第49話 聖女様は自分の使命について考えます
相変わらず、この女神の言うことは嘘か本当か判らない。
それに加えて言葉に輪をかけて態度も不真面目で、ココとしてはコイツをどうしても敬う気が持てない。本物の神様だと判っていても。
それって信仰を集める神様としてどうなのかなとココは思う。ゴートランド教はこの世界で一番大きな宗派なのに、そこの女神様がありがたみが無さ過ぎる。もっと信徒に寄り添う神であるべきじゃないのだろうか。
なによりココ個人の意見としては、このヒトをからかっている感じが王子を思い出してしまって気にくわない。
(でも、きっと……)
それについて追及するのは無駄なのだろう。
ココが見るところ、女神は自分に対して敢えてこういう態度で通している気がする。それが何のためなのか判らないけれど、多分この先の未来についてココにも話したくないことがあるのだろう。
女神の女神らしからぬ態度に、ココは薄々そんな意図を感じていた。
だから直球で訊く。
「今の話だと、私は何か用があって任命されたんだな?」
ココちゃん敢えて空気を読まないのは得意なのだ。
『ズバッと来ましたね』
「おまえ相手に駆け引きをやっても無駄な気がするんだ。こういう態度のヤツって、目的と手段を混同しやすいからな」
からかって遊んでいるうちに本末転倒してきて、掌で転がしていること自体が楽しくなってきちゃう。王太子から嫌と言うほど学んだ経験則だ。
「おら、ツッコんでやらないからとっととしゃべれ」
『つまんなーい』
ブーブー不平を言った女神は、やや表情を改めて首を横に振った。
『今この時、あなたが聖女である必要があった。それは間違いありません。……ですが残念ながらまだ、その内容を話す時ではありません』
「何かやれって言うなら先に用件を聞いておきたいのだが。私の方だって、心の準備というものがあるぞ」
『あなたは臨機応変に対処してくれればいいです。あなたにはそれができる力がある』
「……それ、私は訳も判らず苦労するやつじゃないか」
ジト目で苦情を言うココに、女神は親指を立ててウインクしてみせた。
『大丈夫! マイフレンド!』
「おまえのな、そういう軽いところが嫌いなんだよ!」
『まあ冗談はさておき』
ココの本気のイライラが伝わったのか、女神も仕切り直した。
『未来は不確定なのです。あなたが今から身構えることで、私が今見通している事が変わるかもしれません。それが良い方に動くかもしれませんが、逆に私でも手の施しようがなくなる事態になるやも……』
女神でさえ手が付けられない事態。ココも真面目な顔で目を細めた。
「例えば、どんなことが?」
『それが判っていれば不確定とは言いませんが……あなたに関わる事ですと、発生するのが想定よりズレるかも』
「……ズレる?」
『そうです。具体的にどんなことが考えられるかと言いますと』
ニコッと笑った女神が(ココには)恐ろしい事をさらりと言った。
『天変地異の類なら十年単位で時期が遅れるかもですね。そうしたらあなた、聖女をあと四年じゃ辞められなくなりますね。ウフフフフ』
「ウフフじゃないぞ!? 関係者全員喜ばないやつだ、それは」
人間側にしてみれば全然笑い事じゃない。
ココも早く辞めたいと思っているけど、多分ジジイはじめ他の連中だってココの任期が延長されたら胃が持たなさそうだ。聖女の力が必要な災害に襲われるうえ、さらにココがいつまでも聖女として勤めてるとか……むしろそのほうが天災。
結局、聖女が必要になった理由を今日も話してくれる気はないということだ。
どこまでも煙に巻く話し方の女神と真面目に応対していると、精神的に気疲れがひどい。なんだかバカらしくなってきたココは、ゴロリとその場で横になると肘をついて腕枕をした。女神と一対一で話している最中に。
女神相手に失礼もいいところだけど、ココは女神を尊敬対象と考えていないので開き直っている。ココはどこまでもココなのだ。
ちなみにこういう所が気に入られてると、当の本人は気がついていない。
「結局、私はどうしたらいい? ジジイやババアにはあれこれ憎まれ口を叩いてはいるが、世話になってる恩義は感じているんだ。いつまでも無駄飯食いはガラじゃない」
立場をわきまえないような事ばかりして見えるココだけど、本当は聖女に指名された事には“感謝”を強く意識している。
嵐で吹き飛ばない建物に自分だけの部屋と暖かいベッドをもらえて、衣食住は全てタダ。毎日三食におやつ付きで、世話係まで付いている。
教師が読み書き計算に色々な知識を教えてくれて、給料ももらえる。
これが成人するまで続く。お役御免になる頃にはもう大人。それまでに手に職を付ければ、貯めた給料もあるし路上に戻らずまともな生活も送れるだろう。
なお、拾い上げに感謝する気持ちと低賃金の改善を要求する正当な権利は別問題。それはそれ、これはこれというヤツだ。
さらに言えば王子に捕獲される未来は選択肢に考えない。
だからこそ、今の慰問と儀式しか仕事が無い現状がもどかしい。借りが返せなくなるほど大きくなる前に減らしておきたい。
これだけの待遇で雇われているからには、ココは何だってやる覚悟だ。洗濯でも荷運びでも粉引きでも、何でもやるべきことを言って欲しい。でもマルグレード女子修道院では、そんなことはしなくていいと言う。
雇うように指示した女神が何かココにやらせたい仕事があるのなら、さっそく取り掛かりたいのだが……。
