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第十三話 愛の矛先

 もっと重く、苦しく、辛くなると思っていた。自分だけでなくユランも、少し悲しそうに笑って未来を語るのだろうと。女に生まれた義務なのだから、血を繋ぐ、責務があるのだから。

 それが、どうだ。甘い紅茶の香りに包まれ、優しい笑みを浮かべる彼は、何一つ選択を迫らない。ただ全部、全部、委ねられている。良い悪い、はい、いいえ。その一つも口にせず、ヴィオレットの言葉を待っている。


「……分からないの」

「うん」

「いらないなんて、思わないわ。それは絶対に違う。この腕にいたら、きっと幸せだって、分かるのに」

「うん」

「なのに、どうして。一つも想像が出来ないの……?」

 

 ロゼットが子を抱いて笑っていた。その姿に夢を重ねられたら、それだけで頷けた。欲しいとかいらないとか難しく考えずに済んだ。あの柔い存在を腕に抱いて、ユランと笑い合う未来を描けたら、どんなに幸せだろうって。

 薄い腹が少しずつ膨らんで、吐き気や貧血、時には苛立って涙が出たり、どうか健康で、どうか無事にと願う。何処かで見たよくある幸せの象徴に、どうしたって当てはまらない。母と呼ばれるその人は、どうしても己の顔をして笑ってはくれない。


「いらないなんてありえない、産みたくないなんて思わない。でも、どうしても、欲しいと願う事が出来ない。愛してる、想像が、出来ない」

 

 誰かが大きなお腹を撫でる。誰かがしわくちゃな赤ん坊を抱く。誰かが幼子の髪を梳く。誰かが、誰かが、だれかが。私ではない、誰かが。顔の無い女が、顔の無い子に愛を注ぐ。傍らにいる男性は誰だ。背の高い、茶色い髪をした、顔の無い男。

 死がふたりを分かつまで、病める時も健やかなる時も、共に生きようと誓った。ユランを幸せにするのはヴィオレットで、ユランはヴィオレットを幸せにしてくれる。互いに誓い合った愛は生涯違える事はない。

 愛し愛され、夫婦になった。なのにどうしても、家族になる想像だけが出来ない。


「子供は、愛の結晶なんかじゃないから」

「え……」

「それを知っているからだよ。ヴィオちゃんも、俺も」


 恋をし、愛し合い、夫婦になり、二人の愛が命を得て誕生する。子供は無条件で愛を注がれ幸せとして育まれる。それが当たり前で、持たずに生まれる方が可笑しくて。

 だからきっと私も、愛を抱くはずだと思っていた。抱けるのだと、思ってた。


「ヴィオちゃん、俺はね。俺はきっと、俺の子だったら愛せないよ」


 緩やかに流れる川の様な、穏やかな声だった。誰も傷付けない優しい音で、剥き出しになった心を語る。その姿は諦めを知った青年の様で、何も持たない少年の様で、誰もに捨てられた赤ん坊だった。


「俺は誰も好きじゃない。俺の事も好きじゃない。だから俺の子だって、好きにはなれない。興味が持てない。俺はヴィオちゃんしか好きじゃないから、ヴィオちゃん以外愛せないから、他は全部どうでも良いから。ヴィオちゃんの子じゃないと、愛せないよ」

 

 ユランが金眼の子を成し、クローディア達に献上する。馬鹿馬鹿しいと思った、したきゃ本人にさせればいい。何よりあの時、ユランは相手をヴィオレットで想像出来なかったから。ヴィオレット以外との子など要らない。

 では、ヴィオレットとの子であればどうなのか。彼女との間に出来た金色の目の男の子。いつかの自分と同じ様に、知らぬ大人に手を引かれて、別の人間として生きて行く。

 そんな事になったら、ヴィオレットは悲しむだろう。きっと泣いてしまう、手放した己を責めるかも知れない。そんなの駄目だ、ヴィオレットの子を、他の誰かに奪われるなんて、絶対に、駄目だと思った。ヴィオレットが悲しむなんて、絶対に認めない。

 では、悲しまないのなら? ヴィオレットが、手放したいと思ったら?

 ならいっか。そうやって簡単に手を放し、忘れてしまえる。忘れる想像が出来てしまった。


「だから、本当に、どちらでもいいんだ。ヴィオちゃんが望んだ子なら、それだけで大切だけど、ヴィオちゃんがいらないなら俺にとっても必要ない」


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