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第151話 聖女様は怪談を聞きます

 最前線で思いがけない大宴会になった。


「参加できなかった第二陣の連中は、聞いたら悔しがるだろうな」

 ココの呑気な感想に、横のセシルが苦笑する。

「結果で見れば大勝利な上に()()()で贅沢な宴会なんかできたけどな。普通に考えれば、ヤツらと対峙した段階で総崩れになっていてもおかしくないぐらいの状況だったんだぞ?」

「そうかあ?」

 ココは慣れているせいか、肉が来た! としか思っていなかった。

「そうだよ。千、二千のオークなんて、地方都市ならあっという間に潰されてもおかしくない数なんだからな。初戦でそんなのに当たったなんて、怪談以外の何物でもない」

 周りで一緒に焚火を囲んでいる騎士たちも同意している。それが普通の考え方らしい。


「もしかして……昼間のって実は、割とピンチだった?」

「……俺たちから見ると、そういう常識が無いおまえのその頭が一番怖いな」



   ◆



「怪談と言えば……」

 ココの頭の話が収まったところで、王子の護衛(ナバロ)が語り出した。

「初めての遠征で今日みたいに魔物討伐に行った時……もちろん規模ははるかに小さいんですが……こんな話を村の老人から聞きましてね」


 ナバロの語る話は摩訶不思議であると同時に興味深く、町の一角だけで生きていては聞くことのできないものだった。

 茶のカップを片手に聞き入っていたセシルが感嘆する。

「この話は本当か、ナバロ!? グラーノアス地方には奇妙な風習があるものだな」

「さて」

 聞かれた方は苦笑いをしている。

「その辺りは何とも。彼らが信じているだけで、真実を突き止めれば実際は大した話ではないのかもしれません。あるいはまだ騎士になりたての若者を怖い話でからかっただけだったのかも……その辺りの虚実取り混ぜたところがまた、怪談の醍醐味というヤツで」

「なるほどな」


 セシルが頷いていると、聖堂騎士団長が膝を叩いて身を乗り出した。

「百物語というものをご存じですかな? 殿下」

「百物語?」

「こんな感じに円座でくつろいでいる時に、並ぶ者が順に怪談を一つずつ披露するというイベントでございます。本来はそれぞれが一本ずつ手に蝋燭を持ち、話が終わると吹き消して行く……全員の話が終わって真っ暗になったところへ、本物の恐怖が現れると言われておりましてな。まあ、そういう趣向の座興ですわい」

「ほう? 面白そうだな。おまえら、何か持ちネタはあるか?」

 セシルが問えば、一緒に火を囲む騎士たちも自信ありげに「俺の話が」などと言い出す。

 コレは面白そうだ。


「ふむ。これも旅の面白さだな。よし、聞かせてもらおうか。誰から行く?」

 王子が鷹揚に頷いて周りに催促すると……。

「じゃあ、まずは私からか? アレは私がまだ五歳ぐらいの頃かな? ずっと飯にありつけなくて死にそうで、絶対に手を出さないと決めていたイカレたホッジス爺さんの売り物をしかたなくパクった時……」

「ココ。そういう生々しい系は求めていない」


 

   ◆



 恐ろしい話、不思議な話。

 (ココを除く)それぞれが一つずつ語り終えて、順番がセシルの横まで戻ってきた。

 セシルは持ちネタが無いので、ここで終わりと思いきや……。

「ギャ? ギャ! (ん? 次は俺か)」

 今日作ったばかりのジャーキーを噛んでいたゴブリンが顔を上げた。

「……ゴブさん、持ちネタがあるの?」

 ゴブリンが百物語に参加していること自体が何かの怪談。

 ……とか言う以前に、この“こだわり”のある男がいつの間にか隣に座っていたことに最大の恐怖を覚えるセシルだった。




「ギャ! (飛びっきりのを話してやるよ)」

 そう前置きすると、ゴブリンはココの通訳でむかし体験した話をし始めた。


『おまえら、ゾンビって知ってるか?』

 

 ゾンビ。

 一度死んだ者が生き返った、魂無き歩く死体。

 腐乱死体が襲い掛かってくるのも恐怖だが、何より恐ろしいのは襲われ噛まれると自分も毒が回り、同じくゾンビになってしまうことだ。

 そしてそうやって増えていくゾンビは当然ながら友人知人の姿をしている。だが、理性は無く、親しい者たちが“生きたまま”腐って襲い掛かってくる絶望ときたら……。


「それは恐ろしいな……伝染病の一種なのか?」

 セシルが漏らした感想に、ゴブリンは分からないと答えた。

「ギャ! ギャッ! (そいつは何とも言えないな。そんなのが湧いてくる呪われた土地じゃあ、村が一夜で無人になるって言うぜ)」

 一口茶をすすって言葉を足す。

「ギャッ! (そういう小難しい話をゴブリンに聞くなよ)」




 そこで終わりかと思いきや、ゴブリンの話はここからが本題だった。

『ただ、ゾンビの話には類似品があるんだ。“ゾンビ捕りがゾンビになる”ってことわざがあるんだけどな』


 ゴブリンがいた山に昔、盗掘の一団がやってきたらしい。

 そのうちの一人が他の者と離れた時に魔物に襲われた。

 必死に抵抗したが負けてしまい、自分も“魔に魅入られた者”になってしまった。


『だが、コイツの厄介だったのは……腐乱死体になるゾンビとは違い、見た目が変わらないって事だった』


 外見は変わらず、知能も残った“元冒険者”はそのまま何食わぬ顔をしてパーティに戻った。

 そして、仲間の隙を見て……。


『一人ずつ、一人ずつ。単独行動になった瞬間を狙って襲って行き……一行がなにかおかしいと気が付いた時には、もう手遅れ。過半数が“魔物”になっていて、あとは一気に襲われて……それっきりさ』


