16.求めるもの
今回はフィリップ視点です。
12/14活動報告に十五話の「見守る男」のその後を少し載せています。
お暇がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)
セシルが庭から姿を消した後。フィリップは一人立ち尽くしていた。
『……そんな顔するぐらい、求めてるくせに』
きっと欲にまみれた酷い顔をしていたのだろう。そんな顔を人に見られたのが恥ずかしくて、しばらく動けなかった。
時折吹く風で、自分の髪が揺れる。
そうしている間に、嫉妬と羞恥で火照っていた身体は冷めて行き、思わず腕を抱いた。
夜の風は冷たくて、身体の芯まで凍てついてしまうのではないかと考えていると、ふと、あの日吹いた強風でユリウスが同じようにしていた事を思い出す。
あの日、自分の腕の中にいた彼女はもういない。
ユリウスは今、何をしているのだろうか?
寒くて震えてはいないだろうか?
本当なら今すぐ会って抱きしめたい。
その温かさを自分の身体で確認したい。
逃げられないようにきつく抱きしめて、好きだと言いたい。
「何が『……じゃあ、そうしてください』だ」
それが出来たら、こんな想いはしていないのに。
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会場へと戻ると、一人の女性が近づいてきた。それはハインツ侯爵の令嬢で、踊るのを少し待ってもらっていたのだ。
ただそんな状況下でも、この女性と踊る気など到底起きず、丁寧に詫びを入れてダンスを断った。
令嬢は傷ついたと言わんばかりの表情を浮かべたが、「申し訳ない」とダメ押しすると、瞳に涙を浮かべて去っていく。
本来、こんな事してはいけないと分かっている。
しかし、今だけはもうユリウス以外とは踊りたくなかった。
フィリップは場内が曲に合わせて暗くなったところを見計らい、会場を出た。
なるべく人に会いたくなくて、人通りの少ない通路を歩く。
途中、護衛がついてきている事に気がついたので、王族のみが知る隠し通路を使って、護衛を撒いた。
しばらく歩いていると、一回目の夜会の時に使っていたソファーの前に辿りつく。
そして、あの日もこんな風に逃げ出していた事を思い出し、苦笑した。
(何にも……変わってない、な)
時間だけがただ過ぎて、結局何も変わらない。
……いや、変わらないどころか、事態は悪化している。
過ぎていく時間の分だけ、溝が深まってゆく気がして、ますます謝れなくなって。
ユリウスに手紙を書く事もせず、こじれた糸をほぐそうともしていない。
そのくせ、彼女をセシルに奪われるかもと思ったら独占欲丸出しの瞳で威嚇する。
(ほんと情けなくて、笑えてくる)
鍛練で彼女に勝つ事も出来なくなってきて、それでも自分は強いのだと力に訴え抱きしめる。
優しい顔をして、本当は全部自分の物だと所有の印をつける。
彼女に触れたかったからとか、心が欲しかったからとか。
どんなに言い訳しても、自分がユリウスにした事はそういう事だ。
どれだけ自分が想っていても、相手が受け入れてくれなければ乱暴を働いたのと同じ。それは当然の事だった。
(何が、彼女が好きな強くて優しい王子様だ)
一体いつ、誰がそんな存在になったのだろう。
「お飲み物はいかがですか」
突然、聞こえた声に振り返ると、相手も驚いたのか顔をそむけた。
白と黒の制服と茶器の乗ったカート。
それだけを見れば城内の給仕だと分かり、「ああ、頼む」と、言葉を返しつつ視線を外した。
給仕が希望を尋ねてくる。
それに対して、つい「少し甘い香りのする紅茶を」と、口にした自分を秘かに笑う。
給仕はその理由を詮索する事なく「かしこまりました」と、準備に取り掛かった。
静かな廊下に茶を用意する音が響く。
カップをソーサーに置く音。
ポットから注がれる湯の音。
微かに聞こえる茶葉の揺れる音……
心を込めて用意をしてくれている。
そう感じる音は、とても心地が良かった。
こんなにも心地の良い空間を作り出せる給仕がいるなんて、本当にありがたいことである。
「……名は、なんと言うんだ?」
今度給仕長に会ったら、名を伝えて褒めておこうと確認してみる。
給仕は問われた事が分からなかったのか、一瞬の間があり「……ユ、ユリスと申します」と言った。
ユリス。
以前、妖精のクーウェルがそう彼女を呼んでいた事を思い出し苦笑した。
その呼び名も彼だけの呼び方だったので密かに嫉妬したのを覚えている。
ふと視線を少しだけユリスに向けると、慣れた手つきで茶を用意する手元が見え、こなれているなと思った。
まあ、給仕だから当然なのだけど。
……と、そこで先日の給仕の事を思い出した。
あの日、休憩用の部屋を教えてくれて、そして、紅茶を淹れてくれた給仕。
唯一心情を理解してもらえたと感じたあの給仕を、俺はその姿を見る事さえしなかった。
(最悪だな……)
自分の事しか考えておらず、相手の気持ちを確認しない。
あの日の給仕は何を思って、部屋を勧め、紅茶を用意してくれたのか。
自分を気遣っての事だとは分かる。
ならば、その気づかいを受け取った自分は、きちんと返さないといけないのに。
フィリップは外を眺めるのを止め振り返る。
あの日の給仕にできなかった事を、この給仕にはきちんと伝えなくては。そう思って、ユリスを見た。
勤勉そうな眼鏡に、黒に近い灰色の瞳。
暗めの茶色の髪は一つに束ねられており、前髪は後ろへと流れている。
全体的に細身で、年も若い。そして……?
ふと、顔を上げたユリスと目があった。
「――――…………」
俺は、知っていた。
この瞳は犬を見る時に蕩けてしまい、その唇は本当に甘い、その事を。
「ユ……」
「殿下! こんなところにいらっしゃったのですか!!」
急に声をかけられ、そちらを睨む。しかし、その一瞬で彼女は手早くカップを置いた。
「失礼します」
「ま、待ってくれ!!」
焦って呼びとめる自分にユリウスは振り返った。しかし、視線は自分を通り超えて、その後ろに居る護衛騎士へと向けられている。
公では話す事ができない。
なんて最悪な取り決めだ。
せっかく会えたのに、話もできないなんて。
「こ、この間は……すまなかった」
どうしてもそれだけは伝えたくて、でも、万一聞かれても大丈夫なように、言葉を選んだ。すると、ユリウスは声を出さずに、唇だけを動かして言葉を発する。
見惚れた。
完全な男装なのに、それでも愛しくて見惚れた。
ユリウスはニコッと笑ってそのままカートを押し、離れていく。
「殿下! 会場を空け過ぎだと、陛下からの伝言です!!」
「……ああ。すまない……な」
離れてゆくユリウスの背中を眺めながら、おざなりな返事をする。
しかし。
「何笑ってるんですか殿下! 陛下はご立腹ですよ!」
そう言って自分を咎めるミラーには悪いが、頬が緩まずにはいられなかった。
『いいよ』
ユリウスはそう言って笑った。
だから、俺にもまだ彼女を抱きしめるチャンスはあるのだと嬉しくなって、口元を押さえて笑った。
いつもありがとうございます!(*^_^*)




