9.犬好きにはたまらない相手
少しだけ、軽めの戦闘シーンががあります。
苦手な方はご注意ください。
この数日間で新たにわかった事がある。
男爵のいう『幸運を呼ぶ装飾品』というものは犬の首輪である事。
その装飾品は元々犬が持っている幸運を引き出すと言われている事。
そして――……
(幸運を呼べなかった犬は、不要だって!?)
装飾品自体に効果がない事をルークから聞いていたユリウスはあまりの衝撃に思わず拳を握りしめた。
当然、幸運なんてそうは来ない。
そして、それを問いただすと「犬の器量が悪いんですね」と、他の犬を飼ってまた新しい装飾品を買う様に促される。
それを真に受けた一部のお金持ちが、犬をとっかえひっかえしている……らしい。
そんな馬鹿な事を何故信じてしまうのか……と、思ったが、ここは運悪く、というべきか。装飾品を買った後、幸運に恵まれた者もいたから。との事。
ユリウスにとって愛犬は、なくてはならない家族のような存在で、その家族を道具のように取り替えているなどと聞いて黙っていられるわけがなく――……。
(許せない! 絶対捕まえてやる!)
と、図らずとも少女と同じ気持ちになっていた。
ちなみにその情報源は。
「やっぱり、ユリーさんもそう思いますよね!!」
可愛らしい顔を膨らませ、クルンとした瞳に怒りの炎を宿し、そして鼻息荒く。
机に乗せられた手は堅く握りしめられ、橙色の髪をブワッと逆立てるように力説する少女――
少女は自分の事のように怒りを露わにし、こちらに同意を求めてくる。
もちろん、無理やり話を合わせる必要もなく。
「そう思うわ。なんとかしないと……ね? ヘラ?」
ユリウスはいともあっさりヘラと接触できた。
これこそ幸運といっても良いぐらい、とても簡単に。
出会いはユリウスが子犬を助けた事によって成される。
元々ルークから「屋敷を出て二日目以降にヘラと接触してくれ」と言われていて、その間を情報収集にあてつつ、ヘラとの接触機会を窺っていた。
まあ、どういう方法を取るにしろ「偶然」を装って接触するには変わりはなく、どういった場面にするかはヘラの行動を見て考えようと思っていた矢先。
ユリウスの目の前で事が起ころうとしていた。
大通りから外れた細い裏道。
その片隅に置かれた段ボールの中から、男が子犬の首根っこを掴みニヤニヤと笑っていた。
拾って面倒を見よう。
そう考えているとは、とても思えない表情に見過ごすという選択肢はなかった。
「止めなさい」
ユリウスは男に近づき、なるべく低く聞こえるように声を出す。
普段の姿なら制止するだけで、男は逃げ出しただろう。しかし、今日はワンピースを着た女性の姿。男はこちらを見て笑った。
「なんで止めなきゃならない? ……が、あんたが相手をしてくれるなら考えてやってもいいぜ」
ゴロツキ一歩手前。
そんな印象を与える男は、へらへらと笑いながら子犬を一匹投げてきた。
すかさずユリウスはその子犬を抱きとめる。すると、男が大笑いした。
「そんなに犬が大事なら、こっちに来いよ」
使い古された誘いの文句。
こういうセリフも古参が使えば様になるし、罠の張りようもある。
ただ、目の前の中途半端に悪がっている奴にそんな知恵が働くとは思っていない。
――油断するな。
もちろん、わかってる。
今日は剣も持っていないし、服装も戦いには不向き。
ユリウスは近づきつつ、辺りの気配を探る。
思った通り仲間らしき気配を感じる事はなく、相手が一人だと再確認する。
「初めの勢いはどうしたのかな? お嬢さん」
小馬鹿にするように男が言う。
そんな安い挑発に乗るわけもなく、ユリウスは羽織っていたカーディガンを胸の下でギュっと結び、子犬を入れる。
子犬が胸の前で顔を出し「わん!」と、吠え、その姿はとても愛らしいのだが、今はにやけている場合ではない。
「おお、優しいね、俺にも――……っ!!」
あまりに品のない事を言いだしながら近寄って来る男に足払いをかけた。
体勢を崩したところ壁に押しつけ、ユリウスは肩からのしかかる。
素早く飾りベルトで手を縛り、足払いをかけて地面へと押しつけた。
この間数秒。
男にしてみれば、いきなり壁とキスして驚いた瞬間、今度は地面にキスしているのだからもう、何が起こったのか分からなかっただろう。
そんな男にユリウスは一言告げる。
「私、優しいでしょ?」
実際、地面に押し付ける時はうまく衝撃を逃がしてあげたのだからウソは言ってない。
ただ、男はそんな事を知るはずもなく。
そのままぐったりとして伸びてしまった。
さて、どうしようかな。
そう思った時に背後から気配がした。
『誰』
と、声を上げずにその姿を見て息を飲んだ。
姿絵と変わりない姿の少女がこちらを見て、立ち止まっている。
正直このタイミングはマズイと思った。
どうせなら逆の立場で助けてあげるとかだったら、ベタだけどいい場面かもしれない。
あ、ならこのまま助けを求めて……。
と、そこまで考えていると「すごーい!!」と、声が上がり、少女が近づいてきて……
「どうして、子犬をいじめたりするんでしょうね!? 意味分かんないです!」
「そうね、あんなに可愛いのに」
犬の話で意気投合した二人は、「偶然」にも出会ってしまった。と、いう訳だ。
そんなヘラから「実は犬を使って酷い商売をしている人がいるんです!」と、明かされるまであまり時間がかからなかった。
(変装とか苦手って、ルークが言っていたけど……)