「それは……恐ろしいな! さっきまで信頼できる親友だった者が、いつの間にか魔物に中身が入れ替わっているだと!?」

 騎士団長が呻く。

 騎士や冒険者など、命がけで仲間との信頼を築き上げる者には悪夢としか言いようがない。

「それは本当に起こった話なのか!?」

 嘘か本当か分からないのが怪談の醍醐味と言われたが、思わず確認してしまうセシル。

 ゴブリンも重々しく頷いた。

「ギャ! (現実にあった話さ)」




「それで、結局そのパーティは行方不明になったままなのか? それとも死体は見つかったのか?」

 ナバロに聞かれて、ゴブリンは目をぱちくりさせた。

「ギャッ! (クエストを終えて都へ戻ったよ)」

「……はっ?」

「ギャギャ、ギャ! (まあ、元々お互い命懸けで助け合う仲間だ。友情に厚かったからな……そこで肉体関係もできて全員恋人となれば、より結束も強まるってものだ)」

 ジャーキーを飲み込んでお茶をすすったゴブリンは、遠い目で空を眺めた。

「ギャ! ギャ……(あれは良いことをした……みんな、元気にやってるかな)」



   ◆



「そう言えばゴブさん、なんか当番だって言ってなかったっけ?」

「ギャ! (そうだった! 今晩は俺、不寝番なんだよ)」

 ゴブリンは立ち上がると警棒をくるくる振り回し、鼻歌を歌いながら闇の中へと消えていった。

「ギャッ! ギャギャギャギャ! ギャッギャッ! (ぼうやー 良い子だ お眠りよー 狼さんに お気をつけー きっといい夢 見られるぞー)」  




「本陣の周りの連中は真面目だなあ。不寝番に任せずに、自分たちでも立哨を立ててるのか」

「いや聖女様、その不寝番から身を護るための警戒です」



   ◆



 先遣隊が全滅したとの報告を聞き、悪魔神官ネブガルドは開いた口が塞がらなかった。

「か、壊滅した……だと!? あれだけの数のミノタウルスとオークがいたのにか!?」

『ハハッ!』

 何とか生き残って逃げ延びたオークが身を震わせた。

『ア、ア、……』

「あ?」

『アイツラ、アタマ、オカシイ!』

「それは知っている!」


 中型魔物の中でも有力なミノタウルスとオークをあれだけ送ったのに、相当数の戦士が討ち取られてしまった。

 頭の悪い連中の力押しだけに、あれで勇者を討ち取れると期待していたわけではなかったが……。

「それにしても、敵にほとんど損害を与えることができなかっただと? 一般兵は相当に削り取れると思っていたのだが……」

 二千五百の“畜産”連合部隊で、人間軍の主力三万を半減できると読んでいたのがアテが外れた。

「人間どもも急ごしらえのわりに精鋭を集めたようだな」

 幻魔グラーダがそう評したが……。

 潜入して現物を見てきた悪魔神官としては、ちょっと賛成しかねる。

「いや、そうとも思えぬ。国の兵を三万も集めたところで、無傷でミノタウルスやオークを狩り取れるほど強くはない。むしろ普通では考えられない何事かがあったと考えるべきだ」

 報告者が下級のオークなので話が要領を得ないが、魔王軍側がなにか混乱に陥ったのだろう。

 

 ネブガルドは……大変嫌な事ではあるが……一つの可能性に気が付いた。

「あの聖女が何かをしたか……?」


 常識では考えられないことをしたとしたら、アイツしか考えられない。


 王子も大概な性格をしているが、為政者であるだけ行動にリアリティがある。

 陰険で卑怯で意表を突く考え方をするが、まだ常識の範疇だ。

 どう考えてもあり得ないだろ!? ってことをしでかすなら、絶対あの聖女だ。

「聖女だ。ヤツが絶対、カギを握っている」

「ほう? どんなヤツか?」

「気に食わないことがあると教皇を蹴り飛ばしたり、大司教を土足で踏んだりする女だ」

 間違ってはいない。


 ネブガルドの人物評を聞いて、グラーダが冷笑を浮かべた。

「ならば人間どもの数を削って士気をくじくより、聖女とやらを排除してしまった方が早くに片付くのではないか?」

「それは、そうだが……」

「ならば俺に任せておけ」

 幻魔が立ち上がった。

「お得意の幻覚に引きずり込むのか?」

「ああ。俺が直々に出向いてやることにしよう。嫌がらせで奴らの数を削りながら、精神的に余裕がなくなったところで頭を直接潰してやる」


 幻魔グラーダの戦術は幻覚とゲリラ戦を織り交ぜた、敵の精神力をすり減らすやり方だ。

 攻撃を受けている者は今見ているものが現実なのか虚構なのか分からなくなり、パニックに陥っているあいだに討ち取られてしまう。


「俺の力を見せつけてやるのも久しぶりだな……ブラパ、小型の魔物を使うぞ」

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― 新着の感想 ―
[一言] ゴブサンダイマオウジャネ
[良い点] 遊星からの物体Xっぽい伏線が! まあホラーと言えばホラーですが [一言] さようなら幻魔グラーダ、先にお悔やみ申し上げます。
[一言] 確かにココのせいだが、ココがしたのは煽っただけじゃんね(笑) ゴブリンが何気に馴染んでるのがウケるww
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