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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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10.収穫祭(前)

収穫祭は前後編です。

前⇒ユリウス視点

後⇒フィリップ視点 です。





 今日は待ちに待った収穫祭。

 城下は一年間の収穫を喜び、お祝いムード一色。


 色とりどりの屋根にピカピカと光る大小様々なライト。

 店主は声を張り上げながら道行く人に声をかけ、忙しく手元を動かしては出し物を見せる。

 食べ物を出す露店では、サツマイモの焼ける甘くて香ばしい香りがしていたり、野菜を煮ている(かま)からも温かくて美味しそうな香りがどんどん漂ってきたり。


 城下のメインストリートを埋め尽くさんとばかりに集まる露店と人々を目の前にして、ユリウスは目を輝かせていた。



「お腹すいた! 何食べよう?」

「こら、ユウリィ。あまりはしゃぐと迷子になるぞ?」

「ならないよー? 心配性だなあ、フィーは」

「いーや。油断ならない。ほら、手を貸せ」



 有無を言わせないフィリップの言い方に口を(とが)らせながらも、大人しく手を差し出す。



 今日はお互いラフな格好で来ていた。

 ユリウスは寒くなっても良い様に厚手のワンピースとカーディガン、そして、スカーフ。対するフィリップも、カッターシャツに濃い色合いのジャケットを肩にかけているだけ。装飾品は二人合わせてもユリウスの首にかかる、青い石のネックレスのみ。

 それは城下の人々と同じような格好であり、間違っても自国の王子と騎士の組み合わせとは誰も思うまい。



「ねえ、今日の設定(・・)は?」



 そう訊ねると、フィリップはニヤリと笑った。

 なんだか嫌な予感……と思った次の瞬間に「『恋人』っていうのはどうだ?」と、言ってきたではないか。


 何その設定。

 そう思って「友達でもいいんじゃない?」と伝えたら「祭りの時は恋人の方がオマケされるもんだぞ」と返ってきた。


 オマケ。


 本日の女装はオマケと新作スイーツの為にあるといっても過言ではない。

 そんな状況の中、恋人設定がよりその効果を上げるなら、それは重要に決まっている。



「わかった。初心なフィーの為に練習になってあげる」

「ふうん。じゃあ、沢山練習させてもらおうかな」 



 フィリップはそう言うと同時に握っていた手を持ち上げ、いきなり口づけを落としてきた。

 以前された時と違って、ハッキリと口づけされた感触が分かったと同時に……



「……全く、初心なのはどっちなんだろうな?」

「それはっ!! 急にこういう事するから!!」

「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」



 不満!! すっごく不満だ!

 いっつもこんな風にしてからかってくる!!