変装どころか、この調子じゃあ隠し事はできないと思う。
あっさりと自分に心を許したヘラは人懐っこくて可愛いが、人の悪事を暴くなんていう仕事は向いていないと断言できる。
「『悪い事は止めてください! 犬が可哀そうです!』って私、伝えたんです! でも、ちっとも聞いて下さらなくて……」
見事な正面突破を仕掛けたようだが、玉砕した……との事。
(そりゃ、そうだよね……)
なんの証拠も持たず、『あなたの商売は悪いから止めてくれ』と言って、『はいそうですか』と引き下がるハズがない。
「証拠……は、その、『ない』んですけど、絶対嘘じゃありません!」
さすがに自分は獣人で、被害にあった犬から直接聞きました! とは言わなかった。
……しかし、これじゃあ埒が明かないのも頷ける。
ユリウスが「ヘラの言う事を信じるわ」と、伝えると、ヘラは目を輝かせて「ありがとう! ユリーさん!!」と、手を握ってきた。
その時の満面の笑みといったら。
嬉しい気持ちを全身で顕わしてお礼を言う姿は、犬の姿ならきっとしっぽを沢山振ってくれているにちがいなく、その姿を想像するだけで顔が緩む。
とりあえずこの笑みを向けられたという事は第一関門を突破したといって良いだろう。
これでヘラの側にいられる。
ひとまずルークとの約束を果たせそうで、ユリウスはホッと胸を撫で下ろす。
ただ、予想以上に……
(ヘラって、すごく突進型……)
この元気のいいヘラをどうやっておとなしくさせるか、という事にも頭を悩ませそうだ。
「ユリーさん! さっそく悪の親玉を見に行きましょう!!」
声高々に宣言するヘラを周りで食事をしていた人が、ギョッとした顔で見る。
(あちゃ……)
さっきからチラチラ見られてはいたが、これはマズイ。
ユリウスはヘラを諌め「調べる時は目立たないようにしないと」と、アドバイスを入れる。すると、ヘラは何度も頷き、ニコッと笑った。
ルークを虜にしている笑顔を満喫しつつ、ユリウスはこの仕事の条件が『女性に限る』だった事を思い出し顔がニヤけそうになる。
(独り占めしたいんだろうな)
姿絵を大切そうに持っていたルーク。
その瞳は初めて話をした時のツンっとした表情からは考えられないような甘さがあった。
まるで宝物を愛でているようなそんな瞳。
宝物を任せるのだから、自分でその相手を試したくなるのもわかる。
からかわれたり、ちょっと意地悪な事もされたがそういう事ならまあ、しかたない。
「じゃあ、もっと情報を集めて作戦を考えよう?」
「はい!!」
ユリウスは自分に懐くヘラを可愛く思いつつ、彼女が悪の親玉というクライン男爵を見に行く事にした。
クライン男爵の屋敷は程良い立地にあった。
どちらかというとマルシェ寄りにある屋敷は、外から見た様子ではセクト家の二倍はありそうだ。
庭は手入れの行き届いた芝生に、花壇は脇にある。
犬を連れて入る事を想定しているようで、広い庭には障害物になるような物――たとえば噴水とか――は、置かれていない。
代わりに、犬用の遊具が設置かれており、ここで客人の犬を遊ばせるのだろう。
……正直、羨ましい気がする。
「ユリーさん! あの遊具が人気なんです!!」
そう言いながらヘラが指差したのは木材で作られた橋のようなものだった。
高さは人の肩程度で、不安定なつり橋を走って遊ぶのだとか。
たしかに、物怖じしないヘラとかは喜んで駆け抜けそうである。
(ラッシュはどうだろうな)
高い所が好きかどうかは試したことがないのでわからない。
ああ、でも苦手だったとして、私が反対側にいたら勇気を出して来てくれるだろうか?
そんな事を考えるとニヤつく自分がいる。
現在、ユリウスとヘラはクライン男爵の屋敷が見える位置にしゃがみ込んでいた。
丁度、目隠しになるような植木がありそこの間から見ているのだが。
ヘラの声が大きいので、その度に「しーっ」と言いながら、ユリウスはこの場所がいろんな意味で死角になっている事に感謝した。
「あ、ユリーさん! あいつです! 悪の親玉は!!」
ヘラの声を聞き、姿勢を低くする。
広い庭を歩く男性が一人。側には、黒っぽい中型犬がいる。
クライン男爵は田舎の男爵と聞いていたが、その割に堂々とした態度は板についている。
中肉中背、背は男性の中ではそんなには高くないが自分よりは高いだろう。
顔は面長で全体の印象は眼鏡のせいか、お高く止まっていそうな感じがする。
「……そして、隣にいるのがオルマです!」
ヘラはそう言い切って、しまったという顔をした。
何故自分がクライン男爵の犬の名前を知っているのか、いい訳ができないからだろう。
ヘラが「ええっと、あの、その……」と、困っていたのでユリウスは「よく調べたね」と、助け船を出した。
「そ、そうなんです! がんばったんです、あたし!」
ちゃんと乗っかてきたので、心の中でホッと胸を撫で下ろす。
ユリウスは改めてオルマに視線を戻す。
オルマはクライン男爵の後ろを歩いていた。
なんだか、「とぼとぼ……」と、いう音が聞こえてきそうなぐらいションボリしているように見える。
「なんだか、元気ないね」
そう言うとヘラは悲しそうな顔をした。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!
別件ですが、短編(ご学友シリーズ)を昨日投稿しました。
お暇がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)




