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第五話 王の隣に並ぶ者


「子供が生まれる」

「へぇおめでとう」

「気持ちがこもっていないね」

「こめてないからな」


 手元から視線を上げる事すらなく、会話よりも仕事を優先する姿勢を崩す事はない。ミラはわざと主語を抜いたが、それを聞いてくる事もない。いや、気付いてすらいないのか。そのくらいの無関心。


「ロゼット様が懐妊なさったんだよ。安定期に入るまで報告はしないが、その予定だけは組んでおいて」

「承りました。リトスへは?」

「ご本人が手紙を書くとの事だ」

「そ。時期はこっちで設定するから、それだけ守ってもらって」

「こっちでの発表よりは先じゃないと体面が悪いぞ」

「そこは調整するけど、どこから漏れるか分からないだろ」


 ちらりと、眼球だけがミラを貫く。それすら無機質、光なんてミリも感じさせない所には、ここ数年ですっかり慣れてしまった。金色に染まる目は人形に嵌め込まれた鉱石と同じ、血の気配がしない。


「そもそも、俺にも言ってよかったのか。老公共は嫌がっただろう」


 絢爛な城にいても、決して見劣りしない美しい青年は、その美しさ故に城を追われた。金に輝く目をしたが故に、それを尊ぶ者達に捨てられた。

 年月を経て、国の未来を担う人間になっても、未だユランを認めない者はいる。ユランの出生を捻じ曲げた者達が、再びその人生をへし折りたがっている。それを見越していたから、ユランはここに至るまであらゆる準備をして自らの価値を高めた。今となっては、ユランを陥れるデメリットが大き過ぎて誰も手を出せない。内心でどれだけ蔑んでいたとしても。


「仕事上、報告しない訳にはいかないだろう?」

「大々的に発表した後ならまだしも、内密にしている間はお前一人で事足りる」


 感情の窺えない瞳で、口元だけが笑みを含む。嘲笑と言うには感情が無く、愛想笑いには満たない、それが今のユランが付ける仮面だった。好青年としてあらゆる者の懐に入り込んでいた猫は、もう必要ないらしい。誰に対しても何に対しても同じ顔、同じ声、いつも波風の無い状態で過不足ない仕事をする。信用は出来るが信頼は出来ない、そういうタイプの優秀さ。


「……クローディアも、ユランにはちゃんと伝えてくれってさ」

「へー」

「せめてもうちょっと反応が欲しい所だね」

「予想通り過ぎてこれ以上は無理ですね」


 筆を走らせていた手帳を閉じて、漸く上げた顔はやはり人形染みていたけれど、言葉の端々に呆れの様な物が滲んで聞こえたのは、ミラの気のせいではないだろう。

 凪いだ水面の様に一定なユランだが、クローディアが関わるとそこに小さな変化が生まれる。波紋を描くのではなく温度が変わる様な変化であり、上がるのではなく冷めて行くものではあったけれど。


「血縁としての義務とでも思っているんだろうが、いい加減俺をその括りに入れるのを止めたらどうだ」

「俺に言われてもね。それにあいつがそう扱うから防げてる災もあるだろ」

「災だけ防げればそれでいいって言ってんだろ。そう思わせれば充分だ」

「そういう器用さがないから俺達がいるんだけどね」


 利益だけ受け取って蔑ろに出来る姑息さがあれば楽なのにと、思った事はある。ミラとてクローディアの清廉さを尊べるほど純粋ではない。だがその清さを失えば、クローディアが国を背負う意味がない。それこそもう一人の金塊を据えれば、余程上手くこの国は潤う。


「生憎俺は、あいつのそれを美徳とは思わない」

「ユランはそれで良いんじゃない? 代わりに俺が思ってるから、バランスは取れてる」

「お前本当に鬱陶しいな」

「あははは」


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