発売一ヶ月記念SS 聖女様は内幕を暴露します
1か月遅れになりましたが、発売記念に小話を投稿します。
ココが机に向かってうんうん唸っているところへ、ウォーレスが顔を出した。
「聖女様、お願いしていたスピーチの原稿できました?」
「今やってる……なあウォーレス、即興でそれっぽいことをしゃべるんじゃダメなのか? “急にしゃべれと振られた”って形にしとけば、とりとめもないことを適当にしゃべって笑ってごまかせるのに」
「あなたにそれをやらせると、何が飛び出すか分からないから怖いんですよ」
「おまえは私を信用し無さ過ぎだ……と、一応書けた。一休みしたら推敲するか」
「どれ、見せてもらっていいですか」
ウォーレスは伸びをする聖女が片手で突き出した紙束を恭しく両手で受け取り、一行目のタイトルに視線を走らせた。
【不況知らずの安定収入! 泥棒からさえ上前をはねる『喜捨』という稼ぎ方 ~不安心理につけ込む坊主丸儲けの収益構造~】
ウォーレスはアルカイックスマイルで、“やっぱり”と頷く。
「思ったとおり、事前にチェックに来ておいて正解でした……やはり今度の原稿は、こちらで用意しておいたやつを使いましょう」
そして教皇秘書は、ココの原稿をそのまま背後の部下に手渡した。
「君、これ復元できないように細かく裁断しといて」
「はい」
「おいこら、ウォーレス。私が半日かけてやっと書き上げた珠玉の逸品を、読みもせずにいきなり破棄しようとは何事だ」
「逆に私がお聞きしたいのですが、どうしてこれが通ると思うんですか」
「確実高収入な商売を、手法に熟知した内部の人間が懇切丁寧に解説する圧巻のスピーチだぞ。なかなか聞けないリアルな体験談に、きっとみんな居眠りなんかせず聞き惚れるに違いない」
「教団幹部がそれをやるのは、解説ではなくて告発というんです。というか十四歳で、そんな大人の裏事情に詳しくならないで下さい」
「十四歳って言ったって、八年も社会の第一線で働いているんだ。世の中というものを理解しても良い頃だろ」
「社会人の自覚があるなら、なんでわざわざヤバいネタに突っ込むんですか」
「そこはほら、子供のすることじゃないか。いちいち気にするな」
◆
「まったく、ウォーレスのヤツときたら……人に無理やり仕事を押し付けといて、いざ出来たらなんて言いぐさだ」
ご機嫌斜めでぶちぶち文句を垂れ流している聖女様に、付き合いの長いナタリアも苦笑いするしかない。
「それはそうですよ。人聞きの悪い内情を垂れ流しにしたら、体面的にまずいじゃないですか」
「それはあいつらの日頃の行いが悪い」
「あれ? あの内容、ココ様の自虐ネタかと思ってました」
お付きの顔面にアイアンクローを決める聖女様に、あらましを聞いたドロテアが首をかしげて尋ねた。
「裏事情を~バラしたら~さすがに~マズくないですか~?」
「でも受けるぞ」
「それは~そうですけど~」
話題が話題なので、横で聞いていたセシルも(ニヤニヤ笑っているけど)一応釘を刺す。
「ココ、一時の受けを狙う前に良く考えろ。商売を長持ちさせようと思ったら、核心部分の機密を漏らしたらヤバいだろ」
「そう?」
「ノウハウを公開したら、競合が増えて収益が下がるぞ」
「むう……それもそうか」
そういう風に言われるとマズい気になる聖女様。
「分かった。そのネタやるのは退任間際にするわ」
「そうそう」
「分かったじゃないですよ!? 殿下も適当な相槌を打たないで!」
ナタリアが悲鳴を上げるけど、ココにしてみれば任期が切れた後の事なんて知ったこっちゃない。
「ココ様ったら……何か、もっと穏当な話題は無いんですか」
「うーん、この手の裏話は受けるんだけどなあ……」
