22.魔法を解いて
いつもより少し長めです。
「……リリア、そろそろ確認を続けたいのだが」
リリアが泣き出してしまってから暫くした後。
すっかりゆるゆるになっていた空気はなんだかほのぼのしていた。
ただ、一番重要な事を忘れていたわけではない。
空気を引き締めたフィリップがリリアを見る。
ユリウスも同じようにして見つめると、リリアは泣き止みこちらを見た。
確認の再開だ。
「ここ数年、我が国で不思議な現象が起こった」
フィリップが事実の再確認を始める。
「それは、成長が極端に遅くなるというものだ」
クーウェルが黙って耳を傾けていた。
「症状が出ているのは、金髪碧眼の子供」
ユリウスはノアを見る。
「その子たちに君が魔法をかけた?」
フィリップの問いに、リリアがしっかりと頷いた。
その姿を確認し、続ける。
「では、その全員の魔法を解いていただきたい」
成長が止まってしまった子供の解術。
これこそが自分たちの最大の目的だった。
思えばフィリップ自体は数年も前からその事について考えていたのだ。
藁をも掴むような情報の中、ようやく辿り着いたリリア。
魔法を解いてもらわないと、この案件は決着がつかない。
フィリップがリリアを見据えた。
それは断ることなどできない無言の圧力を感じる。
ただ、リリアは返事をする事無く、困った表情を浮かべた。
その表情が何を意味するのか理解できなかった者は恐らくいない。
リリアは「私では解く事が出来ないのです」と、言い、詫びるように目を伏せる。
「では、どうすれば?」
「フィル、忘れたか?」
問うフィリップに、沈黙を保っていたクーウェルが返事をした。
「何を?」
「解術は、キスだ」
クーウェルの言葉を聞いて、反射的に一歩後ずさった。
背中には何故か冷や汗が伝ったような感触。嫌な予感がする。
クーウェルの提案は自分にとって、ロクな事が無かった。
リリアをおびき出す為に、令嬢とデートをさせられたのは記憶に新しい。
しかしながら、その提案は考えられる作戦の中で一番有効だったし、且つ、結果としてリリアを捕まえる事ができたので文句も言えない。
(そう、文句が言えない)
それが一番、達が悪い。
「ユリス、聞いてるのか?」
クーウェルが話しかけてきた。
そちらを見ると、もれなくフィリップとリリアもこちらを見て事に気づく。
「えっと……」
ユリウスは二の句がつげない。
……が。
「ユリス、頼む。リリアの為に」
「ユリスさん、後一人なんです」
「…………」
畳み掛けるように二人が言葉を紡ぎ、フィリップは沈黙を保った。
ユリウスはおそるおそる聞く。
「……本気?」
「マジだ」
「本気です」
勘が当たってうれしい、なんて事は全くない。
どうしてこうなる?
最初と話が違うじゃないか!
「他に方法はないのか?」
フィリップが助け舟を出してくれた。
デートまでは良くても、さすがにキスはかわいそうとでも思ってくれたのかもしれない。
持つべきものは幼馴染だ。
しかし、妖精二人は首を横に振る。
「他の王子と姫を探すには時間がかかる。今、ユリスにキスしてもらった方が、一番」
「ユリスさんの祝福を受ければ丁度、五十人目。そうすると、私は元の姿に戻れると同時に、他の方の魔法も解けます」
ユリウスは無言を貫いた。
激しくまずい方向に話が向かっている気がする。
これは口を挟んだ方がいいのだろうか?
それともしゃべっただけ、まずい方向へ納得させられるのだろうか?
三人のやり取りを見ていると、クーウェルがふわりとフィリップの耳元に止まった。
何かを話しているようだが、耳打ちなので当然聞こえない。
まさか助け舟を出してくれたフィリップから落とす気なのであろうか?
「…………ん」
背後からうめき声が聞こえた。
振り返ると、ノアが薄らと目をあけている。
ゆっくりと首を左右に動かし、場所を確かめているようだ。
途中、ノアがこちらに気がつき、声を上げる。
「ユリウス様!」
この可愛らしい声が今、一番聞きたくないなんて。
ユリウスは迫る危機に一歩後ずさる。
「ユリウス様、そちらの方は……?」
ノアが小首を傾げ、三人の方へ視線を向けた。
視線の先には第二王子と妖精二人。
とてもじゃないが、事実を伝えても信じてもらえる気がしない。
そもそもフィリップは変装しているので、いつもの姿ではなかった。
クーウェルに至っては虫にも見えるし、リリアは魔女の姿なのでもはや説明すら思いつかない。
自分が返答できずにいると、フィリップが一歩前に出た。
「私はフィリップ=ヴァン=アスタシア。今は変装していて分からぬかもしれないが……」
そう言ったフィリップを見て、ノアが顔色を変えた。
「え? フィ、フィリップ殿下!? これは、大変ご無礼を!」
慌てて頭を垂れるノア。
フィリップの態度は王族特有の威厳があった。
どうやらそれを感じ取ったらしい。
ノアは頭を垂れたまま動かなかった。
「そんなに緊張されるな、ヴァーレイ嬢」
フィリップがそう言うと、ノアは「は、はい……」と、小さく返事をした。
「簡潔に説明するが、ヴァーレイ嬢、そなた妖精の魔法にかかっているな?」
「!!」
ノアの表情が固まる。
その顔が事実だといっていた。
小柄なノア。
たしかに女性の中でも小柄だと感じていたが、それは魔法のせい。
そう思うと、聞いていた事とはいえ、改めて魔法というものの怖さを感じた。
フィリップは表情を変えない。
思っている事を表に出さないその姿はさすがだった。
「もう、隠しだてする必要はない。解術方法もわかっている」
「解術方法も、ですか?」
「左様。魔法をかけた本人から聞いた」
フィリップがリリアに視線を向け、次にこちらを見る。
「解術は、こちらの騎士ユリウスからのキスで完了する」
(なっ!!)
