じる事はないけれど。
クローディアとの結婚も、メリットがありデメリットが少ない、拒否するに足る理由が無かったから頷いた。個人よりも国が結んだ契約だ。嫌悪対象で無かった事は幸いだったけれど、イコールして好きかと問われたら首を傾げるだろう。知人くらいの関心はある、知人程度の関心しかない。
兄のお嫁さんになるなんて甘えていた頃は、愛情と恋に差なんてないと思っていた。時を経て、愛には恋以外の種類があり、自分が兄へ抱いていたのは家族愛に属すると知った。ならば恋とはなんだ。同年代の少女が憧れる王子様に心惹かれる事も無く、何時か嫁ぐ相手を条件で見定める様なものを、きっと恋とは呼ばない。独り占めにしたい事、常に視界にいて欲しい事、その人の幸せが己の幸せよりも重要である事。
ロゼットの記憶に焼き付ついている『恋』は、あまりにも凄絶だ。
今となっては親友の夫として、彼女をこの世の全てから護っている男。彼との邂逅は、未知との遭遇に近かった。血縁を辿れば義理の弟になる彼は、その恋に命を賭けていた。まるで己が心臓そのものの様に、陰れば死んでしまうんじゃないかという危うさで。合理性で結婚出来てしまう自分とはあまりにも対照的。恋心とは、それほどに大きなものなのだろうか。あの男の様な恋は、絶対に出来ない。ロゼットは国の為に自分を捧げられる人間だが、クローディアの為に国を捨てる事はしない。そしてきっと、クローディアもそう。
「愛人を持つつもりは無い。他で子を儲けるつもりも……俺にはない」
卒業が近付いて、結婚の文字が現実味を帯びる。柔らかなソファで二人並び、穏やかにカップを傾ける時間も当たり前になって来た頃。お互いにいつか話さなければいけないと思っていた、話しておかなければならない事を、先に口にしたのはクローディアだった。
子を産まねばならぬ。それはこの位に生まれた女の、使命であり義務だ。心身共に健康であり、今の所問題なく月のものも来ている。恐らく子を育むに問題は無い。ただそれは機能的な問題であって、感情がそこに追い付くかどうかは別の話だ。
口ぶりからして、クローディアは覚悟を決めているらしい。ロゼットだけを妻とし、そこに子を儲けると。少なくともロゼットの体に問題が見付からない限り。
世間では誠実であり、愛の無い間柄では義務の押し付け。
ロゼットにとってそれは、共犯の懇願だった。
恋い慕う訳でもない相手に身体を開き、子を宿し、命を懸けて出産する。字面だけ見るとなんとも酷い。それを当然の様に課される我ら王家は、もしかすると国という主の奴隷なのかもしれない。繁栄と統治を命じられた駒。
これは二人で背負う責任であるはずなのに、愚直な男は自分一人が負いたかったらしい。何とまぁ、侮られたものだ。恋に身を焦がせなかった時点で、覚悟は出来ていたというのに。
恋い慕わない相手は抱けないという潔癖さは捨てられても、血を残す為に相手を選ばない合理性は持てない。何人もを同時に愛せる程多情にも慣れず、あてがわれた女とすぐに恋愛ごっこが出来る柔軟性もない。
そういう所が生きづらかろうと思うし、そういう所が、好ましいと思う。
「むしろ、貴方にそんな器用な真似は出来ないでしょう」
私達の人生は、どれほど手を尽くしても、決して平坦にはならない。
その道を共に行けるのは、あなただと思った。




