11.収穫祭(後)
ユリウスは今日も可愛かった。
恋人設定にしようと言えば、「初心なフィーの為に」なんて言うくせに、手に口づけを落としただけで真っ赤になって。ほんとに、どっちが初心なんだと思う。
ユリウスは食べたい物をどんどん買ってきて、そして半分渡してくれる。
基本、好き嫌いはないのでどんな物でもよかったが、さりげなく彼女は俺の好きなものを買ってくれていた。
だからこそ、甘いものは少ししか買わず、自分が食べられる分だけにしていた。
ユリウスは気付いていない。
どうして俺がソフトクリームを食べたいと言ったかなんて。
ある意味、予想通りの展開に少し落胆し、それも彼女らしいと思えばこのやり取りも楽しかった。
ふとユリウスを見ていたら口元にクリームがついていて。
キスをして拭ってやろうかと考えたけど、さすがに恋人設定でもやり過ぎかと思い、行動には移せなかった。
でも、拭った親指を彼女が見ていない時にそっと唇にあて、果たせなかった間接キスをする。
思えば今までのキスは全部言い訳付きだった。
一度目の解術と三度目の解毒はそのままの理由で二度目の不意打ちだってそう。
あの日ユリウスがヘンな緊張をしているのはすぐにわかって。その理由が『感触の上書き』という名の、キスの約束を気にしているのだと気がついた。
本当は冗談だと言えればよかったのだが、本音を考えたらそれも言いだせずに。
そうしたらユリウスがすごく可愛い事を言ってくれて。
今なら許されるんじゃないかと思って、我慢できずに抱き寄せキスをした。
でも、勢いでそうしてしまった後。理由も言わなければと思い「いろいろ気にしていたら楽しめないだろ」と口にした。
自分がしたかったからしたキスを、まるでユリウスの気がかりを取る為にしたように理由づけして。
俺は卑怯だ。
自分が傷つかない様に、今の関係を壊さない様に。そんな事ばかり考えて。
本当はきちんと言わねばならない言葉を呑みこんでいる。
それなのに。
「フィー! あっちにトウモロコシのお店があるみたい!」
ユリウスが手を引っ張り、指差した方向へと連れて行こうとする。
だけどワザと動かなかった。すると「どうしたの? もう疲れちゃった?」と、ユリウスがこちらを気遣い、顔を見上げてくる。
(……こうすればお前が近づいてくるのが分かっているから、そうしたんだ)
だけどユリウスはそんな下心に気付かない。
「……ユウリィ、花火が上がるぞ」
「えっ? どこ…………っ」
フィリップは空に気を取られたユリウスを抱き寄せる。そして、頬にキスをした。
同時にヒュゥゥゥゥ………と、花火が上昇する音が聞こえ、空高く弾ける。
空に咲く大輪は見る者すべての心を一瞬で奪う。
しかし、フィリップは空を見上げる事なくユリウスを見つめる。
一瞬花火に心を奪われていたユリウスがハッと我に返り、物言いたげにこちらを見た。
「……今日は恋人設定、だろ」
「そ、そうだけど……」
「そんな顔するな、みんな花火に夢中でこっちを見てないさ」
そう言い切ってすぐに空を見上げる。
ユリウスが「え、じゃあ演技の必要ないんじゃ」と、言ったが、あえて聞こえないフリをした。
しばらくユリウスはこちらを見ていたようだが、俺が花火をずっと見上げていると、同じように空を見上げる。
逆に俺はその様子を気配で確認した後、今度は耳にキスをした。
するとユリウスは驚いてこちらを見るが、俺はまた花火に集中する。
こんなイタズラを何度か繰り返し、俺は自分の欲望を満たしてゆく。
本当にずるくて、臆病な俺。
ユリウスはこんな俺を責める事なく、欲に塗れた腕に抱きしめられたまま。
そんなユリウスに付け込んで、俺は暫くの間彼女の全てを独り占めにした。
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花火が全て終わると、名残惜しい気持ちを隠してそっとユリウスから手を離した。
ただ、もう少し一緒に居たくて。
「折角だから、もう少し話でもしよう」
そう誘ったらユリウスはニコッと笑って「いいよ」と言ってくれた。
嬉しくて顔が緩みそうになる。でも、平静を装いユリウスと歩く。
今日の祭りは花火を以て終了だ。
このまま外にいても露店は店じまいだし、人は減る一方。それに時間が遅くなれば寒くなる。
寒がりなユリウスを思えば、これ以上外にいるわけにはいかないので、「……久しぶりに、俺の部屋にでも来るか?」と、言えば、「うん、いいね!」と返ってきて。また、頬が緩みそうになるのを堪えた。
隠し通路を通っている間は話ができないので、いろんな事が頭に浮かぶ。
屋台を見つけてはしゃぐ彼女は可愛かった。
