18.それぞれのその後
「殿下、顔が赤いですよ」
さっそくからかう気なのか、いきなりセシルがそう言った。
慌てていたのは確かで、自分の顔色を確認するなんて気が回らなかったのも事実。
ひょっとしたらセシルの言う通り赤面しているのかもしれない。
ちらりと横目で扉の方を見ると、入って来たのはセシル一人だった。
フィリップは他に人がいない事に少し安堵し、セシルには「うるさい」と返事する。
ただ、それだけではなく「……いろいろ助かったぞ」と、感謝も伝えた。
セシルは良く働いてくれた。
最初はユリウスを勝手に使いやがって。と、思って代わりに扱き使ったが、実際のところセシルの協力は大きく役に立ち、結果、証拠の品を押さえる事が出来た。
セシル達は妙な装飾品販売を止めさせたい為にユリウスを使ったが、その事自体も良い方向に働いたのは言うまでもなく。
セシルがいたからこそ、従者として屋敷に侵入出来た。
そう、この従者という立場も大変便利だった。おかげで身分もバレる事なく、眠るユリウスの面倒も見る事が出来た。
ユリウスに口移しさせ、からかおうとしているぐらいは…………、まあ、大目に見ても良い程の働きだったのは間違いないと思う。
「いいえー。親愛なる殿下と、可愛いユリウス嬢の為ですからねー」
セシルはニヤニヤしながら軽い口調で言ってくる。
なにが親愛なる殿下だ。
ウソばっかり言いやがって。
セシルは調子がいいのが取り柄だが、こういった言い方をされるのは好きじゃない。
そう思って、それを口にしようとしたら。
「……でも、殿下。いけない事、したでしょ?」
何の前触れもなく指摘され、自分が息を飲んだのが分かった。
「顔に書いてあります。頬を赤く染めたまま、後悔というか思いつめたというか、そんな顔」
「そ、そんな事は……」
「分かりますよー、二人っきりになったら、そういう気持ちを押さえられないって」
だから、途中で声をかけてさしあげたのに。
そう言ったセシルに驚いた。
あの無粋な声かけにそこまでの配慮はあるとは。
「どこまでしちゃったのかわかりませんが、ちゃんと謝った方がいいですよ?
謝れば、きっと許してくれますから。ね?」
「う、うむ……」
「…………素直な殿下にビックリです」
「!! セシル!!」
「わ、わっ!! 怒らないでください殿下~!!」
「お前、俺をからかうつもりなら覚悟はいいのか……!」
「ひえ! ち、ちがいます!! 誤解です! ここは二階です!」
「つまらん!! その口塞いでやろうか!!」
「いやっー!! そんなご無体な!」
「泣きまねはよせ! 気持ち悪い!!」
フィリップは言い合いながらもセシルに感謝した。
セシルは自分を気遣っているのだと感じていたから。
鏡を見た訳ではないが恐らく自分は酷い顔をしていたのだろう。
だから、ワザと茶化すような事を……
「素直が一番可愛いです! そのままどうぞ、ユリウス嬢に……」
こくは……と、余計なことまで言い出したので、さすがにキレた。
気を使ってくれている……いや、それは幻想か。そうだ、気のせいだろう。
大体、ちょっとばかり良い働きをしたからと言って、人をからかっていい訳ないだろう?
セシルの働き-ユリウスと一緒にいた時間。
どう考えても赤字だ。
やはり、もっとこき使ってやらねば……と、思っていたら。
後ろから声が聞こえた。
振り返ると先程まで深く閉じられていたユリウスの瞼がゆっくりと開いていくところだった。
目を開けると、そこは見慣れぬ天井だった。
どうして、こんなところに横になっているのだろう?
