第四話 金色
ロゼットの妊娠を知った時、真っ先に思い浮かんだのは祝福よりも心配──不安だった。クローディアとロゼットは政略結婚ではあったが、ゆっくりと育まれた愛の中で幸せに暮らしていると知っていたし、子を宿した妻に無理をさせる男でも、自らを犠牲に働く女でもない。
ヴィオレットが不安になったのは、生まれて来る子に対してだった。
性別がどちらであるかを気にする者は多かろう。仮に女児を産んだからといって直接文句をいう阿呆はいないだろうが、陰で耳を塞ぎたくなる会話をするのは明らかだ。
男児を産んでも安心は出来ない。健康云々、五体満足かどうか。そして同時に、その目が美しい黄金かどうか。もしロゼット譲りの紫色であったら、未だ口も手も出して来るご老体達はこれでもかとロゼットを罵るだろう。親の遺伝子を継いだだけの赤子と、それを命懸けで生んだ母に対して、鬼畜の所業としか言いようのない言動を、さも正しいという顔で行うのだ。
たかが目の色、考えすぎだと、そう思う方が健全だ。しかしこの狭く古い世界では、その健全さは見通しの甘さでしかない。たかが目の色で捨てられた人間は存在する。
「ヴィオちゃん、今大丈夫?」
「えぇ。どうしたの?」
「王子誕生の祝い、幾つか候補を選んだんだけど見て欲しくって」
「勿論。任せっぱなしでごめんなさい」
「気にしないで、仕事柄慣れてるから」
優しく細まった目の色は、金。この国では何よりも価値のある色。この色であったから、見捨てられた人。
今国はロゼットの妊娠に沸きに沸いている。クローディアの傍で働く彼は、閉じ籠っているヴィオレットよりもその光景を近くで見て感じているはずだ。誰もが誕生を心待ちにし、毎日の様に祝福の手紙が届いて、民は皆口々に期待を口にする。そんな彼らへの対応は、ミラとユランを中心に行われる。
その全ては、ユランの目に、心に、どう映っているのか。
「ロゼット様の好き嫌いとかって分かるかなぁ? 妊娠中で味覚変わったりとかある?」
「どうかしら……甘い物が得意でない事は知っているけれど、妊娠中はどうかしら」
「そっかぁ……食べ物以外でも考えてみよう。消耗品なら何でもいいかなって思ってるし」
「消耗品は決定なのね」
「そっちの方が向こうも良いかなって。今ですら贈り物が多過ぎて大変だからねぇ」
何でもない事の様に手帳に視線を落としているユランの横顔は、いつもと何も変わらない。眠る前の夫婦の雑談、その話題の一つとして話しているだけで、そこに何の感情も浮かんではいなくて。興味がない、が一番適切。
「お披露目の日はヴィオちゃんも来る? その日だったら皆赤ん坊に夢中で自由に過ごせると思うし」
「そうね……」
「ヴィオちゃんなら王太子妃様も直接会いたがるんじゃないかな」
楽しみだねぇなんて、笑っている。その気持ちはどこにあるんだろう。きっとその体のどこにも、赤子への感想はない。好きも嫌いも、妬みとか恨みとかも。ユランにとって、血縁の上では甥か姪になる相手であろうと。正も負も抱かない事が本当に健全なのか。そしてそれを問うても良いのか。
何も分からないのは、何もせずに運ばれてくる幸せをただ、受け入れていただけだから。