歴代の聖女が疑問にも思わなかった待遇に貧乏性を刺激されるココを見て、女神は笑みを深くする。
微笑む女神は首を横に振った。
『あなたの働きが必要になれば、自然とあなたが必要とされます。今の平穏な生活は、報酬の前払いと思えばいいのです。だから今は、何も気にせず享受しなさい』
「そういうものかなあ」
『ええ』
女神が言うのなら、そうなのかもしれない。
……。
「いや、それって滅茶苦茶キツイ後払いが待っているって事じゃないのか?」
『細かいことは気にしなーい』
これからの未来に何が待ち構えているのか……。
凄く気になって仕方が無くなって来たココに、今度は女神が聞いてきた。
『ココ。むしろ今は、そんなことよりも大事な事があるでしょう?』
なぜか前のめりになってくる女神。
「……何か、あったっけ?」
聖女を必要とする大事件より大事なこと。心当たりがなくて困惑するココに、女神ライラは聖なる存在と思えないニマニマした笑みを見せた。
『この間、とうとう王子からもらったんでしょう? ユ・ビ・ワ!』
「ぶっ!?」
思わず吹き出し、座ったまま後ずさるココ。
「そんなことまで見てるのか!?」
『絶対受け取らなかったココちゃんがついに! どうだった? やっぱり嬉しい? お礼はどうするの? まさか任期明けを待たずに結婚退職!? いやーん!』
グイグイ来る女神。ココは必死に追及をかわしながら叫ぶ。
「なんだその近所のおばちゃんノリは! だからおまえの呼び出しは嫌なんだ!」
『もー、照れちゃってえ! 早くお話聞かせて頂戴!?』
「そんな話をしに来たんじゃないぞ⁉ マジメに仕事の話をしろ!」
『やーだ、ココちゃんったら。今日はその話を徹底追求しようと思って呼び出したのよ』
「何やってんだよ!? そんなことを気にするくらいならジジイの名前を憶えてやれ! ちゃんと仕事しろ、おまえは!」
『もう、はぐらかしてないでお姉さんにも教えて? 大丈夫、他の人にはしゃべらないからあ』
「おまえ“お姉さん”なんて歳か⁉ 何万年生きてるんだ!」
『時間と言う概念も私が作ったのよ? だから私が十六歳と言えば、永遠に十六歳なのです』
「世界を作ったババアが私と二歳違いとか、いくら何でも厚かまし過ぎるだろ……」
『人の歳より、ココちゃんのコ・イ・バ・ナ! ほらほら、王子は何て言ったの? 最近向こうもグイグイ来てるわよね? ココちゃんを口説く時って、王子はいつもどんな感じなのっ!?」
「ジジイとの会話を知ってるぐらいなんだから、セシルの話だってわざわざ私に聞かなくたって知ってるんじゃないのか!?」
ココの悲鳴に、今日一番のマジメ顔で女神が答えた。
『当事者から直に聞くのは別腹じゃない。ココちゃんが教えてくれないんなら、ちゃんとお話を聞けるまで時間を戻さないわよ?』
「脅迫の仕方が酷すぎる……」
◆
「ココ様、朝ですよー」
「う……むーぅ……」
ナタリアがココを起こしに来てみると珍しく寝起きが悪く、目を覚ました後もウンウン唸ってベッドから降りてこない。
やっと起きて来た顔を見れば、よほど夜更かししたのか目の下にクマができていた。
「昨日は遅くまで起きてたんですか?」
「好きで起きてたわけじゃないけどな」
「寝付けなかったんですか? 目を閉じて横になっていればその内に眠くなりますよ。無理矢理寝ないと、今みたいに朝がつらくなるんですから」
「私は寝たかったのだが、これも仕事のうちと思うとなあ……」
「?」
なにか要領を得ない返答が来るので、ナタリアはちょっと不審に思ったが……まだ頭の中が寝ぼけているのかもしれない。寝起きの人間にはよくあることだ。
ココにはたまにこんな日がある。
「今日は大事な法要があるんですから、ちゃんと目を覚まして下さい」
「むぅ……」
気にしても仕方ないと放っておくことにして、ナタリアは着替えさせる法衣の用意を始めた。今日は王国の成立四百周年の記念ミサがあるのだ。
「ほらほら、寝ぼけていると時間が無くなりますよ。髪を整えますから早く着替えてください」
何も知らないナタリアが催促してくるので、ココも仕方なくベッドから降りた。頭が重くて足元がふらつく。完全に寝不足だ。
用意された洗面器で顔を洗っても、全然疲労感が抜けずシャッキリしない。思わずココは口の中でボソボソ恨みごとをつぶやいた。
「あー、女神のせいで全然寝てないのに、ソイツを讃えるミサをあさイチからやるだなんて。バカみたいにもほどがある……」
「どうしました、ココ様?」
「なんでもなーい」
法衣のチェックをしているナタリアに聞かれて叫び返したココは、寝間着を一息に脱いで代わりに肌着をスポッと頭からかぶった。
……大事なパーツを一つ、忘れたまま。
ココが気が付くのは、三時間後のことだった。
これにて第一部「聖女の日常」編は完結となります。
第一部はココの暮らしぶりと場面背景を知ってもらう、チュートリアル的な序章の位置づけでした。
……おかしいよね……構想だと、現在の第一章の長さの筈だったんだぜ……。
これでもストーリーの無い部分がだらだら長くなりすぎるかなと思って、使うはずのエピソード間引きしたんですけどね……マトモに完走できるとしたら、既に今の段階で私が書いた文章で最長確定ですよ。序文の段階で「ポンコツエルフ」以外の長編三本の長さを超えちゃってる……。
第二部「王子の危急」編は書き溜めがあんまりないので週に2、3回の更新になるかもしれません。できるだけ間を開けないように頑張ります。