そう思って、自分が直前まで何をしていたか思い出し、慌てて身体を起こした。
「急に起きるなユリウス」
馴染みのある低い声を聞き、緊張が解けたのが分かった。
声が聞こえた方へ視線を向けると、フィリップとセシルがいた。
「えっと……大丈夫です、殿下」
何故フィリップがいて、そして、セシルまでいるのか。
そしてここがどこなのか。
少なくとも、直前までいたあの部屋でないことはわかったが、逆にいうと、それだけしか分からなかった。
「はいはい、二人とも私の従者って設定忘れたらだめだよー。
ユリウス嬢はユリー。殿下は……どうしよう? 何にします?」
「あ? まあ、何でもいいが……」
セシルはてきぱきと話を進めながら、「じゃあ、フィーにします?」と、フィリップに言い、フィリップは「やめろ」と、心底嫌そうな顔をしていた。
「じゃあ、リップにしましょうか?」
「っ!! もう、好きにしろ」
そんな二人のやり取りを見て、いつの間にか仲良くなったんだなと、勝手に理解した。
ただ、自分がこの状況についていけてないのは間違いなくて。
「えっと、ノア……様、結局私どうなってたんでしょう?」
ユリウスにはフィリップに書簡を渡して、その後の記憶は全くなかった。
クライン男爵との賭けもどうなったかわからない。
様々な疑問を頭に浮かべていたら、説明を始めたのはフィリップだった。
ここはヴァーレイ家の屋敷である事。
フィリップも調べていた事があり、クライン男爵のところへ行っていた事。
自分が渡した書簡はフィリップの役に立つ事。
クライン男爵との賭けは勝っていた事など。
そして、フィリップが全てを言い終わったように口を閉じると、セシルがニヤリと笑った。
「大事な事、言い忘れてませんか? リップ?」
フィリップがセシルを睨んだ。
その顔は何故か赤みが差しており、意味が分からなかった。
「えっと……?」
フィリップを見ても口を閉じたまま何も言わないし、セシルを見てもニヤニヤするだけで教えてくれない。
まさかの放置。
途中まで言いかけておいて、それはないんじゃないかと思う。
そんな調子でしばらく微妙な沈黙が続いていると、「……眠っているお前に解毒剤を飲ませた」と、ようやくフィリップが教えてくれた。
「なんだ……そんなことか」
「あれ? そんな事なのユリー??」
「え?? だって…………?」
ん?
と思った。
「『飲ませた』……?」
「うん。口移しで。だから深くキスしたんじゃない? ねえ? リップ?」
口移し?
深く、キス……??
「え、ええ!!?」
思わず口元を覆ってしまった。
全く意識がないとはいえ、そんな事になっていたなんて!
「……すまない。ユウリ……ユリー。でも、そうするしか……」
「ユリー、他に何かされなかった? 無防備な女の子の前には男は無力っていうのが相場なんだけど」
「え? いや、そんな……」
そんな事を言われて混乱しつつ何故か身体を見る。……が、特に何が分かる訳でもなかった。
そもそも、フィリップを信用している。だからそんな事、あるわけがなかった。
「フィ……リップ様がそんな事する訳ないじゃないですか」
「へぇー……それはえらく信用されてますね、リップ。よかったですね」
セシルはニヤつきながらフィリップを見た。その姿にヒヤリとする。
そんな事言ったら絶対怒る。
そう思ってフィリップを見ていたら、なんと……何も言わなかった。
あまりの事態にユリウスはフィリップを凝視した。
なんだかとんでもない物を見た気になる。
いつもなら、からかったら分、仕返しがあるはずなのに。
今日はやけに大人しい。
建前上、セシルの従者だからだろうか?
