第十話 甘やかな毒
どうやら彼らの中のユランは、捨てられた妾腹でありながら、未だ国への承認欲求を抱き続ける健気で憐れな若造であるらしい。ここまで馬鹿にされるといっそ大笑いでもしてやりたい所だ。こんなにも面白くない会話が出来るなんて、最早才能と言える。
「──はっ」
口角が上がる。皮肉に歪む。この顔が嘲笑以外に見える事はないだろうと、鏡を見ずとも察る事が出来た。びくりと震え肩に、正しく伝わった様で嬉しい。馬鹿げた提案であると、理解してくれて、助かる。
「やめておいた方がいい」
俺を王にするなんて、俺を王にして、今の権力を維持しようなんて。
「俺が王になるなんて、あり得ないだろう?」
お前らは、絶対にしない。例えユランが望んだとしても、絶対に。耳障りのいい言葉で飾っているが、彼らの未来設計図は簡単に窺える。
要は、ユランに金目の子を作れと言っているのだ。いつか思い浮かべた、人権度外視の子作りを、クローディアではなくユランにしろと。そして産まれた暁には、その金色は王太子夫妻の子として献上される。あの美しい王子様がそれを受け入れるとは思わないが、国民に触れ回ってしまえば頷く以外の方法はない。
ここまで馬鹿にされると、いっそ清々しい。王にすると言えば、喜んで頷くとでも思っていたのか。思っていたのだろう、でなければ、こんな場所で持ち掛けはしない。クローディア達が祝福される姿を見て、ユランが妬み嫉み、差し出された甘い蜜にむしゃぶりつくと。
「今の発言を記録出来ていない事が残念だ」
その顔に浮かぶのは、怒りか焦りか。見下し嘲り傀儡にしてやろうと思っていたかつての芥に袖にされた事への憤りか、己が発言を誰かに告げ口されやしないかという焦燥か。どちらでもいい。どちらでも、ユランの答えも行動も変わらないから。
群がる老公達の脇を抜けて、遅れた分の仕事を脳内で捌いていく。会場の方は問題なく回っている様だが、ここには今あらゆる国の貴賓が集まっているのだ。本来外交を担う自分が長時間些事に拘束されるなんてあってはならない。それも計算の内か。
ユランの仕事などいくらでも代わりがいると思っている、順調に代替えを行い、末には子だけ受け取って追い出そうとでも画策していたか。ユランに出来るなら誰でも出来る、そんな侮りがそこかしこに散らばり、何処を歩いても踏んづけてしまう。
「ミラ、ちょっと」
「あ、ユラン。今呼びに行く所だった、シーナの国王陛下が挨拶にいらしてるんだけど、対応を頼みたい」
「後で話がある。クローディアに報告するかはお前が決めろ」
「了解」
話の早い同僚の存在というのは有難い。呼びに行く所だった、という事は、ユランが何処にいたのか分かっているという事。誰といたかを知っているという事。ユランの出自と、話していた相手を見れば、会話の内容なんて推して知るべしだ。
(ギアに頼んで正解だったな)
腹立たしいけれど、ヴィオレットの安全には代えられまい。舌打ちは脳内だけで留め、頼りになる友人、その父へ会うべく、身なりを整えた。