 そんな気持ちを隠さずフィリップを(にら)むが、当の本人は全く気にした様子も無く、逆に頭を撫でて来た。



 弟分を可愛がる兄貴面。



 ユリウスは少しヘソを曲げたフリ(・・)をしてフィリップから視線を外す。

 すると、フィリップが頭を撫でるのをやめ、肩をトントンっと軽く叩いた。



「さあ、行こうか」



 声をかけられ視線を戻せば、「怒るなよ、ユウリィ」って言っている気がして、安心した。

 だって。


 弟分としてからかわれても、悪い気がしない。なんて。


 そう思っている事を知られるのは、なんだか(しゃく)だったから。


                          ・

                          ・

                          ・


 匂いにつられるまま歩いていると、大体美味しそうな物が売っている。



「こんがりじゃがいも発見!」



 我が鼻に狂いなし。

 そう思いながら軽い足取りで列の最後尾につける。


 祭りの初めから直感を頼りに食べまくっているユリウスはまだまだお楽しみはこれからだと、食べ物を注文する。

 対して、フィリップは「まだ、食うのか」と言いたそうだったが、それを華麗に無視した。



「だって、今日は恋人なんでしょ?」



 フィリップがからかう為に考えた設定を逆手にとり、屋台の食べ物を半分に分けて食べる。



「それにしたって食べすぎじゃないか?」



 フィリップは呆れた口調で言って来るが、そんな事は気にしない。

 だって、半分に分けて食べるという事は、単純に二倍の種類が楽しめるという事だ。

 そんなチャンスを逃す手はない。


「大体なあ、お前はデザート一人で食ってるだろ? だから、いつもの二倍の種類を頼んだら、絶対に苦しくなるぞ」


 そう言って、フィリップは過保護に心配してくれる。

 言われてみれば確かに、そうなのだが。



「だって、デザートは分けられないじゃない」

「……まあ、そうかもしれないが」



 だけどなあ……なんて、名残惜しそうに言うので、「フィーも食べたい時は言って」と伝えたら、フィリップは少し顔を赤くした。



「い、いいのか……?」

「うん? いいよ」

「……じゃあ、ソフトクリームが食べたい」

「うん、わかった」



 顔を赤くしたままそう言うフィリップの代わり(・・・)にソフトクリームを買ってくる。

 そして、戻ると。何故か彼は溜息をついた。



「あれ? チョコの方が良かった?」

「……いや、そういう事じゃなくて」

「……! ひょっとして、ジャガイモソフトの方が……!」

「いや、バニラでいい……」



 ユリウスは自分のバニラを舐めつつ首を傾げる。

 しかし、念願のソフトクリームを手に入れたハズのフィリップは、何故か深い溜息をついていた。



 二人でソフトクリームをなめつつ、鼻をスンっと動かして美味しそうな香りを探す。

 様々な香りが漂う中、今のところコレという香りを見つけられないのは、大分空腹が満たされたせいかもしれない。

 まあ、でも今日は半分食べてくれる強力な助っ人もいる事だし、あますとこなく楽しみたいな。


 そんな風に考えながら歩いていると、名を呼ぶ声と同時に指が口元を拭った。

 何かなって思ったけど、その親指についているクリームを見て納得。



「ありがと、フィー」

「全く……祭りになるとホント子供だな」

「えー? 医務室に行かない誰かさんよりは、子供じゃないよ?」

「だから、あれは大した事……」



 言いかけてフィリップが自分から距離をとった。そして、ニッと笑って「今、つつくのなしな?」と、言ってくる。

 

 ちぇ。読まれてる。

 もう一瞬距離をとられるのが遅ければ、つついてやったのに。

 でもまあ、エリザと護衛を交代するまでは毎日湿布も貼り替えたし、最後に見た様子ではもう大丈夫だろうと思う。ただ本当は最後まで診てあげたかったけれど。



(……最後(・・)、かあ)



 自分で思い浮かべた言葉に少し気分が落ちた。

 あまり考えないようにしていたが、約十日後にはお城で舞踏会が開かれる。

 それは、フィリップの婚約者探しで。だから、来年の収穫祭はこうやってフィリップと一緒に来る事はない。


 お祭りは賑やかで楽しくて、女性の姿をしている時は本当におまけもして貰えて。

 クリームを拭ってもらったり、人ごみに埋もれないようにさり気なく(かば)ってもらったり。

 そして――……



「ユウリィ」



 声をかけられ意識をフィリップに向けると、手を差し出されていた。

 目の前には少し段差があって、手を貸してくれようとしているのだとわかった。



「こんな小さな段差、飛ぶから大丈夫だよ」



 そう言いながら、ちゃっかり手を貸してもらい段差を降りる。



「こういう時ぐらいはしっかり頼ればいいだろ」

「はぁーい」



 フィリップが困った奴だと言わんばかりに苦笑した。

 それに答える形で自分もニッと笑う。


 こんな何気ない会話も幸せな思い出。

 もう二度と繰り返される事のない今日をめいっぱい楽しもうと、ユリウスは笑顔でフィリップの後をついて行った。






いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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