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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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番外編3.そのままの自分を

糖度の目安は☆二つ半!?

視点変更あります ユリウス⇒フィリップ


 





 その日はとても暖かかった。

 季節外れの高い気温に心地の良い風。

 それは草花が春だと間違えてしまいそうな陽気だった。



「ユウリィ、少し馬にでも乗るか?」



 そう声をかけてくれたフィリップと一緒に馬を走らせる。

 当然変装していて、護衛騎士も()いて。


 二人きりで外へ出かける時はいつもこんな感じ。



「またミラーに怒られちゃうね」

「そうだな」



 二人で顔を見合わせ、くすくす笑う。

 

 ――――こっそり城を抜け出して散歩に出かける。

 たったこれだけなのに、楽しくて。それはまるで子供のころに戻ったような気分だった。

 


「ねえ、今度はミラーも誘おうか?」



 叱る側も味方につけてしまおうと提案してみる。

 するとフィリップは一瞬首をかしげたが、すぐにニヤリと笑った。



「お前は俺といちゃいちゃしているところを、あいつに見せつける気か?」

「な!!」



 い、いちゃいちゃって!

 そのセリフで懐かしい気持ちは一気に吹っ飛び、自分たちの関係を思い出して赤面する。

 それにいちゃいちゃだなんて、なんだか響きがイヤラシク聞こえるが、人に見られて恥ずかしい事は……


(……してる。かも)


 抱き締められたり、キスをしたり。

 そんなところを同僚に見られるって、ありえない。



「じゃあ、そういう事がない時に……」

「ない時は、無い」



 きっぱり言い切るフィリップをつい不服顔で見返す。すると、「なんでそんな顔をするんだよ」と、抱きしめようとしてきたのでそれをかわした。

 

 今度はフィリップが不服顔をする。そしてまた抱きしめようとしてくるので、軽くステップを踏みながらその抱擁(ほうよう)をさけた。



「ユウリィ! もう少し、大人しく!」

「い・や・よ!」



 そんな会話をしながらも、ユリウスはフィリップをかわし続ける。

 その脳裏には彼を心配するミラーの顔。

 もし自分がミラーと同じで、残される側なら。



「ねえ、フィー? やっぱり今度はミラーにも来てもらおう?」

「どうして?」

「だって……ミラーはフィーの騎士だよ? なのに、いつも内緒にしてたら……」 



 『寂しい』と思う。

 もし自分がミラーなら、たとえお忍びだとしても、やっぱり自分にだけはと……思ってしまう。

 そう思えばフィリップの側近である彼に、そんな思いをしてほしくはなかった。



「……お前は、俺より、ミラーを気遣うんだな」

「何それ。そういうんじゃないでしょ?」



 分かってるくせに。

 そう思って言い返したが、フィリップは返事をしてこず、足を止めた。



「フィー……?」



 いつもと違う反応に少し戸惑いを覚える。

 フィリップはそのまま立ち止まり、横を向いた。その表情が少し気落ちしているように見えて、心配になる。



「俺は…………臆病だからな」



 今の俺達はまだずっと一緒にはいられない。

 だから、一緒にいられる時はユウリィを傍で感じたい。

 抱きしめたいし、キスもしたい。

 それは望んではいけない事なのか?


 表情に元気がないまま、フィリップはそう続けた。



「……私はいなくなったりしないよ?」

「ああ……それでも、俺は――――……」



 いつでも抱きしめたいよ。

 そう続いた言葉に顔が熱くなるのが分かる。

 そこまで望まれているのが嬉しくて、恥ずかしくて。だから逃げる足を止めると、フィリップが傍へとやって来る。そして「……ユウリィは俺に甘いよな」と、優しく笑った。

 

 なんだか、嬉しかった。

 いつも頼りになる彼が、自分に甘えてくれているような気がして。

 


「……ても、いいよ?」

「?」

「甘えても、いいよ」


 

 嬉しくて、ついそう口にしたら、フィリップがコテンと胸元に倒れ込んできた。



「フ、フィー?」

「……甘えて、いいんだろ?」



 フィリップは顔を隠したまま自分を抱きかかえ腰を降ろす。

 そして顔を上げる事なく、そのままもたれかかってきた。


 心臓がドキドキする。

 こんなに傍にいたら聞こえてしまうだろうか。

 意識すると余計に音が大きくなりそうだったので、ユリウスは遠くの空を見て自分の心を誤魔化した。



                  *  *  *



 格好の良い所だけ見てて欲しい。

 でも、夏ごろに味わった甘さが忘れられなくて、少しだけ、甘えたくなって。


 自分の胸の内を軽く言ったら、やっぱりユリウスは優しい。

 ホントに俺に甘いよなって思う。

 しかも、調子に乗ってこんな事してるのに、それでも嫌がらない事が本当に嬉しい。


 トクン……トクンと、ユリウスの鼓動がすぐ傍で聞こえる。

 それはすごく心地のよい音で。

 離したくない、独り占めしたい。そう思ってつい腕に力を込めると、「トクンッ!」と彼女の心臓が跳ねた。


 思わず笑みが零れる。

 ユリウスの気持ちが(じか)に分かる様な気がして、もっといろいろ試したくなった。


 俺は少しだけ頬をすりよせてみる。まるで子犬が甘えるように、すりすりと。

 その途端、彼女の鼓動(こどう)がもっと早くなる。



(可愛いな、ユウリィ)



