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 暴走が起こりました ~何故か副官みたいな事をしています~

 グラトーに撒き散らされた【エビル・パフューム】の効果は、森に生息していた魔獣を異常なまでに興奮状態へと導いた。

 魔獣達は互いに殺し合い、捕食し、また殺し合う。

 まるで互いが殺し合う様な地獄の光景は暫く続いていたが、ある魔獣の出現によりそれは暴走と化する。

 濃緑色と濃い茶色のの体毛を持ち、巨大な胴体を支える太い脚、鋭く生え揃った牙のある咢が殺戮に酔っていた魔獣達に襲い掛かる。

 この地で最大の捕食者でもあるグリードレクスである。


 逃げ惑う魔獣を追いかけては喰らい、再び飢えを満たすが如く狩りを続ける獰猛な気性。

 弱い魔獣は体内の魔力を用いて様々な防衛能力を駆使し、この獰猛の捕食者から逃れようと試みるも、グリードレクスの能力がそれを嘲笑うかのように消し去る。

 この暴虐の捕食者を止める者は無く、最早全て食い尽くされる筈であった。

 だが、グリードレクスにも天敵が存在するのだ。


 一心不乱に屍を喰らうグリードレクスの背後に忍び寄る黒い巨体。

 同系統の肉食魔獣でありながらも、同じ肉食魔獣を狙う最大の敵。

 全身を鋭く尖った外殻を身に纏い、グリードレクスをも一回り超える体格は最早圧巻の一言に尽きるだろう。

 周囲を濃緑色の霧に覆いつくし、他の魔獣達を瀕死に追い込んでいる。

 喰らう事に夢中になっていたグリードレクスは、その天敵の存在に気付く事は無かった。

 魔獣の名は【ヴェノムオーガスト】。

【アムナグア】と同等の称号を持つ、深緑地帯最大級の災厄級捕食者であった。


 この存在に気付いた他の魔獣は一斉に逃げ出し、暴走を引き起こしたのである。

 魔獣達の逃げる先には、セラ達がいるエルフの里が存在していた。


 この暴走した魔獣の先端が里に到達するのは、それから二時間後の事であった。





 突如警鐘が鳴り響き、冒険者達の全員が広場へと集合していた。

 其処にはエルフの長老集も並び、状況が深刻な物である事を知らしめている。

 そんな中壇上に立つのは、最長老でもあるウォールキンであった。


「就寝中に申し訳ないと思っておる。じゃが、緊急事態が発生したので、冒険者の皆様方の力をお借りしたい。

 現在この里に大規模な魔獣達の群れが迫ってきておる。数の総数は分からぬが、比較的危険な状況にある事は間違いないじゃろう」

「質問が有ります」

「何かな、ミラルカ嬢?」

「それはこの里を防衛するという事でしょうか? 若しくは住民を安全に退避させるための時間稼ぎですか?」

「無論、可能なら防衛してもらいたいのじゃが……いかんせん魔獣の数が判らぬのじゃ」


 冒険者達に不安の色が浮かぶ。

 現時点でここにいる冒険者の中に、上級と呼べる冒険者の数は少ない。

 こうした防衛を行うのは前線で上級、中級から下は援護が担当となるからだ。

 下級に至っては後方支援が役割となる。

 だが、暴走の規模が判らない以上は、初期の行動で後の行動方針が大きく変わってしまう。


「それは難しいですね。わたくし達はこのような大規模戦闘は初めてですし……」

「ぬぅ……こうしている間にも、魔獣共が里に近付いて来ておるのだが…」

「大規模戦闘に於いて、初動が後の作戦行動に大きくつながるのです。そこを間違えると最悪の事態になりますわね」


 白百合旅団は集団で魔物を狩る旅団ギルドだが、こうした防衛線は未だに経験が無かった。

 その為、経験不足からくる情報の処理にもたつき、思い切った作戦を立てる事が出来ないでいる。

 そんな彼女の目に、ぐうぜんセラの顔が留まる。


「セラさん。貴女はどう思いますか?」

「僕っ?! そうだねぇ~……先ずは住民を一か所に集めて逃げる準備をし、僕達は魔獣の群れに一当てしてその規模と状況を図るのが得策かな?

