196.頂点捕食者
バレていた──なんて、気が付いていたけれど。
「人聞きが悪いな」
「あぁ、使ったって言い方が気に喰わんか?」
「俺は別に嘘を言った訳ではないからな」
「それもそうか」
肉食獣の様な笑みがスッと消えて、いつもの軽薄そうな雰囲気が戻ってくる。くるくると見せる表情の変わる男だが、そのどれもが本当の姿なのだろう。ユランの様に仮面を被る男ではない。
「あ、別に怒ってる訳じゃねぇよ」
「俺がそれを気にすると思うのか?」
「思わんなぁ」
窓枠に腰を掛け、近くにあった机に土足を乗せる。大きく開かれた足も、膝の上でプラプラ揺れる腕も、背景にそぐわない柄の悪さだ。
「お前はただ、シーナの王子と友人だって言っただけだもんな」
正確には、ギア王子の友人と言われていると告げただけだ。
ヴァーハン家元当主に──ヴィオレットの祖父に。
「想像以上の効力だったよ。そこだけは感謝してやる」
「感謝してるやつの態度じゃねぇけどな」
シーナという国の重要性は、きっとギアよりもユランの方がずっと理解している。海に囲まれた島国、他国からの干渉を受け付けず、独自の文化と環境を育み続けて幾年月。各国が様々な方法で手を伸ばし、その度に掴めずにいた。
その王族、それもシーナを体現しているとさえ言われた男と、友人である。その言葉は、どんな手土産よりも彼の男にとって魅力的だったらしい。
友人と言うだけで、他の何かがあるわけではないのに。ジュラリアに益を齎せると決まった訳ではないのに。そもそもギアが友人だからと口添えするはずないと思っていた、今の今まで。
――そんな不確定に縋りたくなるほど、シーナという国は重要であるらしい。
「それで? どういう風の吹き回しだ。俺が本気でシーナとの架け橋になるつもりがあるとでも?」
「ハハッ、ありえねぇだろ。お前が自らこの国の利益になろうなんて」
「それはお前も同じだろう。俺とシーナ国王を繋げるなんて、面倒なだけで面白くもなんともない」
「まぁ、面倒ではあるけど……面白いとは思ってんぜ?」
にやりと笑う、子供が悪戯を仕掛けた時の無邪気さで。人生の全て、命の全てを『楽しさ』で測る者の笑みだ。それは自分だけでなく、他人の人生に対しても。
「お前がうちの国に興味がない事は知ってる。目的の為に名前を使っただけで、実際に行動する気はねぇんだろ。それこそ、この国の上が期待してる働きなんて欠片もする気がない。うちとの繋がりは国にとって強力な切り札になるだろうに」
すらすらと語る声も表情も、いつもと同じギアのもの。それなのに、今目の前で踏ん反り返る男は、まるで次元の違う存在に見えた。
「でも、それは、俺には関係ない」
気崩された制服、シーナ伝統のアクセサリー、肌、髪の色。どれをとってもこの国では異質で、だからこそ目を惹かれる。誰にも従わず、誰もを見下すよう刻まれた遺伝子。
傲岸不遜、唯我独尊、傍若無人。誰も省みない、誰にも縛られないのに、誰もがその存在に縛られる。
甘く愛らしい顔に浮かぶ、優しさも柔らかさもない嘲笑は、この国とは対極の、それでも確かに、王子としての顔だった。




