第111話 聖女様は攻守交替で張り切ります
王子の指示で、ブレマートン大聖堂の闇を取り仕切るヘロイストス司祭は“痴漢”の現行犯で王宮へ連行されて行った。
「おいナバロ、ギロチンと死刑執行人の準備もちゃんと指示出しておけよ!?」
「はっ、抜かりなく!」
「そんなぁ!? 僕はまだ何もやってないぞ!? 声をかけただけだ、本当なんだ! 嘘じゃない! お願いだよ! 助けてよ! 死刑は嫌だああ!?」
泣きわめきながらナバロの部下に引きずられて、“ブレマートンの知将”は退場していく。
“裏”を一手に担当していたブレーンの意外な脱落のしかたに、モンターノ大司教はじめブレマートン派の面々は唖然として言葉もない。
助けを乞うべき“お仲間”が茫然自失しているので、仕方がないからココがセシルの袖を引いた。
「なあ、死刑はさすがに無いよな? 適当なところで勘弁してやれよ。あいつはオツムが可哀想なヤツなんだ」
最愛の聖女からの助命嘆願に、まだ笑顔が怖い王子様がわかっているよと軽く頷いた。
「ハッハッハ! さすがにギロチンは冗談さ。死刑は無い、安心しろ」
「そうだよな」
「まあ、ご……尋問の結果いかんでは、ヤツの代わりにムスコが断頭台に乗ることになるかもしれないが」
「あいつ聖職者のくせに子供がいるのか?」
「んー、その辺の話はココにはまだ早いかなあ?」
「いいかナバロ、片時も目を離すんじゃないぞ? マルグレード女子修道院の中までは痴漢も出没しないと思うが、大聖堂にはどんな変態がいるか分からない」
「はっ!」
「特にトイレや控室など、ココが一人になりがちな場合は周辺の確認と些細な物音にも気をつけろ! 敢えてココを狙うような幼女趣味は確実に……」
「いつまでもグダグダ注意してないで、おまえは仕事あるんだからサッサと帰れ!」
諸注意の指示がいつまでも終わらない王子の尻を、焦れてきた聖女が蹴り上げた。
「待て待てココ、俺の言っておきたいことはまだ三分の一も終わっちゃいないぞ?」
「そんなの聞いていたら日が暮れるわ!?」
セシルの抗議に聞く耳持たず、ココが王子を追い立てる。
エントランスを出て行った聖女様の背中が見えなくなるなり、モンターノ大司教が教皇を振り返った。
「おい、あの王子本物なのか!? 聖女が尻を蹴りながら出て行ったが!?」
「間違いなくアレはセシル王子じゃ」
教皇が頷くのを見て、ブレマートンとスカーレットの神官たちが一斉に騒めく。
「あの聖女、いつもあんななのか!?」
「王子に向かってなんて真似を……信じられん!」
今見たとんでもない光景に動揺する彼らに、教皇はなぜか自慢げに胸を張った。
「どうじゃ、恐れ入ったか。儂らはアレが社会からはみ出さぬように、日々苦労しておるのじゃぞ?」
「トニオ、躾ができていないのは全然自慢するところじゃないぞ……」
人目が無いのを確認したココは普通に歩き始めた。
「来るのがやたら早かったな。ウォーレス辺りから話が行っていたか?」
「まあな。いざという時は頼むとな」
セシルの態度も、激怒していたのが嘘のようにクールに切り替わる。
「私を守れってか? アイツも過保護だな。私の方がセシルより腕っぷしが強いってのに」
「いや、ココが暴れ出したら止めてくれって言われていたんだが」
「そうか。それなら、まだ当分出番はなさそうだな」
何か言いたそうに、半笑いで口元がもにょるセシル王子。
それに気付いているのかいないのか、ココが両手をこすり合わせながらニタッと笑った。
「ついでだ。セシル、ちょっとおまえの部下を貸してくれ」
「うん? 別にいいが……何をするつもりだ?」
立ち止まって王子と顔を見合わせた聖女様は、人の悪い笑みを浮かべていた。
「どうも敷地外で夜中にこそこそ動いているのがいるみたいなんでな……私はタヌキ狩りの準備で忙しいので、おまえのほうでネズミ捕り頼むわ」