 暴走が引き起こされる大きな原因は、自分達よりも強い捕食者の出現が殆どだからね」

「成程……こうした戦闘の経験がおありのようですわね。頼もしいですわ」

「下級の冒険者を防衛と護衛、後方支援に回し、中級は中間距離から魔法攻撃、上級者は先端に魔法攻撃を撃ち込んだ後に状況を見て迎撃かな?」

「本当に頼りに為りますわね。いざと為れば貴女の【ディストラクション・バースト】が有りますし」

「あんまり期待されても困るけどね。一度使ったら被害が大きいから」

「全滅するよりは遥かにマシですわ」


 セラの回答に他の冒険者は感嘆に沸く。

 此処にいる殆どが防衛戦に参加した事は無く、同時にこれが初の防衛線であった。

 其処に経験者がいる事は何よりも心強い存在なのである。


「方針は決まりましたわ。里の皆さんにいつでも避難できる準備をお願いします。私達は状況を見て護衛か防衛に計画を変更いたします」

「うむ、では出来るだけ里からも皆様に支援しよう。ポーションや秘薬の使用を無制限で許可いたしますぞ」


 その言葉に他のエルフの長老達は驚愕する。

 自分達が作り出した秘薬の数々を、無償で冒険者に譲り渡すに等しいからである。


「お待ちください! それでは我が里の経済に多大な損失がっ!」

「損失だけで済めば御の字じゃろう? 里が亡びれば復興に多額の費用が掛かるのじゃからな」

「しかし、使われなかった秘薬を彼等が持ち出ししたりすれば……」

「その程度で里が守れるなら安い物じゃろう。お主等は金勘定に目が行き、状況を見ておらぬのではないか?」

「理解は出来ますが、其れと之とは……」

「我等の安住の地と、民の命が掛かっておるのじゃぞ? 金の事など後回しにせい!!」


 他の長老衆の言葉を一刀両断にシャットアウトさせたウォールキン。

 

「蔵の鍵を開けよ!! 出来る限り冒険者の支援をするのじゃ、我等が里を守るぞ!!」

『『『『『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼‼』』』』』


 こうして里を守る為の戦いが幕を上げる。

 地下にある貯蔵庫からエルフ謹製の秘薬が齎され、冒険者はそれぞれ最高の装備を纏う。

 準備は慌ただしくも迅速に、出来るだけ確実に行われた。


 セラも自分の最高装備を選んだが、ヴェルさんは何か不機嫌そうであった。


「ぬぅ……グラムリュグナス・レジェンドシリーズか、何故その装備なのじゃ?」

「えっ? 状態異常に対しての耐性を高める効果が有るし、ヴェルさんの装備は未改造だからだけど?」


 セラの装備した防具や武器は、ヴェルグガゼルと同種の龍王シリーズの一つである。

 五大龍王の中で最も魔力貯蔵量が多く、使用者を安定してサポートしてくれる装備でもある。

 蒼く美しい鱗や甲殻を用いて作られており、見た目にはどこかの王族が戦場へ向かう時に行うパレードに着る儀礼用鎧に近い。

 敢えて言うのであれば戦乙女。

 しかしながら実用性は異常なまでに高められており、フルカスタマイズの上に防御力でもヴェルグガゼルシリーズを遥かに上回っている。

 何しろセラが初めて手に入れた龍王装備であり、一方ならぬ思い入れもあるのだ。

 まぁ、飽く迄ゲーム内の話であり、実際は暇神がこの世界でデータを具現化させた物なのだが……。


「何で我の装備を使わぬのじゃ!!」

「だから、未改造の上に状態異常の耐性改造もしていない。ノーマルのままじゃ危険だからだよ」

「納得できないのじゃあぁあああああああああああああああああっ!!」


 謎のメイド服装備を着たヴェルさんが床の上で駄々をこねる。

 傍で見ている分には微笑ましいが、セラからしてみれば鬱陶しい。


「我儘言わないでよ、僕だって死にたくないんだよ?」

「それでも、嫌な物は嫌なのじゃっ!!」

「何処ののぼうさん?!」


 何故か激しく拒絶するヴェルさんであった。


「何でこの装備を其処まで嫌がるのさ? 良い装備なんだけど?」

「基本的に奴が気に入らぬのじゃ!! 奴は尻好きじゃからな!!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 セラの目が……死んだ。