視線を上げたフィリップと目が合った。だけど、すぐに逸らされてしまい……なんだか腹が立った。
そりゃあ最終的には気を失って迷惑かけちゃったけど。
でも、役立つ書類だって持って帰って来たし…………少しは、褒めてくれたって。
そう思って、少しの間フィリップを見つめていたが、こちらを向いてくれる事はなかった。
「じゃあ、そろそろヘラとルークのところへ行きましょう」
仕切り直す様に言ったセシルの言葉に頷く。すると「ユリーは着替える? 浴室もあるし、ラフィーネに置いてあった荷物はこの部屋に運んであるよ」と、続けて言ってくれた。
その心遣いが有り難い。
あの部屋は葉巻臭くて匂いがついていないか気になっていたし、実は結構汗をかいていたのだ。
二人が部屋から出て行った後、ユリウスは急いで、浴室へ行きお湯を作る。
そして替えの服を用意し、勢い良くドレスを脱いだ。
(やっぱり、ベッタリするー)
クライン男爵の屋敷では冷や汗かきっぱなしだったから。
夏用のドレスを着て行ったけど、やっぱり暑い。
ドレスは夏用でも騎士の服装より暑い気がする。
やっぱ女装は面倒だ。
ふと胸元を見ると、少し赤みを帯びている所があった。
ああ、やられた。
気を失っている間に蚊に刺されたのだろう。
汗をしっかりかいていたし、痒くはなかったから気付かなかったけれど。
もう夏だもんな。
そう思って、刺された場所に触れると熱を帯びていた。
いつもの虫刺されと違う感じがした。
(なんだろう?)
この感じ。
虫刺され……? 以外にこんな跡がつくはずがない。
ユリウスは疑問に思いながらも、急いで湯浴みをした。
湯浴みを手早く終え、ユリウス達三人はルークとヘラのいる部屋に向かった。
「…………だから、僕の言った通りでしょ」
部屋を開けると、ルークのそんな声が聞こえてきた。
イスの上には借りてきた猫のように大人しくなっているヘラと、そのヘラを見下ろす様に立っているルークの姿が飛び込んできた。
「ちょっと……ノックもしないで入ってくるなんて、どういうつもり?」
「……おまえ、またヘラを責めていたのか?」
セシルは女装しているにも関わらず、そんな風に話しかけた。
ユリウスは状況を正しく理解しているので気にしなかったが、チラリと横目でフィリップを見れば少し驚いた表情をしている。
その様子からして、ラフィーネ家の秘密をフィリップが知らないのだとわかった。
「責めていたなんて人聞きの悪い。今回の状況を正しく伝えていただけだよ」
「はあ。それを責めているというんだよ。ルーク」
ルークとセシルが話している間、ヘラはしゅんっと小さくなって、下を向いていた。
ヘラに悪気がない事なんて分かりきっている。だから、こんな風に落ち込むヘラが可哀そうだった。
ユリウスはヘラの側により、優しく肩を抱き寄せた。
「大丈夫」とも「気にしないの」とも、声はかけない。
ルークが説教したくなるのも、それが心配しすぎての事だともわかっている。
だから、気休めも擁護の言葉もいらない。
「うわーん!! ユリーさぁーんっ!!」
ヘラが我慢の限界を超えたのか抱きついてきた。
胸に顔を押し付け「ごめんなさい、ごめんなさい」と、繰り返し謝ってくる。
ヘラはもう十分わかっている。
これ以上ユリウスからいう事は何もなく、ただおひさま色の髪を優しく撫でた。
後ろで「今回の依頼、女性限定にしておいてよかったな」と、くすくす笑うセシルの声が聞こえたが、その返事はなかった。
ルークがプイッと不貞腐れて何も言わないのだとわかっているので、ユリウスも振り返らない。
しばらくそうしていると。
「ねえ、そろそろ離れなよユリー」
ヘラではなく、自分に話しかけてきたルークがまた可愛い。
でも、そう言うとまた機嫌が悪くなるから内緒にしておこう。
そんな事を思いながら、自分から離れないヘラを心地よく思う。
ユリウスはしばらくそのままで、今日限りの「妹」を優しく撫で続けた。
いつもありがとうございます!(*^_^*)
二章は後一話です!よろしくお願いいたします~
(番外編も予定してます)