彼女の口元についたクリームは思ってたよりずっと甘かった。
不意をついて頬にキスした時の少し照れた表情は――……誰にも見せたくない。
ユリウスは抱きしめてもキスしても嫌がらない。こんな祭りの後で時間も遅いのに、話をしようと誘えば笑って自分について来てくれる。
そんな彼女から導き出される答えは。
(ユウリィも俺の事……)
俺達はずっと一緒に居て。だから言葉にしていなくても、もう同じ気持ちで。
だから今日、このまま。このまま、きちんと想いを伝えたら。
ユリウスは笑って自分の申し出を受けてくれるのではないだろうか。
そして、そうなったら……。
そんな先を想像して顔が熱くなる。
今が夜でよかった。
こんな顔、ユリウスに見られたらカッコが悪い。
「……着いたぞ」
声だけは平静を装った。でも、顔は多分赤くなっていて。もし明るい所で見られたら「どうしたの?」って絶対聞かれてしまう。
正直に想像していた事を話したら、同じようにさせてくれるだろうか。
恥ずかしそうに顔を赤らめて、「バカ」って言われるだろうか。
……そのどっちも、悪くない。
フィリップは静かに扉を開けた。
その先は登り階段になっており、自身の私室に繋がっている。
私室には朝まで誰も来ない。ずっと……二人きりで居られるのだ。
「フィーの部屋、久しぶり」
「……ああ、最後に来たのはもう何年も前だな」
静かに隠し通路の扉を閉め、カモフラージュの棚を動かす。
自分の私室は基本的に眠る為だけの部屋なのであまり物が置かれていない。
壁には書棚とお気に入りの風景画。後は部屋の真ん中に天蓋付きのベッド。
調度品は隣国ノーティスで名を轟かせている陶芸家の花瓶だけ。
落ち着いた雰囲気の花瓶には秋の華が生けられており、色合いは暖色系で見ていると暖かい。
書棚は三本あり、そのうちの二つは見聞を広める為の書物用、残りの一つは趣味用だ。
女性が来ても恥ずかしくないような部屋だとは思うが、面白味もない。
ユリウスは自分の部屋を見てどう思うか。
そんなことまで気になってしまう。
「……なんだか、王子様の部屋って感じだね」
ユリウスは書棚を見まわしそんな事を言った。
「王子、だからな。俺は」
この肩書きは特に努力したわけでもなんでもない。ただ、偶然王の子供だっただけ。
「覚えてるフィー? 五年前の仮面舞踏会の時。あの時、私をどうやって言い包めて、夜会に参加させたか」
「…………覚えてる」
俺は王子だから言う事を聞けって言ったんだ。
今思い出しても傲慢な言い方。そんな命令はもう、しない。
「あの時は『何言ってんだフィーのヤツ!!』って、思ったけど、でも当たり前なんだよね」
だって王子様なんだもん。
そう言って笑ったユリウスが少しだけ寂しそうな顔をした。
「…………ユウリィ?」
なんだか急にユリウスとの距離が遠くなった気がして。今すぐ抱きしめたくなって、足を一歩前に踏み出す。
しかしユリウスはこちらの想いとは逆に、書棚を眺めながら歩き始めた。
「今まで、楽しかったね。一緒に仕事出来たし、話もたくさん出来て。ほら、私が騎士になって初めて護衛についた時の事覚えてる?」
ユリウスは一人思い出話を続ける。
二人で仮面舞踏会に参加したあの日。一緒に馬に乗ったあの時。二人で笑い合ったあの瞬間。
まるで宝箱を開けて話をするみたいな話し方。
ユリウスとの思い出はどれを取っても良い思い出ばかりで、中には恥ずかしい事や後悔した事もあるけれど、それも全部ひっくるめて、幸せな思い出。
でも。
(……どうして、今までなんだ)
どうして、急にこんな……これからだって、ずっと。
言い表せない不安が胸の内に広がり、息が苦しくなった。
そんな嫌な気持ちを言い当てるように、ユリウスが「……でも、そんな私の役目も今日でおしまい」と言った。
「だって、フィーはこれからお姫様を探さないといけないもんね?」
そう続けられた言葉の意味が分からない。
何を言ってる? ユウリィ?
たしかに耳の中に入って来たハズの言葉なのに、全く何を言われているのか分からない。
それは反射的に理解する事を拒否しているかのようだった。
ユリウスが歩みを止めた。
丁度部屋を半分歩いたぐらいで、窓から差す月明かりが彼女を照らし、映し出している。
その表情は穏やかに微笑んでいた。
自分の欲しい、笑顔。
でも、今は。
「フィー、婚約者探し頑張ってね。もう今までみたいに傍にいる事はないけれど、応援してるから」
笑顔で突き離された言葉に頭の中が真っ白になった。
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