~第9幕~
昨晩に遡る。虎の子探偵事務所まえで鬼道院と零たちは再会した。
逃げられないのか? 鬼道院は溜息交じりにそう呟いたようだったが、確かではない。あの決死の決戦からまだ時間もそう経ってない。おそらく戦場からいち早く去ったのだろう。右手の傷が疼くが、気にしている場合でなさそうだ。
「よお、何も言わずに去るなんて寂しいじゃないか。首輪はどうした?」
最初に口を開いたのは零だ。しかも最も聞いて欲しくない事を躊躇なく彼は尋ねてきた。さらに彼は続ける。
「右手も……誰かとやりあって傷ついたか? 俺はお前が敵を倒したと聞いて讃えていたのによ。お手柄とったからトンズラこくなんて、あんまりじゃないか」
じりじりと零とエレナが寄ってくるようだ。らしくもないが、身体が震えている。首輪は外したが、此処でやり合っても殺されるだけだ。それぐらい直感でわかる。何をどう返事すべきか彼は迷った。迷ったが重たい口を開けた。
「俺はこの仕事からは降りる……」
気がつけば後ずさりしていた……
「降りる? 俺達とはもう関わらないということか?」
零はやはり逃がしてはくれなさそうだ。しかし鬼道院も鬼道院で本音を抑えなどしなかった。引いたのは1歩まで。それ以上は引かなかった。
「俺がこのジギリに加担したのはアンタ達に殺されて、アンタたちにいつでも殺される身にあったからだ。あの首輪をつけていたからな……」
「まぁ、普通に考えてみればそうだな。一目見ただけで判るな」
「俺を殺すのか?」
もう戦闘態勢に入る気力はない。ただ答えるだけだった。
「ここで俺に歯向かうのなら、そうだろうな」
「?」
彼らの足が止まる。
「歯向かわず逃げると言ったらどうなる?」
「ん? なんだよ、それ?」
「俺がお前らに勝てるとは思えないさ。俺に今選択肢があるとしたら、ここで逃げきるか、お前らに殺されるか? そうじゃないのか?」
零とエレナは見合った。
少し間が空く。この隙に走りだそうと思えば走りだせるのだが、そうはしなかった。それは自然と恐れることもなく。
「エレナ、ちょっといいか?」
「ナンダ?」
「今から俺が言うことは不自然なことなのかもしれない。だけどお前にも受け入れて欲しい。お願いできるか? これは俺がゲームに対し思っている事でもあるから」
「フフン、聞イテミナイト分カラナイナ」
鬼道院の胸のうちになる鼓動はおさまらない。しかしどこか“交渉”に応じて貰えるような感触はあった。
「俺はそもそもこのゲームに納得して参加してないのさ。それは鬼道院さん、アンタだって同じようなものだろうよ? ただアンタは俺の友人の大切な人を殺した。そして俺はそれを許す訳にはいかなかった。いずれにしてもアンタを殺す運命は変わらなかった。それと証人で利用しているのは別の話さ」
「…………どういうことだ?」
「アンタは一度死んでいる。こちらに害をもたらさない限りは俺達がアンタを二度も殺すことはしないよ。少なくとも俺達の敵の一人を始末してくれたからな。利用できるだけ利用させて貰えたということだ。だからアンタが逃げたいなら逃げればいい。もっともアンタ自身もお尋ね者にはなるだろうが……」
「零、零ハソレデイイノカ?」
「ああ、このゲームが嫌な気持ちっていうのは何だかわかる気がするからさ」
零はエレナに対して頷いてみせると鬼道院へそっと声をかけた。
「逃げたきゃ逃げればいい。ただしもしも俺達の敵に俺達を売る真似をしたら、本気で許さないと思え。それだけだ。今までありがとう」
「俺に自由を与えると言うのか……!?」
「やることやってくれたのだろう? お礼さ。そうだ、でもひとつだけ」
「?」
「元気であってくれ」
零は優しく微笑んでみせた。鬼道院は軽く頭を下げると、小走りでその場を去っていった――
「エレナ、今晩は月の光を浴びて貯蓄できそうか?」
「アア、ソレナリニハ……」
「次の戦いに備えよう。もう俺達は逃げられないのだから」
今度はエレナに微笑んでみせる。その微笑はどこか弱弱しかった――
∀・)さらば鬼道院?の巻でした。今回の零君の決断に?マークがつく人がいらっしゃるかもしれません。ただ説明としては「そもそも俺はゲームに納得して参加してないのさ」という彼の一言に尽きます。あとは鬼道院に対して仲間意識のようなものが芽生えたと言うか……まぁ、最終的には皆様のご想像に任せます。また次号で。




