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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
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16. 作戦開始!

今回は途中で視点が変わります。

 





 ユリウスは早速ノアに手紙を書いた。

 今度いつ会えるのか。

 会えたら、今度は郊外へ行こうと。


(まさか自分から誘いをかける日が来ようとは……)


 いくら普段男装しているからって、それはない。

 ユリウスは遠い目をした。なんか、大事なモノを失った気分になる。


「なんだユリス。元気ないな」


 のんきな口調でクーウェルが話しかけてくる。

 『人事だと思って!』と、いつもならツッコミを入れるところだが、今日はそうしない。

 

 ユリウスはクーウェルに『察してほしい』と期待する事をやめていた。

 それはもう今までの会話で無理だと悟ったからだ。

 

「クー。もしアンタが、男とデートしないといけなくて、自分から誘いの手紙を書いたらどんな気分?」

「想像したくない」

「正直でよろしい」


 クーウェルの物言いはストレートだ。

 言い含んだ様な表現はせず、少ない言葉で確実に気持ちを伝えてくる。

 それは時に冷たく聞こえる事もあるが、言葉に裏も表もないだけ。

 実に爽快であった。


「ユリス、まだノアには会わないのか?」


 クーウェルがまた話しかけてきた。

 腰かけたクッションから放り出されている足をパタパタさせている。

 まるで暇を持て余している子供みたいだ。



「今日、手紙出したばっかじゃない」

「いつ返事来る?」

「まあ、早くて三日じゃない?」

「ふうん。そんなにかかるのか」

「直接渡しに行けばもっと早いけど」

「それはいい案だ!」

「ごめん。それだけは勘弁して」


 

(こんな手紙を直接渡すなんて無理)


 恥ずかしいにも程がある。

 もしそんな事になったら、本気で逃げたい。


 ユリウスの回答を聞いたクーウェルは「なんで?」という顔をしていた。

 やっぱり思った事が顔に出やすい。


 クーウェルの物言いはストレートで爽快。

 ユリウスにとってそれは好ましい事だ。


 ただそれは、裏を返せば深く考えていないという事に……?


「妖精って、みんなクーみたいなの?」


 ユリウスは思わずそんな事を訊ねていた。

 それを聞いたクーウェルは、むぅっとした表情を浮かべる。


「……なんだか、馬鹿にされている気がするぞ」


 珍しく、何かを『察した』ようだ。

 そんな怪しむようにこちらを見上げるクーウェルも面白い。



「いやいや気のせいですよクーウェルさん」

「ますます怪しいぞユリウス」



 ユリウスはクーウェルの反応を楽しみつつ、作戦の日を待つ。




 そして、時は流れ三日後。

 予想通りノアから返事がきた。

 手紙を確認すると、OKの返事と希望の日にちが書いてあった。

 すぐに手紙を書き、最短の日にちを約束する。


 

 

 こうして、リリア捕縛作戦は幕を開けた――






 作戦当日――――天気は薄曇り。

 パイ生地のように薄くのびた雲が、初夏の日差しをほんの少し遮ってくれていた。

 

 ユリウスはこの天気に感謝する。

 初夏と言えど、快晴の時は暑い。そんな中、緊張する作戦など暑苦しい以外に何物でもなかったからだ。

  

(やっぱ勘弁してほしい)

 

 ユリウスは始めっから心が折れかけていた。

 

 クーウェルの作戦はいいと思う。

 こちらが解決しようとしていた、妖精の悪戯を止める事が出来るし、クーウェル自身もリリアに会うという目的を達成できる。一石二鳥。

 

 しかしながらそれが、自分とノアのデート現場で行われるという事が、なんとも耐えがたい。

 チラリと、背後を見やると感じ慣れた気配が後をついて来ているのが分かる。


(幼馴染みに女性同士のデートを観察されるってどうよ)


 最近、不条理を感じる。

 なにか、悪い事でもしただろうか?


