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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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5.熱風襲来






 ユリウスは変わりない一日を過ごし、屋敷へと向かっていた。

 相変わらず自身の活躍の場はなく、日々はゆったりと流れていくが、逆に城下では祭りの準備が慌しく進められている。


 収穫祭まであと十日。


 今年は久しぶりにフィリップと参加する約束だ。

 女装して行くのはちょっと面倒……とは思うけど、新作お菓子やオマケがあるなら致し方ない……と、つられてしまった自分の変化に自分自身が驚いている。

 これが一年ぐらい前なら心を鬼にして我慢したのだろうけど、今はそこまで女装をしたくないと思わなくなっていた。

 その変化は多分、女性の姿をしている事が多いからだと思う。


 ここ最近、任務中の女装指示が多いせいか、戦う時に(かせ)だと感じていたスカートにも大分慣れて来た。

 所作もなるべく気をつけているから、以前に比べたら少しは女性らしく見えるかもしれない。

 まあ、あくまで去年の自分と比べたらだけど。


 そんな事を考えながら歩いていると、もう屋敷まで到着しそうだった。

 行きは上り坂や階段ばかりだが、帰りは逆なのでその分とても早く屋敷に帰れる。

 他者からは不便極まりない立地の屋敷と思われているだろうが、裏道を使えば割と城から近かったりするので、自分的には隠れ高物件だと思っている。ただし、徒歩限定だが。


 ……と、そこで空気の変化を感じた。

 殺気、ではない。しかし、気圧(けお)されるような威圧感と、熱気を含んだ様な気配。

 まるで立ちふさがる壁が突如として現れた様な感覚に、改めて視線を前に向けるとそこは自身の屋敷の前だった。


 ユリウスは門扉に手をかけ、(かんぬき)を外側から引き抜く。

 キィと少し錆ついた音を聞き、いつもなら屋敷の手入れに思いを馳せるところだが、今日は違う。


 油断、するな。

 自分にそう言い聞かせながら屋敷へと近づき、扉を開ける。

 いつもならすぐにマリーが出迎えてくれるところだが、今日は来ない。

 

 間違いなくこの気配の主が影響している事は考えるまでも無く、慎重に歩みを進めるとそこで、熱風のような気配に当てられた。

 反射的にその場を飛び退き、腰に帯びる剣を取る。同時に気配を感じた場所を確認するが、すでにそこにはなにも感じない。


 背中に緊張が走る。

 咄嗟(とっさ)にユリウスは状態を低くして、自分を軸に足を伸ばし回転をかける。と、そこでマントのようなものが視界を掠めた。



「!?」



 予期せぬ色に一瞬思考を奪われる。が、しかしそれを再度確認する事はできない。



(一体、何なんだ?)



 侵入するには適さない色を纏う不可解さ。

 奇襲をかける事の出来た初手に何もしかけてこない不自然さ。

 そして、こちらを発見したにも関わらず、今なお、殺気を感じさせないのは何故?


 情報を総合すればするほど全く意図が読めず、冷や汗が流れる。


 屋敷の皆は無事だろうか?

 誰の命でこの屋敷に来ている?

 フィリップに関わりは……?



 低く、ブーツを鳴らす音が響いた。

 侵入者はすでにその正体を隠すつもりがないようで、靴の鳴る音も、熱風のような気配もそのままだった。

 それはまるで炎が歩み寄って来るような感覚。

 しかしそんな気配の中にも、やはり戦う意思(・・・・)を感じさせない(・・・・・・・)


 ユリウスはゆっくりと音の鳴った方へと視線を向ける。


 頭まですっぽりと覆う旅用のローブ。その色は()

