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第三話 喝采を

 例えば伸びた髪だとか身長だとか、体型や顔立ちに現れる者もいる。どれだけ軽微だろうと日々は変化があり、同じ毎日はない。それは成長であり、老化であり、劣化であるかもしれない。どれであろうと示す結末は同じだ。

 変わらない小さな世界を一歩出れば、三年という月日は人の形をしてその長さを語る。


「ヴィオレット様、お手紙です」

「ありがとう」


 部屋で読書をしていたヴィオレットの元に、美しいすみれ色の便せんを携えたマリンが顔を出した。両手に持ったその色だけで、ヴィオレットにはその差出人が手に取る様に分かる。


「ロゼット様からですか?」

「えぇ、そろそろ予定日だから、暫く返信できないって。落ち着いたら手紙をくれるそうよ」

「もうそんな時期なのですね」

「ユランから話は聞いていたけれど、あっという間だったわ」


 金属のペーパーナイフで切り開いた手紙は、いつもより短い文章で近況を伝えていた。手紙のやり取りを始めて早数か月、最後に会ったのは更に前。その時はまだ本人も知らなかった程だから当然ヴィオレットも知らなかった。


「お祝いはどうしようかしら」

「ユラン様が自分で用意すると」

「家ではなく私個人としてロゼットに送りたいの。王子誕生の祝いは沢山貰うでしょうけれど」

「そうですね……外商をお呼び致しますか?」

「少し考えるわ、ありがとう」


 部屋を出るマリンを見送った後、一人になったヴィオレットはデスクの引き出しを開けた。同じ色の便せんが幾重に重なり、同じだけ減ったレターセットは新しい物を開けたばかりだ。

 机の上には、紫色に光る万年筆が転がっている。学生時代に約束した、ロゼットと揃えた美しい宝石のペン。手紙のやり取りは必ずこれでと、互いに近況を綴って来た。間隔を決めた事はないが、半月に一度届いていた頼りがこの一年は月に一度、二月に一度とバラバラで。理由は簡単、ロゼットが妊娠したからだった。


「第一子……」


 ロゼットが王太子妃となって三年目の事だ、彼女の懐妊が国中に知らされた。無責任に急かすだけの老人達の声を右から左へ流しながら夫婦で公務に勤しみ、ロゼットがこの国の生活と仕事に慣れてきた頃、手紙で知らされた内容は、喜ばしいが現実味が無かった。

 周囲に妊婦も赤子もいなかったというのはあるが、更にそれが同じ年齢の友人となると、上手く想像出来ない。その姿を見ていないから余計にそう思うのだろうか。ロゼット本人から報告されてからは、たまに姿を見るというユランに近況を聞いたり、時には贈り物を届けてもらったりと対面以外の交流はしていたけれど。過保護過干渉が横行する王宮では庭を散歩するのも一苦労だとあったのはいつの手紙だったか。


(クグルスの名前ではユランが用意してくれるけど、私個人では……)


 王太子妃ではなく友人として贈るとして、一体何が喜ばれるだろう。花や宝石という候補はあれど、そもそもロゼットがそういった物に興味がない。

 デスクチェアに腰を下ろし、沈んだ重力のままキィと回る。背もたれに体を預け足を組むと、まるでどこかの組織の女頭の様だ。少し佇まいを砕いた所で損なわれる事のない迫力は、年月を経て増す事はあっても減る事は無い。


「……もう一年経つのか」


 正確に十ヶ月、いや更に短いのか。赤子が成長し生誕するだけの月日は経った。

 喝采に沸いた国を遠くから眺めていた日すらもう淡い。もうすぐ更なる祝福で国中が、隣国すら巻き込んで祝杯を挙げる。自分はそれすら遠目で眺めるのだろうかと、ヴィオレットはどうにも夢を見ている気持ちだった。

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