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第57話 聖女様は必ず返礼を致します

 王子と護衛の女は倉庫みたいなところに入っていった。そして出てくる様子もない。ここが街での行動拠点のようだ。

 先行した班を率いていた小頭は状況を踏まえ、そう判断した。

 

 今までの動きから内部にトラップを仕掛けているのは確実だが、この場所の大きさを考えればそんなに数を仕掛けられるとは思えない。

 そして王子たちの身のこなしは驚くほどだが、だからといって戦闘術に長けているかどうかは別問題だ。むしろ建物に逃げ込んだことで、向こうの一番の武器である逃げ足は発揮できなくなった。襲撃には好都合と言える。

 今いる六人で一斉に打ち込めば、半分はやられても残りで王子を討ち取ることはできる。小頭はそう考え、少し悩んだ末に今の手勢で強襲をかけることにした。




 そっと壁伝いに戸口に寄り、両側からタイミングを合わせて扉を蹴破る。

 扉は驚いたことに鍵がかかっておらず、蹴っただけで勢いよく中へ向けて開いた……だがこれが罠だとしても、中へ入るしかない。

「気を付けて行け!」

 小頭の指示を背中に聞きながら、一番手が近所で拾った板を盾代わりに飛び込む。間髪入れずに二番、三番が続く。

 中で扇形に広がった三人は全方位からの攻撃に備え……そしてすぐに叫んだ。

「いません!」

「ちっ! やはり抜けだしたか」

 四番手で入った小頭がさっと室内を確認し、忌々しげに呟いた。

 本隊の到着を待たずに危険を承知で拙速に打ち込んだのは、まさに秘密の脱出ルートがあるのを疑ったからだった。どうやらその考えは当たっていたようだ。


 室内にはまだ多数の人のいた気配が漂っていた。

 こちらの到着時間から考えても、そんなに先までは行けていないだろう。抜け穴の先を確認し、どのあたりへ抜けたのかを見極めなければ……彼がそう思ったところへ。

「ずいぶんごゆっくりの到着だな」

「!?」

 いきなり少女に声をかけられ、思わず全員が振り向いた。倉庫の隅……木の棚の陰にいつのまにか、小汚い少女が一人だけ立っている。

 身なりと言い背丈と言い、さっき王子と一緒に逃げていた先導役に間違いなかった。

「こんにちは」

 ニヤニヤ笑いながら呑気に挨拶までしてくるその姿には、緊張感のかけらもない。六対一の状態なのに全く余裕な態度だ。

 隠密行動を専門とする彼らに一泡吹かせたのだから、確かに初手は彼女の作戦勝ちと言える。勝ち誇るのも無理はなかった。

 

 だが。

 不意を突かれてバカにされたとはいえ、彼らとてこれを生業にする自負と経験がある。訓練の行き届いた一同に隙を突かれた動揺は無く、即座に各自が判断して水も漏らさぬ配置に動いた。

「口がきければ手足ぐらい構わん」 

 小頭の指示に、全員が一斉に間合いを詰め始める。

 この女がどれほどの腕利きであっても、このシチュエーションで数の優位は崩せない。戦力を小出しにした王子側の失策を、小頭は逆転の契機と見た。

 そんな彼らの動きを見て、少女は面白そうな表情で眉を跳ね上げる。即座に反撃に移る男たちを見ても全く動じていない。

 そして、ひとこと言い放った。

「では、さようなら」


「逃げろ!」

 女の言葉が終わりきらないうちに小頭は叫んで飛びのいていた。

 何をするつもりなのか、小頭にわかったわけではない。ただ、嫌な感じの笑みに彼は本能で危険を感じたのだ。

 そんな小頭の直感は正しかったとすぐに証明されることになる。

 ……残念ながら、間に合わなかったが。


 少女の合わせた掌が青白く光り、広げた手の間から眩しく輝くいびつな棒が現れた。そして彼女は現れたソレを素早く振りかぶり……。

「これをやるのも二回目かあ」

 場にそぐわない呑気な声で感想を呟きながら、彼女はすぐ脇の支柱を勢いよくぶっ叩いた。




 壁越しに伝わってくる派手な振動と破壊音、そして断末魔の悲鳴を聞きながら……ジャッカルたちギャング団の面々は沈痛な面持ちで、思い思いに鎮魂の聖印を切った。アレを身を以て体験した立場としては、敵とはいえココに目を付けられた不運な彼らの冥福を祈らずにはいられない。