 身長は自分と同じぐらいで、体格もあまり変わらないように見える。

 小柄な男……なのか、それとも女か。


 この時点では相手の性別は分からずその動きに注視していると、揺れるローブの隙間から黒いズボンに包まれた足がスッと出てくる。

 歩みを進めるその動きで、フードの隙間から髪が零れ落ちた。

 長さは胸の辺りまであって、その髪の色は赤みを強く帯びた茶色。

 熱風のような気配を持つ者に相応しい、燃える様な赤を纏う侵入者はピタリと足を止めた。



 今度こそ仕掛けてくるのかもしれない。



 そう考えてユリウスが身構えていると、「まだ、気付かない?」と声が発せられた。

 男にしては高く、女にしては少し低い声質。

 そう、この声質はとても聞き(・・・・・)慣れている(・・・・・)



「まさか……」



 問いに答えるよう声を上げた。

 聞きなれた、男装するには高く、女装だと低いと思っていた自分の声。


 侵入者がスッとフードを取る。

 はらりと落ちるのは赤銅より強い赤と茶色を併せ持った髪。

 口角を上げニッと笑う姿は自信に充ち溢れており、その瞳は燃える様なルビー色。


 色合いこそ多少の違いがあるけれど、根本的な作りは似ており。

 ユリウスが決定的な違いと思っているところは、彼女(・・)の目はつり目であるという事。



「ただいま、ユリウス」



 聞きなれた自分と同じ声質を持つ彼女は――。



 エリザ=セクト。



 セクト男爵家次女である。



                       ・

                       ・

                       ・



 エリザは流れ者だ。

 領地に引きこもっている両親や、王都の屋敷を守る自分とは違い、一所にいられない性格の持ち主。

 何の前触れもなく、ふらっと現れてはやりたい事をやってまたどこかへ流れる。

 行き先なんて教えてもらった事はなく、後から聞いてビックリする事がザラであった。

 今回の再会だっておよそ二年ぶりで、一体どこに行っていたのだろうと思う。

 ……がしかし、それよりも。



「姉上……普通に帰って来てよ、普通に」

「ん? どうして? 緊張感あっていいでしょ?」



 不要な緊張だよそれ。

 もし間違えて自分が切りつけでもしたらどうする気だったのだろう?

 そんな心配を他所(よそ)にエリザは「久しぶりの我が家はいいね!」と、懐かしむように辺りを見回していた。



「ところで、お父様とお母様は……って聞くまでも無く、領地?」

「お察しの通り」

「やっぱりね。……で、ユリウス。あんたその格好は?」

「え? その格好って、いつもの通りだけど」

「そう。まだ男装してるんだ?」

「まだ、って。止める予定もないよ?」



 エリザは「ふうん」と気のない返事をしつつ「そうだ、ユリウス。お茶でもしようよ」と言い出した。

 もちろん断る理由なんてないから「そうだね」と返事をする。


 二人で何気ない話をしながらエリザの居室へ向かい、途中マリーが慌てて顔を出して来たので「ただいま」と声をかける。するとマリーが申し訳なさそうな表情を浮かべるけれど、ユリウスはその事については訊ねず、お茶の用意だけを頼んだ。