ユリウスは目を見開いた。
発言したフィリップは感情を面に出していない。
だから、何を考えているのか分からなかった。
「ユリウス様からのキスで……」
ノアが頬を赤らめる。
瞬間的に背筋が冷えた。
それは決してノアが悪い訳ではない。
自分が本当の王子だったらどんなによかったか。
物語のような事が起こり、自分のキスで魔法が解ける。
あこがれではあるが、自分は男装女。
女性へのキスは勘弁してほしい。
「ヴァーレイ嬢の準備ができ次第、執り行う。いいな? 騎士ユリウス?」
フィリップは威厳ある王族の態度でこちらを見る。
その表情にはユリウスの気持など推し測る様子は無かった。
(う、裏切り者~!!)
心の中で叫んでも、自分に拒否権などあるはずもない。
そう。返事は一種類のみ。
「……仰せのままに」
ユリウスは泣きそうだった。
ノアはすぐ準備が出来たと言った。
王子であるフィリップを待たせるのを躊躇ったのかもしれない。
「よし。わかった、早速解術をしよう」
「殿下!! じ、女性を急かせるものではありませんよ!」
ノアの事を盾にして時間を稼ごうとするのが、なんとも情けなかった。
ユリウスは一歩後退する。
心の準備なんて全くできていない。
しかも、何が悲しくて、幼馴染みの前で女性にキスしなくてはならないのか。
せめて。せめて、誰にも見られたくはない。
「私は大丈夫です、ユリウス様」
ノアはそう言ってユリウスの方へ近づく。
「いや、その、あの……」
(ひ、ひええ……)
男の格好をした自分がしどろもどろになる姿は情けないけれど、取り繕う余裕などなかった。
「覚悟を決めろ、ユリウス。ヴァーレイ嬢、そこで待ってくださいますか?」
フィリップがユリウスの腕を掴み、ノアの前に引っ張り出す。
まるでこちらの胸中など気にしない行動に腹が立った。
腕を掴むフィリップを見上げる。
ノアの手前、睨みつけるわけにもいかず、せめて視線で文句を言いたかった。
しかし見上げたフィリップとは視線が合わず、それどころか何故か顔に赤みを帯びている気がする。
(なんでフィーが赤くなるのよ!!)
キスしなきゃいけないのは自分だ。
それを想像して赤くなっているなら殴らなきゃ気が済まない。
もはや初心とかそう言った言い訳を許す気などなかった。
目を合わせないフィリップから、視線を前に戻すとノアは静かに眼を閉じた。
その姿を見て、ユリウスは本格的に泣きそうになる。
「じゃ、解術だ」
ニヤリと笑みを浮かべたフィリップが、どう見ても楽しんでいるようにしか見えない。
(こいつ!!)
ユリウスはキッとフィリップを睨むが、相手は涼しい顔のまま。
それどころか、腰の引けた自分の頭を後ろから押さえた。
なけなしの強がりも吹っ飛び、涙が浮かぶ。
フィリップが添えた手に力を込めた。
押し出されるように歩みが進む。
そして。
(え???)
突然すぎて、意味が分からなかった。
自分に触れる温かい感触が、一体なにを意味するのか。
状況の把握が追いつく前に、フィリップがユリウスから顔を離し、すぐさまノアの額へキスをする。
その瞬間、後ろで何かが爆ぜた。
振り向くと先程までリリアが立っていた辺りに銀粉が舞い、その中心に小さな人影が見えた。
青白かった顔には赤みがさし、黒よりも暗い漆黒の髪は煌めく黄金に。
深い緑のローブは跡かたもなく、その身を包むのは柔らかな桃色のドレス。
腰まで伸びる黄金の髪と桃色のドレスから覗く羽根は僅かに青みを帯びている。
リリアの魔法が解けたのだと理解した。
しなやかな手が伸びた先にはクーウェルがいる。
お互いの指を合わせ、そっと。彼はその手を優しく包み込む。
リリアが穏やかな笑みを浮かべた。
その瞳はクーウェルのみを見つめている。
彼も同じようにリリアだけを見ていた。
(お似合いじゃない)
ふと視線を感じた。
見れば、リリアの青い瞳がこちらをとらえている。
ユリウスは吸い込まれるように一歩前に出た。
微笑む二人が手を振り上げ、柔らかく舞う様に踊る。
翡翠色と青を含む銀粉が混じり合い、こちらへ流れてくる。
反射的に手を伸ばした。
すると銀粉は踊るように手に近づき、そっと触れる。
『ありがとう』
心に響く声は温かくて、安らかで。
全てがうまくいったのだと思えるような、万感の思いが胸を満たす。
ユリウスは視線を戻す。
「どういたしまして」と、笑顔で伝える為に。
しかしそこにはもう誰もいない。
驚いて手を見たら、最後の銀粉がふわりと消えた。
今回もお読みいただきありがとうございます!(*^_^*)