 早くなる鼓動を聞いてもっと、もっとドキドキさせたくて。

 ギュっと抱きしめる腕に力を込めて自分の顔を押しつける。すると柔らかな感触がはっきりとわかった。

 自分の唇に布ではなくて。そう、これは……



「!! ご、ごめん!!」

「う、うん! 平気!」



 体裁を整える暇もなく、顔をそむける。

 恰好が悪すぎる反応に自分が情けなくて、まともにユリウスの顔を見る事ができない。

 そんな青臭い雰囲気は、くすぐったさと照れ臭さを(あお)った。



 しばらくそんな風に顔をそむけていた後。

 彼女は今、どんな表情をしているのだろう? そう思って、その姿を盗み見ようとしたら、同じ事を考えていたようで目が合った。



「……なんか、こういうの照れ臭いな」

「そ、そうだね……」



 そんな事を言い、また顔をそむけた。

 本当ならもっと余裕のあるところを見せたいが、うまく感情がコントロールできない。

 それは初心な彼女の心がうつってしまったようにも思えて、どうしたらよいのか困ってしまう。

 

 ……と、そんな事を考えていたら、くすくすと笑い声が聞こえた。



「……ユウリィ?」

「ごめんごめん。なんだか、おかしくて」

「……俺、ヘンか?」

「んーん。なんか、フィーっぽくないなって」

「……幻滅したか? こんな風だなんて」



 ユリウスは「そんな事ない」と、言った。



「だって、フィーは何でも出来て。私が困っている時はいつも助けてくれる童話の王子様みたいで。強くて、優しくて、温かくて……いつも迷惑かけて悪いなって思ってた」


「迷惑だなんて思ってない」


「うん。その上そうやって、フォローまでしてくれる。だから私、全然対等じゃなくて。唯一役に立てるのは、護衛ぐらい」


「十分じゃないか」


「だから、こうやって余裕のないとこ見られるの嬉しい。頼ってくれるのも嬉しい」



 そして、甘えてくれるのも嬉しいよ。と、ユリウスは小さな声で続けた。


 俺はギュっとユリウスを抱きしめた。

 胸元に顔を埋めそっと頬擦りする。

 また彼女の鼓動がトクンっと跳ねて、愛しさが込み上げる。



「ユウリィにはカッコ良いところだけ、見てほしいけどな」

「そんなのダメだよ」

「どうして」

「だって、私のカッコ悪い所みてるじゃない」

「それはいいんだ」

「よくない」



 どうして男心が分からないかな。

 そう思って顔を上げようとしたら、ユリウスが両腕で頭と肩を抱きしめてきた。



「……私だけはフィーのカッコ悪い所見ても良いの」

「…………」

「絶対守るから」

「……それ、俺のセリフじゃないか?」

「え? でも、剣術は私の方が強い………」


 俺はユリウスの拘束を振り払って両手を掴む。そして、そのまま後ろの木に抑え込むように力を入れ、彼女を見下ろす。



「……力は、俺の方が強い」

「……技術は私の方が上」

「……策を練るのは俺の方が詳しい」

「…………」

「な? ユウリィ? 俺の方が頼りになるだろ?」



 ニヤリと笑ってユリウスを見つめる。


 すごく不満そうな顔をしてる。なんでそんな顔するんだよ。

 いいじゃないか、俺の方がお前を守るって事で。


 俺がそう考えている事などまるで気付く様子も無く、ユリウスは鍔迫(つばぜ)り合いのように腕を押し返そうとしてくる。

 その力はただの令嬢から比べれば強い力だが、俺を押し返すほどではない。

 もちろんそんな事実が分からない彼女ではないのに、それでも必死になって押し返そうとするから腕を残して身体だけが前へと出てくる。



 おいおい……そこまで対抗しているのか??

 


 そうは思うものの、こんな風にしてでも自分と対等であろうとするその姿は愛しい。


 でもまあ。しっかり押さえこんでいるので、動くのは腕ではなく身体だけで。

 いくら彼女が頑張っても、力では絶対負けない。



 ユリウスがニッと笑った。

 次の瞬間、顔を突き出してきて、そして――――……



「!!!!」



 不意に訪れた唇の感触に力が抜けた。

 そこを突いてユリウスが腕を押し返してくる。

 勢いのついた力に抵抗できず俺は後ろへとひっくり返り、ユリウスもそのまま倒れ込んでくる。



「不意を突くのは私の方が上手かもね」



 そう言って彼女はニコッと笑った。




 ――――敵わない。


 俺を下敷きにして微笑むユリウスはホントに…………。



 お転婆だけど、可愛くて、愛しくて、最高で。



 俺の。俺だけのユウリィ。



 俺は体勢を起こしていたユリウスの腕を引っ張った。

 すると気の緩んでいた彼女は呆気なく俺の胸に飛び込んでくる。



「男を組み敷くなんていい度胸だユウリィ。覚悟はいいな?」



 「え? 覚悟ってなんの?」と間抜けた声を上げるユリウスの唇を塞ぐ。

 彼女が「んーんー!」と声を上げるが、当然離してやる気などなく。角度を変えてゆっくりとキスを堪能(たんのう)する。



「ずるいよ、こんなの」

「ずるくなんてないさ」



 いじけて離れようとするユリウスを抱きしめる。



「なんなら、もっとするか?」



 そう声をかけたら耳まで真っ赤にして「き、今日の分はもうおしまい……」と、言ってきた。


 「じゃあ、さっきのは五年前の分だ。今からのは、四年前と十一カ月前の分」そう言ってまたキスをする。


 愛しいユリウスとのキスはいつも甘くて、もっとしたくなる。

 そう何度だって。



 そうやってしばらくキスを続けていたらユリウスに「キス魔」と言われた。

 しかし、そんな事をいう唇をまた塞いだ俺自身も、「実はそうかも」と思っていたりする。






【番外編3.そのままの自分を おしまい】



いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)


12/25 追記

クリスマス小話を『恋人(未満)のクリスマス 《短編集》』に投稿しました!

時系列は本編開始前です。お暇がありましたらよろしくお願い致します(*^_^*)

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