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199.『一年』


 忙しなく動く人に酔って、誰もいない場所へ逃げたのはいつもの場所。

 校庭の端っこに隠された一角を一人で訪れると、ロゼットと出会った日を思い出す。あの日ここに来なければ、きっと話す事なく卒業していただろう。そう思うと、人生とはどう転がるか分からないものである。

 あの時の自分が今の自分を見たらどう思うのだろう。どうして今の私はこうなのかと憤るか、どうせ嘘だと疑ってかかるか。少なくともユランの未来に自分がいるなんて信じない。

 

 一年前の自分が、今日の自分を知ったら、一体どこに絶望するのか。


 クローディアに選ばれなかった事か、どれだけ願っても家族に愛されない事か。ユランを、自分の人生に巻き込んでしまった事か。


「全部ありそう」


 想像したらどれも簡単に思い浮かんで、自分の事なのに笑ってしまった。目を剥いて髪を振り乱す、怪物になった姿。実際にそうやって殺意に身を任せた訳だから、想像というよリ現実というべきだろう。

 そんな事もあった、なんて、懐かしく感じてしまうのは。全部全部、捨てる事が出来たから。


「はぁー……」


 これからの事を考えると、きっと苦労の方が多いだろう。一番の問題は終わらせたけれど、それ以外にもしなければならない事は山ほどある。一番近い試練はユランの両親への挨拶だが、既に顔も名前も知っている相手だ。話した事だってあるし、緊張はするけれど実家の時と比べたら胃への負担は皆無である。

 両家の顔合わせだけは、心配性のユランに絶対に行かせないと言われてしまったので、ヴィオレットにとってはここが一番の踏ん張りどころといえる。


 ついつい、場所も考えずに伸びをした。ぐっと両手を組んで空に向ければ、筋が伸びて気持ちがいい。そんなタイミングで、柔らかな花の香りが風に乗り漂ってきた。よく知った、清く優しい香料。


「やっぱりここに居らっしゃいましたね」


「あら、見つかってしまったわ」


 いつもと同じ笑顔で現れたロゼットの顔は、いつもより少し華やかさが増していた。王子様の婚約者として色々と大変そうだ。正式なお披露目は卒業式の後になるが、ロゼットがその婚約者である事は、学園中が知っている。


「はー……疲れました」

 

「お疲れ様。何か飲み物でも持ってこれば良かったわね」


「いえ、それほど長くはいられませんから。皆さま挨拶がしたいと訪ねて来られるので」


 溜息をついた唇は淡いピンク色、臥せた瞼は細かいラメが輝く。普段は化粧っ気のないロゼットだが、今は『王子様の婚約者』という立場で色んな相手と対面せねばならない。清楚で清潔なだけでなく、素材を存分に生かした華やかさも必要なのだろう。

 似合っているし、可愛いと思うけれど、深々と吐かれた溜息がその疲労を物語っていて手放しに称賛出来なかった。


「本当に大変ね。本番までずっとなの?」


「クローディア様の方も自由になればもう少し落ち着きますわ。今は生徒会で最後のお仕事がありますので」


「引継ぎ用の資料作りでしたっけ」


「えぇ。選挙は先ですけれど、もう後継は決まっているらしくて」


 クローディアの二期先はユランであるから、今引継ぎを行っているのは来期の会長なのだろうけれど。その補佐をするユランも、ミラニアに引継ぎをされている所だろう。他のメンバーについて聞いた事はないが、あの三人が集まって大丈夫なのかは心配な所だ。クローディアとユランは言うまでもなく、ユランとミラニアも相性が良いとは言い難い。


「生徒会って、他にも人が入るのかしら……」


「みたいですよ。今年一年は何とか短期の手伝いで間に合わせましたけれど、相当大変だったそうなので」


「そう、なの……」


 人が減ってしまった要因は、かつてのヴィオレットが行ったアピールと言う名の妨害行為なので、今更ながら申し訳ない気持ちになる。巻き戻って生徒会室に寄り憑かなくなってからも人材補給をしなかったのはあちらの問題なので、全部が全部自分が悪いとは思わないが。


「時間が取れる様になったら、またお茶をしましょう。授業が減ったら出掛けるのも良いわね」


「勿論です! その約束を励みに頑張りますわ」


「程々にね」


 手を振り来た道を戻るロゼットを見送って、これからの事を考える。ロゼットのお役目が終わるまでに、どこか良いお出掛け先を探そう。疲れが取れてリラックス出来るものがいい。


 卒業式、二度目の一年が終わるまで、後──。

 

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