7.予期せぬ事
その知らせは何の前触れもなくやってきた。
「殿下。こちらの封書を先にと」
ミラーが差し出して来たのは上等な紙質の封筒。
一目で重要と分かる封筒の裏を見てみれば、騎士隊長の印があった。
「そうか、すぐ確認しよう」
フィリップはミラーを下げた後、ナイフで封筒を切り、中身を取り出す。
そしてその文面に、目を見開いた。
『騎士ユリウス=セクトは第二王子フィリップの護衛騎士解任。
代わって、エリザ=セクトを任命する』
目を疑った。
一体何がどうなったら、ユリウスが解任させられるのか。
護衛騎士は基本的に異動もなく、人が入れ替わる事が少ない。
怪我や病気など騎士を続けられない理由や、不祥事など何か問題を起こさない限り、生涯に渡って王族に仕えてもらうのが通例だ。
もちろん本人から申し出があれば異動という形で便宜を図る事もあるのだが、名誉ある護衛騎士という座を捨てる者は殆どいない。
(……誰かに嵌められたのか?)
ユリウスが、なにかドジって陥れられたとでもいうのだろうか?
内部の者を疑うのは気が引けるが、こういった権力の集まるところには黒いうわさもある。
空席の出来にくい護衛騎士の座を狙う者が、手引きを……
と、そこまで考えフィリップは頭を振った。
(ユリウスは妬まれるほどの待遇を受けてはいない)
ユリウスのように表舞台に立つ事のない仮面騎士は、華やかさを好む貴族出身者には人気がなく、妬みにより足を引っ張られる事はないだろう。
しかもユリウスの場合はセクト男爵家長男としても、三女としても社交界にデビューしていない。
よって護衛騎士の座を狙う者達に、その存在が知られる理由がないのだ。
(じゃあ何故?)
疑問は解決されないがフィリップはもう一度書面を見た。
エリザ=セクト。
過去数回しか会った事はないが、彼女はセクト家の次女でユリウスの姉だ。
『エリザ姉は決めた事を必ず実行するんだよね――』
以前ユリウスが言っていた事。そして、その後に続いた言葉は――
『――たとえそれが、正攻法でなくてもさ』
フィリップは書面をポケットへねじ込み、執務室を出た。
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先日までは訪れる事を楽しみにしていたユリウスの部屋。
決められた回数でノックをすると、扉を開けてもらえ、彼女に会える場所。
本当はこんな風に会いに行ってはいけないと理解しつつ、訪れる事を止められなかった、大事な空間――
「……で、エリザ嬢。これは、どういう事ですか」
部屋には騎士の正装衣を纏ったエリザが我が物顔で居座っていた。
先日ユリウスと向かい合ってお茶を飲んだソファーに、どっかりと腰を降ろし腕組みをしている様は騎士として不遜な態度だろう。
「あら? 確認してない? 人員移動を?」
あっけらかんとして言い放つエリザにどちらが仕える側なのか問うてやりたい。
「確認しました。その上で、なぜ?」
フィリップは不満を押し殺す様に答えを求める。
『エリザ姉は決めた事を必ず実行するんだよね――』
ユリウスの言葉を参考に考えれば、エリザは『何か』を決めて、それを実行に移した。
おそらくそういう事なのだろうが、その『何か』が分からないうちは、対処のしようもない。
フィリップはエリザの答えを待った。
すると、彼女は「なんでそんな事を聞くの?」と、でも言いたげな表情で、
「ユリウスが弱いから」
と、さらりと言い放った。
一瞬、自分の耳を疑った。
(ユリウスが、弱い?)
女である事を隠した状態で騎士の試験に臨み、好成績を収めたユリウスが?
ユリウスの今の地位は決して自分が手心を加えたものではない。
むしろ、加えようとも思っていたが、全く必要がなかったのだ。
「言っている意味が良くわからないが」
「言葉の持つ意味のままですよ、殿下」
問うても同じ答えが返ってきた。
エリザはフフンと笑い、高慢さを覗かせる。
「殿下をお守りするには、ユリウスでは不足。よって、本日付でエリザ=セクトが着任したまでです」
エリザはソファーから立ち上がり、そして、フィリップの前に跪く。
赤みを強く帯びた茶色の髪がさらりと流れ、その表情は窺えない。しかし、その態度は、騎士として着任を認めてほしいと乞うている。
フィリップは躊躇った。
今ここで、エリザを認めたらユリウスはどうなってしまうのか。と。
城に仕える一般の騎士になるのだろうか。
他の誰かに仕える騎士になるのだろうか。
女性に仕える騎士になるのなら、別の不安は残るものの根本的な不安はない。
だがもし、男性の騎士になるならばそれは、自分にとって到底耐えられるものではなかった。
いつまでも着任の儀を行わないフィリップに、業を煮やしたのかエリザがすくっと立ち上がった。
そして、フッと柔らかな笑みを浮かべる。
一瞬、目を奪われた。
基本的に顔の作りは似ていて。
なによりも変装姿を見慣れている自分にとって、それはユリウスの笑顔と重なったから。
そんな自分を気にした様子もなく、エリザは退城を乞う。
今日は、挨拶だけだからと。
フィリップはそれを許可し、ユリウスに似た後ろ姿を見送る。
パタンと扉の閉まる音を聞いてソファーに腰を降ろした。
正直どっと疲れて、思わず大きく溜息をつく。……と、そこで甘い香りが鼻をくすぐった。
それはユリウスが好んでいて、必然と彼女の香りだと認識する紅茶の香り。
まだ微かに残る彼女の痕跡を愛しく思い、フィリップはポケットから封書を取り出した。
ユリウスの解任、エリザの着任。
それを、認める印は。
(……父上)
封緘はたしかに、騎士隊長のものだったが、承認印は父王だった。
一介の騎士であるユリウスとエリザの人事異動になぜ、王の印があるんだ。
これでは、いかに第二王子と言えど、決定には逆らえない。
着任を認めなかったのは、せめてもの足掻きみたいなもので。
「なにやってんだよ、ユウリィ……」
自体は今一つ飲み込めない。
ただ、わかっているのはエリザが絡んでいて、王も認めているという事だけ。
フィリップは肩に手を置く。
まだ少し痛みを覚えるそれは、ユリウスを守った時に負った、怪我。
それは痛み以上に誇らしくもあった。
(あんなに守らせてくれない女はいない)
何でも自分でやろうとして。
下手に騎士として優秀である為、こういった形でユリウスを守れることなど殆どない。
むしろ初めてといって良いのではないだろうか?
それなのに。
『ユリウスは弱い』
あんなに守り甲斐のない強い彼女が、弱い。
そう言い切ったエリザの言葉は理解できなくて、フィリップは頭を抱えた。
いつもありがとうございます!(*^_^*)