「ユリウス様」


 可愛らしい鈴の鳴るような声が自分を呼んだ。


「行きましょうか? ノア嬢」


――可能ならこの役を誰かに譲りたい。


 そんな、叶えられる事のない願いを心に描きつつ、ユリウスはノアと歩き始める。






 同じ頃、同じ場所にて。



「いくぞ、フィル」

「ああ」


 クーウェルの言葉に短く返事をし、フィリップは二人の後を追う。


 今回の作戦に参加しているのは、ユリウス、クーウェル、そして自分。

 捕獲する相手が妖精という不思議な生き物である為、参加する人間を増やさなかったのだ。


 令嬢は巻き込んでしまって悪いとは思う。

 しかし、妖精相手では替え玉が出来ないと聞いた以上、この方法が最速であり最善だと思った。


 自分達がする事は二人を見守り、リリアを捕まえる事だ。


 しかしながら。


 フィリップはぎこちなく歩くユリウスと、小柄な令嬢を見て複雑な思いをしていた。



(なんで、こんな姿を見なきゃならんのだ)



 作戦の有用性は理解している。

 ユリウスだって断腸の思いで令嬢とデートしているに違いない。

 そして、それをこっそり見守る自分。

 はっきり言って気分のいいものじゃない。


「なんだフィル。怒ってるのか?」


 耳元で声がした。

 クーウェルが肩に止まっているようだが、位置が悪い。


「クーウェル、耳元でしゃべるな」


 そう言って、胸ポケットを指差す。

 こっちに隠れろという意味で。

 しかし、クーウェルは目の前に現れ、



「そう言えば、ユリスも耳元で話すの嫌がってたな」



 と、聞き捨てならない事を言い放った。


「……お前そんなことしたのか?」


 つい、冷たさを含む言い方になってしまう。

 けれども、クーウェルは何も感じていないようで。



「ユリスが朝起きないから」



 ケロッとした口調でそんな事を言う。

 そのセリフに嫉妬めいたものを覚えるが、クーウェルに意図がない事ぐらい分かっていた。

 ただ、こちらの不機嫌は察したのか「ふふん」と、クーウェルが笑う。


「ユリスは耳元で囁くとビックリするぞ。試してみろ」


 まるで面白がっているかのような口調。

 フィリップは無言でクーウェルのほっぺをつねり、頭の上に放り投げた。



「いたい! フィル! 折角いい事教えてやったのに!」

「いい事じゃないだろう。ユリウスをからかうな」

「なんだ。独り占めしたいのか?」

「うるさい」



 全く。思いついた事をポンポンしゃべりやがって。

 

 この妖精は正直すぎる。

 だからと言って、嫌いじゃない。むしろ、好ましい。

 王城という場所で暮らしていると、こんな風に話してくる奴はまずいない。

 せいぜいユリウスが軽口を叩くぐらいだ。



「ふん。折角、お前の事を思って内緒にしていたが、バラしてやる」



 いきなり、クーウェルがそんな事を言った。

 頭の上で肘でも立てているのか二か所に僅かな重さを感じる。

 およそ、寝転がって頬杖でもついているのだろうか。


「フィル、お前は気づいているか?」

「何を?」

「ふん、気づいてないのか」

「だから、何がだ?」

「ノアの事だ」

「令嬢の?」


 クーウェルが頭から飛び立ち、再び目の前にやってきた。

 その顔は意地悪く笑っている。



「ユリスが王子であって王子じゃないように、ノアも姫であって姫じゃないぞ」



 真っすぐな物言いのクーウェルとは思えない、何かを含んだ言い回し。

 それがクーウェルの嫌がらせだとわかった。

 

 しかも、嫌がらせは言い回しだけではない。

 今この瞬間でそれを知ると言う事は、自分にとって嫌な事でしかなかった。


「クーウェル……。もしお前の言った言葉を俺が正しく理解できているのなら……」


 フィリップは嫌な笑みを浮かべるクーウェルを疲れた表情で見返す。



「お前の嫌がらせは地味に効いているぞ」



 そう言うと、クーウェルは「ふふん」と鼻で笑う。



「フィルが俺をいじめるからそうなるんだ」



 まるで子供の様なセリフ。

 しかし、この妖精を侮ってはいけない。


 フィリップは溜息をついた。

 今始まったばかりの尾行をこんな気持ちで見守らないといけないなんて。

 地味な嫌がらせはしばらく自分を苦しめそうだ。






今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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