第九話 時代を担う
光に吸い寄せられるのは蛾だっただろうか。ならば、一度捨てたゴミにすり寄る彼らは蠅か何かか。さっきから周囲を飛び回って鬱陶しい事この上ない。薄っぺらい笑顔の下に醜い欲が透けている。お粗末な仮面だ、そんな紙のお面で騙せると思われている事も腹立たしい。既に身長も越えて、蓄えた人脈も権力も対等になっても、彼らにはユランが、訳も分らず手を引かれたあの頃のままに見えるらしい。
見誤られる分には一向に構わない。実力を正しく測れないのは、愚か者によくある事だから。煩わしいのは、彼らの望むまま動くと思われている事だ。
「なぁユラン君、君もそう思うだろう」
わざとらしい媚びた声に、ウェイターの数を数えていた思考が呼び戻される。気持ちの悪い声だ。自分の親と同じ年頃の中年男性のにやけた面と合わさると、吐き気すらしてくる不快さである。分かり易く顔を顰めてやっても良かったが、場所が悪い。一応ここは、新たな王子様の誕生を祝う場である。この会の為にヴィオレットとの時間を削り仕事をしたのだ、成功してくれなければ、彼女に寂しい想いをさせた事が無駄になってしまう。
正直、何一つ聞いていなかった。忙しなく動いていたはずが、何故か呼び止められて談笑が始まった瞬間から、ユランの思考は止められている間に積まれた仕事の事だけだ。それに、聞かずとも分かる。
「君は優秀だ」
「君の血は本物だ」
「君には素質がある」
「君だって権利がある」
「君だって、金の眼を持っている」
よく回る舌だ。どいつもこいつも、二十年前の発言を忘れているのだろうか。その金の眼があったから、この国はユランの存在を許さなかったのに。
「クローディア様も優れたお人ではあるが……ねぇ?」
「品行方正な方だが、政とは綺麗事だけではやっていけぬ」
「駆け引きというのも時には必要だ」
「その点、君はシーナと渡り合う才を持っている」
随分とお粗末な媚びの売り方だ。クローディアが清廉潔白な事も、ユランが腹の探り合いに秀でている事も事実だが、そんな下手なお世辞でユランの心が揺れると、本当に思っているのだろうか。だとしたら嘗められたものである。鼻で笑うのも馬鹿馬鹿しくなる出来だ。
もう充分相手はした、そろそろ仕事に戻りたい。その思いで視線を向けると、何を勘違いしたのだろうか。不気味さを覚える笑みが深まり、蛇の様な身のこなしで、一人の男が囁いた。
「君こそ、次代の王に相応しい」
あぁ、本当に。嘗められたものだ。




