14.居場所
今回は少し短めです。
ユリウス視点です。
早足で坂道を歩き、階段を一段飛ばしで駆け登る。
辺りはもう暗くなっており、その為気温も大分低くなってきている。
吐く息が白くなるのも時間の問題だと思うと、それだけでブルリと震えてしまう。
ユリウスは急いで城へと向かっていた。
もちろんそれはフィリップを守りに行く為で、やっている事は解任される前と変わらない。
エリザと勝負もしていないのに、ずるい自分。
でも、あんな顔してたフィリップが心配で、どうしても、足が城へと向いてしまう。
(私は仮面騎士。密かにフィリップを守る事が私の役目)
そう免罪符をかかげ、自分を正当化する。
現在は非公認の騎士……ではあるが、普段よりも外部の人間と接する機会が多い夜会では、護衛が多いに越した事はない。
こういった催し物がある時は警備に偏りが出る。そうなるとやはり、そこをついて不審者が侵入してくる可能性もあるのだから。
ユリウスは自身が見つけた偏りから入城し、素早く目的の部屋へと忍び込む。
そして、数多くの服が置かれているのを横目に、一枚の服を手に取った。
配色は白と黒で、キッチリとした雰囲気のある制服。
アスタシア城で給仕が着ている制服だ。
ユリウスは手早く身支度を済ませ、壁際にある木箱を開ける。
壁と床を鏡で移したかのような色を塗られた木箱は、丁度洋服が一着入る程の大きさで、それ以外にかさばるものは入りそうにない。
ただそれも当たり前の事なので気に留める事も無く、予め中に入っていた物と自身の着ていた服を交換して、フタを閉めた。
この部屋には洗濯済みの制服しか置かない為、一度袖を通した服などを入れる箱は存在しない。
しかしそれは、堂々と部屋の一角に存在していた。
(さてと、今日もやりますか)
顔の印象をぼやかす為に眼鏡をかけ、整髪料で前髪を後ろへと流す。
夜陰に紛れるようにする為、髪は普段より暗めに変えており、瞳の色は翡翠ではなく黒に近い灰色。
扉を開けたユリウスの顔は、もう男性給仕の表情だった。
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ユリウスはカートを手に取り、お茶を勧めるフリをして会場を歩きまわる。
時折、本当に呼びとめられるが、それだって問題はない。
慣れた手付きでお茶を淹れ、来場客に振る舞う。その動きはもう、給仕そのもの。
――公では話す事ができない。
仮面騎士の立場上、変装していないフィリップとは会話する事が出来ない。
その為、夜会などでは変装は必須であり、こういった給仕の仕事には慣れていたからだ。
一通り場内を見回り、不審人物がいない事を確認したユリウスは会場を出ようとした。
すると演奏が始まり、会場の真ん中を中心に人の輪ができる。
静かに、そして流れるように始まったその曲は、以前フィリップと踊った事のある曲だった。
ユリウスはカートを進める。
ダンスを踊らない人達を上手に避けつつ、少し俯き加減で。
ただそれでも耳を掠める言葉に顔を上げると、場内の真ん中に銀色の髪が見えた。
フィリップは見知らぬ令嬢と踊っていた。
相手の令嬢は蕩けるような笑みでフィリップを見つめていて、やっぱりそうだよなーと思ってしまう。
今まで自分は正式な舞踏会に顔を出す事はほぼ無かったが、こういう状況になる事は予想がついていた。
いくらフィリップが初心だと言っても、舞踏会となればダンスは踊るだろうし、情報収集の為とはいえ、積極的に仮面舞踏会へ参加するぐらいなので、基本夜会は好きなのだろう。
アスタシア城での舞踏会に限ってはフィリップの為に開かれている為、必然的に踊る機会は増える。
となれば、だんだん女性に慣れてくるのも当たり前だった。
(もう、私はいらないよね)
当然の事……なのだが、寂しいのは事実。
自分の居た場所を失うというのはこういう気持ちになるのだと、今更ながらに実感した。
「…………ユリー?」
突然、聞こえた声にドキッとした。
しかし、そんな事で平静を保てなくては仕事にならない為、ゆっくりカートを押しながら声の聞こえた方へと意識を向ける。
不自然にならない様細心の注意を払い、まるでお茶を必要としている人を探すような視線の中で声の主を探した。
すると、その声の主は不機嫌な表情でこちらへと近づいてくる。
「……飲み物、頼める?」
そう話しかけてきた彼に「かしこまりました」と返し、希望を確認した。すると、すぐに返事があったので、茶器の用意を始める。
それは、一番時間のかかる飲み物だった。
「……なにやってるの? そんな格好で」
飲み物を待つフリをしながら、彼は小声で話しかけてくる。
もちろん、シラを切り通せるならとぼけるところなのだが、それが通用しない事はもう分かっている。
「……仕事だよ」
そう答えたユリウスに、彼――もとい、ルークは「なんで」と言ってきた。
正直返答に困る質問だった。
仕事は仕事でも、今は自主的にしている仕事である為、なんとも説明しづらい。
それに、見知ったルークに意味のないウソを言うのは憚られる。
「……仕事、だから」
結局、それしか言えなかった。
ただその回答では納得しなかったようで「だって、今日は……」と言いかけたところに、「用意が出来ました」と、言葉を重ねる。
ルークが熱い飲み物を受け取りながら不審顔をしたが、ユリウスはそのままカートを押し始める。すると、すれ違いざまに「あんなに大事そうに、ユリーを守っていたのに」と言った。
ユリウスは振り返る事なくその場を離れる。
しばらくの間ルークの視線を感じていたが、やがてそれは大勢の来場客に紛れてしまう。
そのまま廊下まで出てゆき、辺りに人が居ないところまで来た後、長く息をついた。
『あんなに大事そうに、ユリーを守っていたのに』
誰が? とは聞けなかった。
頭の中では一人の人物を思い起こす事が出来たが、これを確定させる訳にはいかない。
だってそれ聞いてしまったら、今よりもっとあの場所が恋しくなってしまうから。
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