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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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15.カード&ダッシュ






 部屋は食事会場から別の部屋に移された。

 扉を開けるとうっすらと葉巻の香りし、ここがどういった事に使われる場所か大体予想がつく。

 

 室内には窓はなく、(きら)びやかな装飾品もない。

 その代わりに、いくつかのテーブルと部屋の奥側にはワインラックがあり、棚には様々なデザイングラスが入っていた。


 その他、室内にはゆったりとしたソファーもあり男爵が「そちらのソファーで勝負しますか」と言ってきたが、とても腰かける気にはならない。



 ではこちらへ。



 そう言われ、ソファーからほど近いテーブルに案内された。

 テーブルは落ち着いた深い茶色で、形はラウンド型。外側をぐるりと取り囲むように肘掛が備え付けられており、その内側にはドリンクフォルダーが設置されている。


 カードゲーム用というのは一目瞭然で、そのテーブルの真ん中にはケースに収まった毒々しい柄のカードが挑戦者を待っていた。



「お嬢さんはこちらのソファーで待っていてくれますか?」



 クライン男爵がヘラを呼び止めた。

 ヘラはこちらを見ていたが、ユリウスが首を縦に振ると、渋々といった感じで大人しくソファーに腰掛ける。

 男爵は満足そうに頷き、こちらを見た。



「勝負は三回。ゲーム内容は……そうですね、私が決めてしまうと不公平になるといけないので、貴女にも決めてもらいましょう」



 一応こちらの意見も取り入れる気はあるようだが、正直困った。


 ユリウスは私的にカードゲームをほとんどやった事がない。

 任務中、必要に応じてゲームに参加する事があるので、いくつかのルールは知っているのだが。

 あまり興味がないというか、なんというか。

 テーブルでカードとにらめっこするより、馬で駆けていた方がよっぽど楽しい。と、いうのが自分の考えで、その考え通り行動していたら、私的にカードゲームをする機会はなかったのだ。



(もはや、運だよね。これ……)



 運も実力のうちというが、自分にその実力があるか怪しい。

 私的にカードはしないが、任務の前には練習した。これで、実力が備わっていれば、ラッキーなのだが。


 ユリウスは比較的ルールの分かりやすいブラックジャックを選ぶ。すると、男爵はポーカーを選択した。

 ゲーム回数の内訳は最初にブラックジャックをニ回、最後にポーカーを一回行い、勝敗を決める事となった。



「……では、はじめましょうか」



 クライン男爵の言葉に頷き、カードを混ぜる手元を見つめる。

 こういったカードゲームにはイカサマがつきものなので、怪しい動きをしないかしっかりと見て牽制(けんせい)しなくてはいけない。しかし。



「くくく……美しい女性に見つめられるのは、いいものですねぇ」



 気味が悪い。

 こういった発言はワザとなのか、こちらが嫌がる事を楽しんでいるように聞こえ不快感が(つの)る。


 男爵は一通りカードを混ぜ、こちらにも混ぜるように(うなが)してきた。

 そして、ようやく準備ができた。



「レディーファーストです」



 そう言いながら、白々しく先にカードを引くように促してきたのでユリウスは首を横に振る。

 このゲームは先行が不利、という事ぐらいは知っていた。


 男爵はくつくつと笑いながらカードを引き、そしてユリウスもカードを引く。

 数字は七だった。

 続いてクライン男爵がカードを引き、二ィッと笑う。


 良いカードが出たのか――――そう一瞬考えて、その考えを否定する。


 賭け事に慣れている人間が、感情を面に出す訳がない。


(ヘラには圧倒的に不利なゲームだろうな……)


 ヘラは素直だ。

 私生活でも仕事でもきっと何も隠さずニコニコしている事は、この数日間一緒にいてわかっている。

 そんな彼女に賭け事のような、相手の裏をかくとかそういった事は向いていない。

 自分も得意……とは言えないが、少なくとも気を張っているうちにはボロは出さない自信はある。


 ユリウスはカードを引く。数字は六。

 


(微妙だな……)



 ブラックジャックは最終的に二十一に近いプレイヤーが勝ちになる。

 ただし、二十一を超えたらその時点で負け。

 ユリウスの数字合計は十三だ。

 カードは引いた方がよいと考えるが、九以上が出るとその時点で負けになる。

 九以上の枚数は、クライン男爵が引いていないとすればニ十枚。

 逆に八以下は、ユリウスのカードを引いて三十枚。



「さあ、貴女の番ですよ」



 クライン男爵はカードを引くのを止めない。

 その様子から、恐らく手札は小さな数字だろうと予想する。

 すると、自分が八以下を引く確率が少し下がり、どちらを引き当てるかは五分五分に近くなった。

 背にツゥ……と嫌な汗が伝う。

 ユリウスはゆっくりとカードの山に手を伸ばし、ひと思いにカードを引いた。



 カードの数字は……(いち)



(マジか……)