◆
ブレマートン派の主要幹部を引き連れモンターノ大司教が歩いていると、掲示物の前で司教や職員が集まってざわついていた。
「なんじゃ?」
教皇庁の者が何か新しい布告が出たぐらいで、その場に留まって話し込むなど珍しい。
モンターノも近寄って制札を確認してみて……硬直した。
掲示板には今日付けの新しい布告が一枚貼られていた。
『 告
大陸会議の開催に伴い、表に出ないところで金品のやり取りが行われていると噂になっている。このような事態は非常に嘆かわしい』
ここまではいい。
こんな話は大陸会議では常識だ。まさか表立って注意を促すとは思わなかったが、誰でも知っているような話だから今更驚きも無いだろう。
公然と掲示する辺りは、嫌がらせと警告と思われる。
それはいい。
だが、この布告を書いた者の頭がおかしいのはここからだ。
『贈収賄の目的を考えると、これは聖務と直接関係ない“利益誘導目的の臨時収入”と考えられる。
したがって個人的な所得とみなされるので、もらった者はただちに“聖女へ”十分の一税を納めなさい』
どういうこと!?
心情的に賄賂を汚職ではなく役得と考えるブレマートンの者でも、賄賂なんてそもそもアングラな物に所得税がかかるなんて聞いたことが無い。
普通は贈収賄自体を取り締まるものだ。
ところが、もらうのは構わないけど税務申告しろだと!?
布告には“脱税”に対する警告も書かれていた。
『申告を怠った者は“脱税”とみなし、その反社会的な行動を厳しく糾弾する。
したがって収賄を黙っていた事が発覚した場合は、容赦はない。
脱税者は大聖堂エントランスにて、聖女自らが“聖なる布団叩き”で百叩きに処す。
そのうえで山で採れたヌルヌル芋を尻に突き刺し、一日その場に晒し者にする。
なお、時効は無い。
慈悲も無い。
きちんと払え。
必ず払え。
払わないヤツは地獄へ突き落す。
聖女の勘を舐めるなよ。
以上 』
……。
「書いたヤツ、頭おかしいじゃろ!?」
思わずモンターノは叫んでいた。
「買収作戦、いかがしますか……?」
さすがに周囲を気にしながら、ルブラン副大司教がモンターノに囁きかける。普段は冷静沈着な男だが、今ばかりは動揺が隠しきれていない。
「いかがしますかと言われても……」
会議の開始からこちら、トニオの秘蔵っ子がどんなものかは散々見て来た。
というか、見せつけられて来た。
アレがやると言ったらやるのだろう。
そして、それはゴートランド派の者なら自分たちより良く知っているに違いない。
モンターノは唇を噛んで少し考えたが……断腸の思いで中止を告げた。
「買収は中止じゃ……あの聖女が何をやらかすかわからんのは、ゴートランドの者たちの方が良く知っておる」
聖女を恐れて賄賂をもらったことを全部申告されてしまえば、そもそも買収している意味が無くなる。
黙っていろと言ったところで……普通は賄賂をもらったなどと公言するバカはいないのだが……もし一人でも聖女に捕まれば、残りの者も一斉に自首するに違いない。
もらった側にしてみれば、もらったことは処罰されないのだ。どうせあぶく銭なのだから、一割を聖女に支払ったって痛くも痒くもない。
そんな状況で賄賂を配るのは、ただ無意味に小遣いをあげているのに等しい。
「まさか贈収賄をスルーして、こう規制をかけて来るとは……」
ルブランが呻く。
「聖女が子供のくせに金に汚いという話は聞いていたが……なかなかどうして、上手いところを突いてくるな」
まさか贈賄対象から聖女をはずしたことで怒りを買っているとは、ベテランの政治家であるモンターノもルブランもさすがに分からなかった。
そして。
これは聖女の仕掛ける反撃の第一弾でしかないことも、彼らは分かっていなかった。




