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第八話 かつてのガラクタ

 蕾が花開く麗らかな陽気の中、国中の祝福を浴びて、一人の男の子が生まれた。

 金糸の髪に、白い肌、長いまつ毛が美しい──淡い紫の目をした王子様が。



× × × ×



 王子生誕祭は、絢爛という言葉がよく似合う豪華さで執り行われた。生後数ヶ月の赤子を抱いたロゼットとクローディアを囲む大勢の人達。可憐に微笑むロゼットを遠目に眺めながら、久しぶりのパーティー会場に気分は変な方向に高揚している。


「すっげェなぁ。子供生まれただけでえらい騒ぎだ」

「ギア、貴方国賓でしょう。こんな所にいていいの?」

「いいのいいの、親父のおまけで来ただけだし。ユランからも頼まれてるしなぁ」

「私は一人でも大丈夫よ」

「なんも大丈夫じゃないのは俺でもわかんぞ」


 壁の華と化していたヴィオレットの隣では、何処から持って来たのか分からない量の食べ物を携えたギアだった。飲み物だけで特に何も食べていなかったが、その光景だけでお腹が重くなった気がする。

 ユランとは外交の席でよく顔を合わせているらしいが、ヴィオレットにとっては数年ぶりの懐かしい対面なのだが、あまりの気安さで話し掛けられ久々の邂逅が昨日の延長の様に思えてならない。だからこそ、ユランはギアに頼んだのかもしれないが。


「ユランも引っ張りだこだなー。ちょっと痩せたか」

「やっぱり、分かるわよね」

「ロゼット妃の妊娠で忙しくしてたろ、あいつ。顔合わせる暇なくてな」

「私もよ。私が起きる前に出て、眠ってから帰って来てたから」

「あぁそれで、ストレスやべぇって顔してら」


 ケラケラ笑う豪快さも、学生の頃のままだ。次期国王と呼ばれる豪傑だが、見目は愛らしさの抜けぬ少年そのもの。ユランが外交を担当してから友好的な関係を築けているらしいけれど、それはユランがこの見た目に惑わされずにいるからだろう。

 向けられる不躾な視線も意に介さず、堂々とした姿で立っている。美しい獣の様な男。強さこそ全ての国で、何の疑問の無く己が一番であると知っている男が、ただの少年であるはずがない。


「この国はめんどいなぁ」

「…………」

「それに、頭も悪い」


 シャンパングラスの中で、小さな泡が弾けた。ただの酒だ。ただの、金色に、この国はずっと昔から酔い潰れている。


「俺達の肌を嫌って、次は自国の王子様の眼を嫌うか」

「それが、頼まれた理由?」

「俺が一緒なら近付けんだろってさ。オブラートを知らん奴だよなぁ」


 自国にはいない褐色の肌を指差し蔑む者はいない。しかしその目が怪訝に陰る事を知らぬ者もいない。今更取り繕ったとて、多くの偏見と差別によってシーナの国民は蔑まれて来た。異質を嫌う、変化を嫌う。経験と言えば聞こえはいいが、結局は老いた分だけ固くなっただけの事。今度はその視線を産まれたばかりの赤子に向けている。

 遠くで、柔らかいブラウンの髪が揺れた。人込みでも見失う事の無い長身は、腰の曲がった者に囲まれても歪む事なく佇んでいた。その顔に張り付いた笑顔が偽物である事は、この距離でも分かるけれど。きっと彼を囲む者達は誰一人として気付いていない。


「機嫌最悪だな。何言われてっか想像できっけど」

 

 黄金を携えて生まれた赤ん坊は、国の為だと捨てられた。それが今、国の為にと、誰もが手を伸ばしている。


「ははっ、虫みてぇ」

「……そうね」


 黄金に群がる細腕の幾つが、幼きユランを突き飛ばしただろう。枯れ枝と成り果てた老人達は、今でも彼を救いを乞う孤児だと思っているのだろうか。

 国を支えて来た手腕も寄る年波には敵わないのと同じ。

 命一つ己の物では無かった赤子は、もう、どこにも居ないのに。

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