 ここで一とかありえない。


 一は十一が一のどちらにでもなれる。

 しかし、それは二十一を越えなければの話で、現在十三であるユリウスに十一という選択はない。

 一枚目、せめて二枚目で一が出れば、十一として勝負できたのに。


 ユリウスの数字合計は十四。

 もう一枚引くには先程よりリスクが高い。でも、勝負するには心もとない数字だった。


「……ああ、バストです」


 あれこれ考えていたら男爵が負けを宣言した。

 晒されたカードをみれば、三、四、七、十二……十以上のカードは全て十になるので、合計はニ十四。


 ユリウスはホッと胸を撫で下ろした。



 その後もう一度勝負をし、今度は負けた。



 ユリウスの手札は十八。

 これ以上引くのは危険と判断し、止めた。

 しかし、男爵の手札が二十だったので負け。


 勝負は一対一になり振り出しとなった。



「では、最後の勝負といきますか」



 男爵はそう言いながらカードを混ぜる。その後、先程と同じくユリウスにもカードを混ぜさせ、今回はポーカーなのでカードを五枚ずつ配布した。


 手札は……あまり良いとはいえなかった。


 しかし、ポーカーというゲームは心理戦でもあるので、弱い役だからと言って必ず負けるわけではない。


 ユリウスは気を取り直してカードを引く。そして、手札と見比べ要らないカードを捨てた。

 男爵も同じようにカードを引き、そして捨てる。

 この一連の流れをニ回ほど行ったぐらいに、ドサッと背後で音がした。


 ユリウスが振り返ると、何故かヘラがソファーに倒れていた。



「ヘラ!」



 名を呼んで席を立とうとしたら、何故か視界が崩れて、そのままイスへと逆戻りしてしまう。

 意味が分からずもう一度立とうとして、両足にうまく力が入らない事に気がつく。



「な、何をしたの?」



 ユリウスは揺れる視界をなんとか保ち、クライン男爵を睨みつける。

 その様子を可笑しそうに笑い、「食後は眠くなるものです」と、言った。


 ――食事に薬を仕込んだ。

 クライン男爵は言外にそういっている。


 まさかそんな事をしているとは思わなかった。

 食事はビュッフェスタイル。

 誰がどの料理を食べるかわからない状態で、薬を盛る。

 不特定多数を狙ったのは明らかだ。

 そういえばクライン男爵は見る限り料理に手をつけていなかった気がする。

 たしかワインばかりを飲んでいて。

 何故こんな事をしたのかまではわからないが、ここで気を失う訳にはいかない。


 ユリウスはドレスの上から太ももをつねった。


 多少は視界が晴れ、意識を保つ事が出来た。すると、その様子を見ていたクライン男爵が、「さあ、カードを続けましょう」と、カードを取るように促す。


 ユリウスは消え入りそうな意識を保ちながら、カードの山に手を伸ばし、賭けを続行した。


 カードを取り、一枚捨て、男爵がカードを取り、そして捨てる……。


 この一連の行動を何度したか分からなくなってきて、ユリウスの意識は限界を迎えようとしていた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 フィリップはルーイを追って屋敷に入った。

 途中、制止する声が聞こえたが謝罪しつつ追いかける。

 予定とはずいぶん違ったが、屋敷の奥へと入る事が出来たのは良かった。


 しかし、こんなに走られては屋敷を調べる事も出来ない。



「待て! ルーイ!!」



 そう叫んでも、一向に止まる様子はない。

 細長い通路を走り抜け、エントランスから離れてゆく。

 時折、道が別れていても迷うことなく一方を選ぶ。


 その様子を見て、何かおかしいと気がついた。


 ルーイは先程から迷うことなく走っている。

 同じ道を通るわけでもなく、確実に屋敷の奥へと一直線に。


 フィリップは試しに追いかける速度を落としてみた。

 するとルーイがこちらを振り返り「ワン!」と、吠える。



 ――ひょっとして誘導しているつもりなのか。



 ラフィーネ家から借りた犬が、人を誘導する。

 まさか……とは、思うが。



(ラフィーネのヘラという娘がいる場所を案内している?)



 ヘラはユリウスと一緒のハズだ。

 なのに、何故こんな屋敷の奥に……


 嫌な予感がした。



「ルーイ!!」



 フィリップは声を上げ、ついていくから走れと促す。

 まるでこちらの言葉が分かったのか、ルーイはそのまま屋敷の奥へと速度を上げる。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 意識が朦朧(もうろう)とする中、クライン男爵の怒声が聞こえる。同時に、誰かが室内に入ってきたような気配がした。



(だ、れ?)



 ゆっくり振り返ると、見た事のない色の組み合わせの男性が立っていた。

 でも、それが誰だか分かり、自然と笑みが零れる。

 男性が自分のすぐ傍まできてくれたので、胸元から書簡を引き抜いて渡した。

 すると驚いた顔をしたが、受け取ってくれる。



(ああ)



 これで大丈夫。

 そう思ったら眠気がすごく強くなって…………



「ユリー!」



 聞きなれた低音で、偽名を呼んでる。どうして、知ってるのかな。


 そんな事をおぼろげに考えながらユリウスは意識を手放した。








いつもありがとうございます!(*^_^*)

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