第十二話 自由
想像してみた。この一年で見たロゼットに、ヴィオレットを重ねて。
薄い腹が少しずつ膨らんでゆく。青い顔で寝込み、過眠になったり不眠になったり、味覚が変わって食べたり食べられなかったり。丸くなったお腹を撫でて微笑み、どちらに似るのか予想してみたり。どうか健やかに、生まれ育ってくれと、願う。
そんな妊婦を想像した。首から上だけは、どうしても描く事が出来なかった。
「ユラン! おかえりなさい」
「ただいま。このやり取り、久しぶりだぁ……」
「ずっと忙しくしていたし、痩せたんじゃないかってギアとも話していたのよ」
「うーん、ご飯はちゃんと食べてたんだけど、それ以上に仕事してたからかなぁ」
「本当にお疲れ様」
あぁ、なんて至福の時間なのか。勝手に緩む頬をそのままに、柔らかな笑みで話すヴィオレットを眺めた。きっと自分も同じ様な顔をしている。寝顔を眺める時間だってちゃんと幸せだったけれど、声が聴きたい視界に入りたいという欲求が満たされる訳ではない。
「夕食は食べた? あ、でもお風呂が先かな。足が痛かったりしたらマッサージ……」
「夕飯はまだよ、一緒に食べようと思って。お風呂もマッサージも、ユランの方が必要よ。今日まで働きづめで、ゆっくり休まなくちゃ」
「俺は大丈夫。ヴィオちゃんとの時間がないのは辛かったけど、仕事は別に」
「駄目です。働き過ぎるとシスイみたいになっちゃうわ」
「俺別に仕事好きって訳じゃないよー」
「尚更駄目よ」
口元に手を添えてクスクス笑う姿に憂いは見当たらない。その事にホッとして、ギアに護衛を頼んだ己の目は正しかったと自賛した。あれに礼を言うのは何とも癪だが、ヴィオレットの安全が守られたなら、多少の不快感など安いもの。人を寄せ付けないという意味で、ギア程優れた護衛はいないのだから。
「今日のパーティー、とっても素敵だったわ」
「ありがとう。お披露目とお祝いの会だから盛大にしたけど、疲れたでしょう? ロゼット妃に近付けなかっただろうし……」
「元々今日は話せないだろうなって思ってたから。落ち着いたらどちらかの屋敷で会う事になっているの」
互いの痕跡を愛でるだけだった時間を取り戻すべく、取り止めもなく話をした。食事中はこれ美味しいと笑い合って、やっぱり久しぶりのパーティーは疲れたと自室のソファに沈み込み、マリンが淹れた紅茶を手に最近のお気に入りなのだと温もりに息を付く。二人でゆっくりゆっくりしたい事話したい事を消化していった。
山を作っていた望みは解け、最後に残るのは、互いに触れ方を探っていた柔い部分。
「ね、ヴィオちゃん」
優しい空気だけが漂い、触れれば温もりが帰って来る。怖がる事ではないけれど、どうしても強張ってしまうのは、誤って爪を立ててしまう可能性への怯えだ。
「俺ね、どちらでもいいよ」
委ねる事が重りになるのか翼になるのか、羽搏いて欲しいのか縛り付けたいのか。未来の話をする時の力加減は、いつまで経っても分からないままだ。