 マリーの表情は恐らく、「出迎えられなかった事」を申し訳ないと思っていたのだろうが、その事について問いただすつもりも責めるつもりもなかった。

 それは聞くまでも無く、エリザが足止めしていただろうと安易に想像できたからだ。



「ひっさしぶりー! 私の部屋!」



 エリザはそう言うと部屋の真ん中まで歩いていき深呼吸していた。



 明度の低いカーテンに、『赤』を映えさせる為に選ばれた家具。

 全体的に濃い色が多いエリザの部屋は貧乏男爵家の一室でありながら、高級感が漂っている。

 もちろんそれは色合いによるもので、本当に高級ではない。しかし、なんとなく高価な気がして、ユリウス的には落ち着かない気分にさせられる。



「うん。やっぱり自分の部屋はいいね」



 そんな事を言いながらエリザがひとしきり部屋を見て回っている間、ユリウスは椅子に腰かけて一息つく。


 しばらくすると、マリーがお茶の用意を持って来てくれた。

 茶葉を訊ねるマリーに自分の希望を伝え、エリザにも同じように確認すると「今日は私が淹れるよ」と、言い出した。


 へえ。珍しい。


 そう思った事が顔に出たようで、エリザが「まあ、お茶はユリウスやマリーが淹れてくれた方が美味しいけどね」と、褒めてくれる。


 ユリウスは紅茶を淹れてくれるエリザにお礼を言いつつ、先程まで姉が着ていたローブに視線を向けた。



「姉上、あんなローブよくありましたね」



 そう言うと、エリザが「え? 珍しい?」と、紅茶を注ぎながら返事をするので、ユリウスはもう一度ローブに視線を向け、「うん。旅用のローブって地味な色合いが多いから」と、答える。


 素材や耐久性、汚れても目立たないなどなど。旅用ローブが地味な理由は様々だろうが、まさか深紅があるとは思いもしなかった。そりゃあ、式典用などのマントは赤もあったけど。



「たしか、ファンダムで買ったのだったかしら?」

「わ! そんな寒いところに行ってたんだ」



 ファンダムとはアスタシア王国内の中でも北方にあり、冬は雪に閉ざされてしまうような所である。

 なので当然、夏は王都より涼しく、裕福な貴族たちの避暑地として知られていた。



「あんたは寒がりだもんね、ユリウス」

「地名を聞いただけでも寒くなったよ」



 エリザはクスリと笑うと、「じゃあ、髪を降ろしたら?」と言う。ただ、久しぶりに会う姉に中途半端な男装を見られるのも格好が悪い気がして「今は、男爵家長男ユリウスだから。このままでがんばるよ」と返す。


「ねえ、ユリウス。あんた、いつまで男装してるつもり?」

「ん? いつまでって……これからも?」


 エリザは「そう」と言い、少し考えた後「フィリップ殿下はお元気?」と尋ねてきた。

 一瞬ドキリとしたが、「元気だよ」と答える。


「そう、相変わらず仲良くやってるみたいね」

「まあ、幼馴染みだからね」


 そう肯定した自分が、少し気落ちしたのが分かった。



「私は王都から離れていたけど、アルフレッド殿下の話はよく耳にしたわ」



 アルフレッド殿下は第一王子なので必然的に次期国王である。

 当然の事ながらすでに国政に関わっており、その手腕が地方でも囁かれているらしい。


 エリザはそう言った話を聞くたびに、アルフレッド殿下を支える騎士を思い出したと言う。

 だから、ユリウスもそうなるのでしょうね。と、言った。

 もちろんそうなりたい。

 だけど。



「なれる、かな……」



 つい、弱気な発言をしてしまった。

 脳裏にちらつくのは先日フィリップに怪我をさせてしまった事。

 護衛が無傷で、主が怪我という事実はユリウスの自信を大きく揺らがせる。

 今まで頼って欲しいとばかり思っていたけれど、いざこの間のような場面に出くわすと結局自分は守られているだけだった。



(私は……)



 足手まとい、なのかもしれない――……



 何度も打ち消した言葉が、頭を過る。

 フィリップは何も言わないけど、それは幼馴染みで弟分だからかもしれない。

 そんな自分らしくもない後ろ向きな思いを「違う」と言い切るには、毎日が平和過ぎた。

 鍛練は日々怠ってはいないが、自分にはまだ何かが足りない気がしてならないのだ。



 しばらくの間、部屋がシンっと静まり返った。

 エリザは何も言わない。そして、ユリウスも何も言えず、ただ目の前のカップを見つめる。

 カップの中の紅茶は静かに揺らめいていた。



 ――ねえ、ユリウス。


 そうエリザが呼び、顔を上げる。すると、姉はニッと笑った。



 ――手合わせ、しましょう。



 突然そう言い出して、席を立った。






いつもありがとうございます!(*^_^*)

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