第03話 勇者様は旅立ちます
渋々魔王討伐に出かけることにしたココだけど、もちろん全く納得していない。
「クソッ、なんで夢の中でまで魔王退治なんか……ん? 待てよ?」
どうせ夢なんだから、別にバックレちゃっても問題なくない?
「そうだよ……そうだよな! よし。そうと決まったらうまいこと途中ではぐれて、こっそり下町にでも潜り込もう」
そう考えると、ココはなんだか気が軽くなった。夢だろうがご都合展開だろうが、あの旅路をもう一回やるのは絶対にイヤだ。
「同行するナッツたちをうまく撒かないとな。先にルートを確認しておくか……僻地に行ってからだと後が困るし」
ココは縄で縛ったウォーレスに聞いてみた。
「なあウォーレス。死の森まではどうやって行くんだ?」
「道案内の前にこの拘束、解いてくれません?」
「おまえを自由にしとくと、さりげなく逃げそうだからダメ」
「勇者様ほどじゃないです」
さきほど実にさりげなく自分だけ王宮に居残ろうとしていた魔法使いは、ため息をついて窓の外を顎で指した。
「えーっとですねえ。そこの正面の門を出ると都の大通りに出るでしょう?」
「うん」
「まっすぐ行くと都の城門に出ます」
「それは知ってる」
「そこから王都を出ますと」
「麦畑が広がっているな」
「いいえ、そこに死の森が広がっています」
「どういう地理設定だ!?」
言われて慌てて窓から見たら、確かに王都の城壁の横にうっそうとした森林地帯が広がっている。
「あの門に隣の国へ行く主要街道が全部集まってたよな!? どうなってるんだよ!」
「あそこは門出て五秒で死の森なんて常識じゃないですか。勇者様の地理感覚どうなってるんですか」
「はぁっ!? 王都の横が死の森って、主要な町のどれよりも魔王城の方が近いじゃないか! ザイオンだって森までこんなに近くなかったぞ!?」
「起床までの時間は限られているんですから、ご都合展開にいちいち文句言わないで下さい」
「いくら夢だからって、何をぶっちゃけているんだおまえは……!」
「じゃあ、また何カ月もかかって旅しますか?」
「それは断る」
城門出たら即到着では、逃げる暇もありゃしない。
「くそう、なんで私の夢なのにこんなに自分に優しくないんだ……!」
これからはもっと自分を甘やかしてやろう。ココはそう胸に誓った。
◆
都を守る城壁から一歩出たら、本当にそこは一面の森林地帯だった。
「なんだよ、これ……魔王が本当に攻めてきたら、応戦する暇もないじゃないか」
「だから今から討伐に行くんじゃないですか」
「いや、そう言うことじゃなくてさ。普段の危機管理がなってないっていうか、都をやばい場所に立ててどうすんのとか……まあ、いいや」
危機感について微妙にかみ合わない会話を諦めて、ココは森の入り口を探してみた。すると一本だけ森に入っていく道があり、小さな門があった。門の前には申し訳程度に数軒の家が建っている。
「……まさか、あれが最寄りの村とか言わないよな?」
「なんで『まさか』とか言うんですか。どう見ても死の森に一番近い村じゃないですか」
「王都から出たってほとんど同じ距離だよ! ていうか死の森がそんなに危ないんなら、あの程度の小さな村くらい都の中に避難させちまえよ!?」
「やれやれ、勇者様は分かっていませんねえ」
いまだ簀巻きにされたままのウォーレスは、微妙にむかつく感じのキザなしぐさで肩を竦めた。
「森から魔物が攻め出てきた時に、騒ぎ立ててくれる警報機が必要でしょう?」
「おまえ、その辺りのド外道ぶりが夢の中でも治らないんだな……」
「悪の魔法使いですから」
村に近づくと、ぞろぞろと村人? が出てきた。出迎えらしい。
「おう、兄ちゃんたち。ここを通りたければ通行料を払いな」
出迎えの趣旨が思っていたのと違った。そしてこいつらも顔見知りだ。
「ダニエル、おまえギャングから野盗に転職したのかよ」
「ダニエルじゃなくてジャッカルと呼べ! おう、どこのどなた様だか知らねえが、ここは俺たち『明るい農村』の縄張りだぜ」
これはどう見ても、村人じゃなくて山賊団。
どうなっているのかとココがウォーレスを見たら、視線を受けた悪の魔法使いはわざとらしく咳払いをした。
「んっんー! あーキミたち、我々は魔王討伐の勇者パーティ一行です。事前に話を通してあったはずですが?」
王の側近の言葉を受け、ナイフや鉈をちらつかせていた男たちが黙り込んだ。人相の悪い男たちは無言でそっと刃物を鞘に戻すと、急に愛想笑いを浮かべながら揉み手を始める。
「これはこれは勇者パーティの皆様、遠いところをはるばるよくおいで下さいました。僕たちの村にようこそ!」
「王都から三十秒も歩いてないよ」
村人たちの話によると、森の中の魔物はやはり相当に狂暴らしい。
「魔王軍っていうほど組織立ってはおりやせんが、とにかく猛獣が多い感じなんでさ。この辺りまでは滅多に出て来やせんが、奥の方には見つかったらやばいヤツらでいっぱいです。向こうが一匹だとしても、相当にてこずると思いやす」
「ふーん。出てくるのは猛獣だけなのか?」
「猛獣だけっていうか、猛獣しかいないっていうか。この森に棲んでいるのはたとえウサギでも、人間ぐらい簡単に殺せるほど気性が荒くて強力なんですわ。おまけに魔物によっては知能があるヤツもいやすし」
「なるほど」
考え込むココにウォーレスが尋ねる。
「どうしました勇者様。何か気になる事でも?」
「王都の近辺は亜寒冷地帯のはずなのに、この森が熱帯雨林なのが気になる」
「どうでも良いことは脇に置いておいて、何か策はありますか?」
「そういうのを考えるのは私の役割じゃないと思うんだが……そうだな、一つ良い手がある」
「と言いますと?」
「分かんないことが多すぎるから、いったん帰って仕切り直そうぜ」
「待ってください」
王都に向かって歩き始めたココをウォーレスが引き留めた。
「帰ってどうするんですか」
「別に今すぐ魔王が都に攻めかかる感じでも無いんだろ? 時間はまだある」
「攻めてきた時には今以上に勢力を増しているじゃないですか! そうなってから抑えられるんですか!?」
「それは心配いらない」
心配する皆に、ココは笑って教えてやった。
「その頃には私も夢から覚めてるだろ」
「全然解決策になってないですよ!」
第2巻は4/30発売です! よろしくお願いします!