考え直せと言われて、唇をすぼめて考え込むココ。
「私が知ってるけどみんな知らないこと……後は、そうだなあ……」
「ナッツの本名はナタリアじゃない、とかかなあ」
「…………え?」
ココの何気ない一言に、当の本人が固まった。
「あの、ちょっと、それどういう事ですか!? 私が知らないんですけど!?」
「どういう事と言われても」
ココの方は皆知ってる話を聞き返されたみたいにキョトンとしている。
「あれ? おまえが知らないの?」
「初耳なんですけど!?」
「構想段階では元々“ココ・ナッツ”ってデコボココンビで《暴走とツッコミで1セット》の予定だったから、ナッツの本名はナッツの方。貴族令嬢って属性が付いた時に『ナッツだけじゃ貴族の名前じゃないだろ』ってことで語尾を整形した」
「えぇ……」
「あと命名規則ができたのなら貴族はみんな似たような語感だろうって、マルグレードの修道女がみんな『~ア』なのはナッツのついで」
「私たち、みんなナタリアのおまけなんですか……?」
ショックを隠せないアデリアの後ろで、ドロテアが恐る恐る手を上げる。
「あの~、ココ様~? 私~、貴族じゃ~無いんですけど~?」
「ドロシーは家がお金持ちだから」
「……どういう関係性が~?」
「庶民でも上流階級だと貴族を真似たがるって事で、そうなってんの。日本で女の子の名前に『~子』が多かったのと同じ理由だな」
「そんなとこだけ史実準拠……?」
「名前関係で言ったらな、これはマズいってことで直前に変えたのもあるんだよな」
「誰かの名前ですか?」
「誰かのっていうか、派閥の名前」
「派閥?」
ナタリアたちが聖女を見返すと、ココは窓の外に見える大聖堂の尖塔を指さした。
「教団の三大派閥、ここは大聖堂の名前があったからそのままなんだけど」
「はあ。他の二つもそうですよね?」
「そっちは元々大聖堂の名前が決まってなかったから、プロットの段階では三派の区別を付ける為の仮称で呼ばれてたんだよね」
「それはまあ、よくある事では?」
「で、それが『譲れないこだわりのある』って観点から仮で名づけられてて」
「よくある話ですね」
「だから元々は『ブルマー派』と『スク水派』だったんだよね。そのまま使っても面白そうだったのに」
「大惨事ですよ!?」
「ピチピチブルマー履いた潰れスライムとスク水一丁の陰険ジジイか……コミカライズしたら映えるだろうな」
「誰も買いませんよ、そんなの!」
「あとは、そうだなあ……」
ココはまだネタを探しているけど、周りはもう聞きたくない。
「ココ様、どうせスピーチに使えないんですからもうその辺で……」
「そうか? 大幅にカットした教団の黒い話とかあるぞ?」
「私たちが居づらくなるんで、もう止めて下さい」
「修道院長の笑える裏設定とか」
「これから顔を合わせづらくなるんで一番聞きたくないです」
「そうかなあ」
「顔を見るたびに思い出す系は勘弁して下さい」
せっかくの持ちネタを聞いてもらえないので聖女は不満顔だけど、ナタリアたちにしてみればヘタに耳にしたら明日からの生活に困る。院長の顔を見て吹き出したりしたら、そのまま院長室へ連行されてしまう。
「そう言えば」
部外者なのでそこまで黙って聞いていたセシルが首をひねった。
「修道院長も貴族のはずだが、名前が基準と違うよな」
「ああ、それはな」
ココも思い出したような顔で頷いた。
「まあ全員が全員、同じでもないだろうって言うのと」
「言うのと?」
「キャラクターを考えて、作者が思いついた中でできるだけおどろおどろしい語感の《ホラーとかに出てきそう》な名前にしたそうだ」
「……ココ。間違っても、面と向かって言うなよ?」




