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第六話 妄執の果て


 何度か想像した事がある、自分が生まれた時の事。喜ばれたのか疎まれたのか、きっと疎まれたんだろうな。でももしかしたら、誰か、祝福してくれる人はいたんじゃないか。そんな期待を、した事があった。

 無垢で無知で無邪気な子供達が、粉々に砕いてくれた希望。甘い幻想を抱いた幼い子は、今更甦ったりしない。



× × × ×

 


「あ、帰ってきてたんですね」

「せめて第一声はおかえりにしたらどうだ」

「おかえりなさいませ、坊ちゃん」

「……はぁ」


 玄関をくぐり恭しい出迎えを横目に歩く廊下の先で、見慣れたコックコートの男が紙袋を抱えて横切ろうとしていた。ユランの帰宅に気がついて顔を向けても、頭を下げる事をしない。客人の前ではやるなと言い聞かせてはいるが、実際にこの屋敷に来たお客はヴィオレットの友人だけなので、あまり意味はなかったかもしれない。

 王子誕生への期待に比例して忙しくなるユランの帰宅は基本深夜だが、出迎えもしないのにこうして起きているシスイは何をしていたのか。腕にある野菜たっぷりの紙袋を見れば大体想像がついた。


「わざわざこっちに来るとは、流石に二軒目をやる気はないぞ」

「俺も流石にそこまで図々しいつもりはないですよ。いいスパイスが出来たんで、保存食作るついでに朝食の仕込みを始めようかと」

「あぁそう……」


 出来たなら寝ろよと思わなくもないが、人の生活に口を挟むほど興味はない。言った所で聞きはしなかっただろうが。


「夜食でもお作りしますか?」

「あぁ……風呂に入ったら仕事をする、書斎に何か持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 ネクタイを乱暴に緩めて、首を傾けるとパキパキと音が鳴る。書斎への距離がいつもより遠く感じるのは、いつもより足取りが遅いから。

 肩に圧し掛かる重みが重力ではなく疲労から来ている自覚はある。普段の業務にプラスしてお祝いへの対応や各地への連絡が増えて、寝る間を惜しんでも時間が足らない状況だ。睡眠時間はいくらでも削れるけれど、ここ数日妻の寝顔以外を拝めていない事は何よりストレスだった。

 仕事の為にと設けた書斎は、実際あまり使う事がない。仕事を持ち帰る事が少ないのもそうだし、基本的にユランは帰宅したらヴィオレットの隣に引っ付いている事が多いから。持ち帰って仕事をするくらいなら、仕事開始時間を早めた方がいい──その想いは変わらないが、今はそれでも時間が足りない。


「チッ……絶対意図的だろ老害共め」


 人に任せられない紙束が詰まった鞄をソファへと放り投げる。ジャケットを脱ぐ仕草から何まで、どうも所作が乱暴になるのは今の精神状態が表れているせいだろう。取り繕うべき相手がいないから余計に、口の指先も粗野で荒々しい。


「はー……」


 使い始めて数年、未だ美しい光沢を保ったままの椅子に腰を下ろし長い長い息を吐いた。腕で目元を覆って首を倒すと、灯りが遮られて眼球の奥が落ち着く気がする。疲労が溜まると真っ先に自覚症状が出るのは目だ、次に腕、そして肩や首。

 大して緊急でもない仕事が山を作り、毎日毎日進捗をせっつかれる。古の経験を未だ振り翳しては踏ん反り返っている老公達の中に、ユランの誕生を反対した者がどれだけいるのか。自分の養父母は命に対する倫理を優先する人だったが、この国の中枢は古ければ古い程、金色の信徒である。そして金眼を尊ぶからこそ、王族以外が金色を身に宿す事を許さない。

 いっそ殺してしまえと唱えた者は、どんな顔でユランの前に立っているのだろう。


「あいつの即位までに全員追い出せるか……」


 頭が痛くなりそうだ。ヴィオレットを手中に収める為の無茶はいくらでも出来たけれど、収めた後の無理は禁物だ。どんな流れ弾があるか分かった物ではない。気に入らないならクローディアに直接異を唱えればよいものを。せっせと嫌がらせを続ける根性があるなら、正義面してユランを排除すれば良いだけなのに。それが正しいと思っているなら、信仰に則り、死んでくれと指差し咆えればいい。


(生まれるまでの辛抱……で、あれば良いけど)


 王太子妃の腹にいる、新たな王族。順当にいけば、この国の未来を担う者。

 性別や、二子、三子の問題、何よりその目の色彩はどうなるのか。もしロゼットが何らかの理由で出産出来なくなったり、新たな子を育めなくなった場合。理想は金目の王子様の誕生だが、生命はいつだって人間の手の平の外で育まれる。産声を上げるその瞬間まで、誰もその命に触れる事は出来ない。

 

 仮に金目ではない女児が生まれたとして、解決策はある。簡単な話、金色の目をした王子様の誕生まで、クローディアに子を作らせればいい。ロゼットが無理なら側室でも囲えばいい。実際そうして生まれた者を、ユランはよく知っている。不運な事にその者は先に金目の王子が生まれていたので存在を握り潰されたが、そうでなければ諸手を上げて歓迎して貰えるはずだ。問題は、倫理や道徳、あらゆる者の人権を無視した行いである、という事くらいで。

 人権などなくとも人は育つと己が人生で証明している身としては大した問題ではないと思っているが、あの清い王子様には到底向かない方法だろう。

 

「下手な事して国際問題もだっるい……」


 アームレストに頬杖をついて考える。生まれる子を単純に喜んでいられるのは国民と一部の狂信者だけで、対応する側の自分達はあらゆる可能性を考慮し先の先のその裏まで読んでおかなければならない。特にユランは実体験もある分、より多くの想定が出来てしまう。クローディアもミラも、気付かない部分まで。


「坊ちゃん、入っても構いませんか」

「あぁ」


 硬質な音が響いて、思考が遮られる。顔を出したシスイの手にポットと大きめなスープカップ。あれからそれほど時間は経っていないから、作り置いてあったものを温めたんだろう。作業の手を止めず、片手で食べられて手が汚れないもの。夜食の定番となったコンソメスープは、わざわざ具材を無くしたユラン仕様だ。


「鞄を取ってくれ」

「はい。随分重いですね」

「紙の束だからな。無駄遣いとしか思えない」

「お疲れ様です」

「どーも。彼女は変わりないか」

「マリンと一緒にロゼット妃へのお祝いを考えてるみたいですね。元気そうですが、坊ちゃんを心配してるみたいですよ」

「…………」

「仕事に口は出しませんが、食事だけはちゃんと摂って下さい」

「お前のそういう所が嫌いだよ」

「それはどうも」


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