 音はしばらく続いたが、悲鳴が途切れる頃には樽が転がりまわる衝突音も静かになった。

 鎮まったと見たセシル王子がジャッカルに顎をしゃくる。

「よし、行け!」

「……俺が先頭っすか?」

 ごく自然に使い立てしてくれる王子に言いたいことを口の中で呟きながら、ジャッカルはアジトの中を恐る恐る覗き込み……その惨状に目を覆った。

「やっと……直したのに……」

 自慢の我が家(アジト)は、何か月か前の惨劇の時と同様にメチャクチャになっていた……。

 また、再建に一か月ぐらいかかるのだろうか。かかる手間と苦労を考えると、既に一回経験済みなだけに想像しただけで気が遠くなる。

(俺が何をやったって言うんだ……)

 敢えて言おう。今日の騒ぎは俺、全く無関係じゃないかよ……。


 そんなジャッカルの所へ、予想通り一人無傷なココがトコトコ戻ってきた。

 絶望にさいなまれて膝をつく古馴染みを見て、全く深刻さの無い陽気な笑顔で彼の肩を叩く。

「物で済んでよかったじゃないか。生きてさえいれば、人間きっとやり直せる」

「そりゃおまえは壊すだけだから何とでも言えるけどな!?」

 まるっきり他人事な主犯のココに、ジャッカルはもう涙が出てきそう。


「よし、さっさとふんじばって括っておけ! 袖や裾にナイフを隠しているかもしれん。ちゃんと確認しないと逃げられるぞ!」

 何故か王子に命令されながら、ギャングたちはわらわらと刺客の捕縛にかかった。




 ココが頭数を数えて首を捻る。思ったより少ない。王子に顔を向ける。

「おいセシル。これだけじゃないよな?」

「そりゃ間違いないな。これで全員なら、もっと慎重な攻め方をしたはずだ。本隊は今から追いついてくるんだろう」

 セシルもココに同意した。そう考えないと、作戦的におかしい。

「そうか」

 王子様の見立ても同意見だったので、ココも納得して頷いた。そして“聖なるすりこぎ”を気合を入れて一振りする。

「ふむ、やはり私が本気を出さないとならないようだな」

「……」

 しばらく黙った王子はココから視線を外すと、跡形もなくなった棚の跡地を眺めて肩を竦めた。

「刺客ども、きっと地獄を見ることになるな……」

 

 

   ◆



 王子たちを発見したはずの第一陣が六人全員行方不明になった。

 もう人目も気にせず道を駆ける頭目たちはその知らせを聞き、色を失う。

「まだ人数がいるということか!?」

「護衛が戻ってくるのが間に合ったとか? だがあの程度の腕なら六人も始末するなんて……それだけ大勢で来ているのか!?」

 口々に悲観的な見方を囁き合う部下たちを、頭目は怒鳴りつける。

「だからなんだ! こちらにはまだ十人以上いるんだぞ。十や二十の騎士なんぞ、市街地での遭遇戦ではこちらの敵ではない!」

 騎士たちは基本的に、野戦で正面から堂々と戦うことを想定している。不意打ちで攻めてくる暗殺者とゲリラ戦をするようには訓練をしていない。

「とにかく標的(王子)に脱出される前に始末を付けろ! それだけできれば、後はどうとでもしてもらえる!」

「はっ!」

 

 この任務、既に半分瓦解しかかっている。

 王子の捕捉に失敗し、民衆に見えるところで動く羽目になり、既に部隊の半分は脱落した。先発隊がどうなったのかも分からない。本来なら殺されたなら殺されたで、人知れず死体を処分して痕跡を消さなくてはならないのだが……そもそも消息不明になった現場も把握できていない。

 だからとにかく、王子の暗殺だけは完了させなくてはならない。それだけできれば揉み消せる。彼らの後ろにはそれだけの力がある。

 そう自分で信じ込まないとやっていられない精神状態で、頭目以下の刺客たちは貧民街を走り回って王子を探していた。

 そんな彼らの不安と焦りがピークに達した時。


「お頭!」

 別の通りを捜索していた部下が叫ぶ顔を見て、頭目は王子のしっぽを掴んだことを悟った。

 周囲の者と駆けつけると、追跡者に気が付いた王子と部下らしい女が脱兎のごとく走り去ろうとしているのが見えた。間違いない。

 護衛が救援に来るまで隠れているのではなく、人通りの多い王都のメインストリートまで出れば襲撃もなく王宮にたどり着けると思ったのだろう。もうちょっとで下町を抜けられるところだった……危なかった。

 頭目は自らも剣を抜きながら部下に叫ぶ。

「集合させろ!」

「はっ!」

 かん高い呼子(ホイッスル)の音が下町に響き渡る。それは本来この任務では聞くはずのない、先行きの不安を感じさせる不気味な音色だった。

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[気になる点] ■第57話 聖女様は必ず返礼を致します ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 〉迷惑をかけたジャッカルたちにご褒美(いいもの)を何かあげるのかと、誤解しました。 …
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