まだ恋に育たない生活の話
クローディアがヴィオレットに惹かれていた事は婚約前から知っている。ヴィオレット本人が気付いていたかは微妙なところだが、あの幼馴染は分かっていた。分かっていたからこそ必死だったのかもしれない。
結果はヴィオレットはユランを選び、クローディアの相手にはロゼットが選ばれた。それが決して、パズルのピースのように定められた運命ではない事を、ロゼットは知っている。クローディアもきっと察している。ヴィオレットは気付いているのだろうか。この結果のために、ユランがどう動いていたのかを。
全てとは言わずとも、察している部分はある気がする。ヴィオレットは目を瞑り過ぎ去るのを待つところがあるけれど、だからこそ察知する能力は高いのだ。そういう所が、ユランともクローディアとも似ている。
「では、先に戻りますね。あまり根を詰めない様に」
「あぁ、ありがとう」
飲み干したカップは誰かが片付けるだろう。この屋敷では、あらゆる人が夫婦の世話を焼いてくれる。自国も同じ様なものと言えばそうだが、こちらの方が向けられる関心に情が薄い。それがありがたくもあるが、合理的な分、遠ざけるのに苦労するだろう。今は結婚、次は世継ぎ、口を挟む理由には事欠かない。
ロゼットに用意された部屋は、彼女のイメージによく似合う白と薄い紫の愛らしい部屋だった。必要な物は揃っているし、使い勝手も良い。趣味かと問われれば答えは否だけれど、困る訳ではないので文句を言うつもりは無い。そういうイメージを持たれている事は知っているし、築いてきたのはロゼット自身だ。
クローディアの書斎から少し離れた場所にあるロゼットの部屋。滞在期間は短いけれど、己が生活基盤を整えるには十分な日が経った。
「失礼致します」
数人がかりでの寝支度にも、すっかり慣れたものだ。表情の薄い女性達の手に導かれていれば全身ピカピカにしてもらえるし、案山子の様に突っ立っているだけでシルクを纏う事が出来る。音も無く人の気配が消えた後は、ふかふかのベッドに飛び込む準備は万端だ。
「はぁー……」
一人になり、深く息を吐いた。身体から無駄な力を抜く様に、ゆっくりと長く。肩が凝った気がするけれど、お風呂でのマッサージで解された筋肉は疲れなんて微塵も感じさせずに動かせる。気分の問題である事は、ロゼットも理解していた。
それなりに忙しく、学生業に精を出している時の何倍もの速さで日々が過ぎる。この様子ではクローディアと同じ姓を名乗る日なんてあっと言う間に訪れるだろう。それ自体は問題ないのだけれど、夫婦として生活を共にする様になれば、今よりもずっと近い距離に互いを置く事になる。生憎ロゼットは、夫の言う事に異を唱えずに従う様な妻ではない。仕事上は兎も角、休日まで三歩後ろに控える奥ゆかしさはない。
「子供の事も、一度話さないといけないわ」
初夜に身籠る可能性も皆無ではないが、早々、そんな都合よくはいくまい。公務のスケジュールとロゼットの体の事、万が一ロゼットが子を産めなかった時の事、考える事は山ほどある。ロゼットが正妻になるのは確定として、第二第三の女性を用意するか否かについても、男の意見を聞いた訳では無い。何となく、クローディアはそういった事を厭いそうではあるが。
(どこかで……時間を儲けないと)
柔い足取りで近付いて来る眠気に身を任せ、ほとんど働かなくなった頭の中、眉間に皺を寄せるクローディアが浮かんで、溶ける様に消えた。