「おまけに奴はショタじゃ! そなたの相棒を変われとまで言って来る奴じゃぞ?」

「五大龍王て、変態が多いの?」

「最近ではハードゲイに転んだらしいのじゃ!! 儂以上のヤバい奴なのじゃ!!」

「腐った女子ですか?」

「ついでにその装備で我は引導を渡されたのじゃ!! 軽いトラウマになっておるのじゃあっ!!」


 ヴェルさんに深い意味など無かった。

 最初から自分の我儘を押し通しているだけなのである。

 そんなヴェルさんを見て軽い頭痛を覚えたセラなのであった。


「今日はこの装備で行く、ヴェルさんの我儘は聞きません」

「早くフル改造をするのじゃ!! 我は奴の存在を認める訳にはいかん!!」

「ハイハイ、後にしようね?」


 ナチュラルにスルーして、セラはこの里を構築する円環外周の屋上に向かう。


 エルフの里は円形をしており、木造建築でありながらも高い防御力を誇っている。

 その理由が至る所に設置された巨大な弓、バリスタとカタパルトだ。

 比較的脆い木造建築でありながらも、これまで幾度となく防衛を果たして来た理由が、圧倒的な貫通力による集中攻撃にあった。

 例え防衛面で劣ったとしても、連続して放たれる巨大な矢には魔獣も為す術も無く倒れ、中型程度であれば一撃で殺傷出来るのである。


「後100年したら難攻不落の要塞になるんだけどね。今は只のハリネズミか……」


 セラが知るゲーム内でのエルフの集落は全てが要塞化しており、無論大砲なども設置された防衛拠点である。

 しかしながらそれは時代の先の話であり、現時点では防御に些か不安が残っている。


「ミラルカさん。現在の状況は?」

「バリスタに使用する矢の補充は済みましたわ。他にエルフ達から供給された秘薬も各自に配備できましたし、後はどう連携を取るかですわね」

「魔獣の行動次第で指揮する場所が変わるし、指揮官が足りないのが痛いよね」

「そうですわね。我が姉はあの通りですし……」


 困った表情を見せながら指をさしたその先に、簀巻きにされたエーデルワイスの姿があった。


「……まさか」

「そのまさかですわ。秘薬の配給に従事していたマイアさんに襲い掛かり、周りの方々が一斉に捕縛したのです」

「万年発情痴女……そろそろ魔獣の餌にしちゃわない?」

「なっ!? 銀色悪魔っ、君は何をとんでも無い事を提案しているんだっ!!」

「そうしたいのですが、あんなのでも姉なものですから……」

「あんなの?! ミラルカっ、今私をあんなのと言ったか?!」

「状況を見て行動すれば良いものを……生粋の痴女じゃな」

「君に言われたくないよ!!」


 少しでも上級の指揮官が欲しい所なのに、その上級者が変態行動に励んでいては体裁に悪い。

 場合によっては処分する事も本気で考えている一同で会った。


「さっさと作戦会議をしようぜ、変態の事は後で処分すればいいだろ」


 業を煮やしたのか切り出したのはレイルである。

 彼は中級上位冒険者だが、人手不足から臨時に上級扱いする事になった。


「そうだね、先ずは想定している魔獣のルートだけど」

「それは、変わらずに前進してきていますわ。あと少しで此処からでも確認できる事でしょう」

「そう為ると、出来る限り距離を引き付けてから一斉攻撃になるね。最初の攻撃で分散させれば、後は他の場所でも楽に迎撃できると思う」

「問題は、頑丈な魔獣がいる事だろうな。グリードレクスみたいな奴が……」


 大概の魔獣であればバリスタタで処理する事も可能だが、大型魔獣ともなると簡単には行かない。

 巨体である分防御力もあり、凄まじくタフな魔物が多いのだ。

 しかし、巨体であると持久力は低く、直ぐに疲れて動きが鈍る事もある。

 だが、魔獣は特有の魔法を使う事が有り、下手に接近を許す訳にはいかない。


「大型が出た時は出来る限り遠距離攻撃、体力を奪い隙を見て接近戦に挑むのがベストかな?」

「小型から中級の魔獣がどれほどいるかも問題だな。場合によっては厄介な事になるぞ?」

「木造建築ですからね。内部に潜り込まれては大変ですわ」

「そこは中の方々に頑張ってもらおう。迎撃班は人数が足りないしね」


 作戦会議は順調に進んでいる。

 しかし、その傍らでは一人の上級冒険者が腐っていた。


「私、団長だよね? 皆のリーダーだよね?」

「お姉さま……おいたわしや…」

「団長はん……えぇ~加減にせんと、本気で魔獣の餌にされるで?」

「時と場所を考えないからこうなるのだ。いい加減に目を覚ませ」


 全然懲りない団長のエーデルワイスは完全にハブられていた。

 少しだけ聞き分けが良い分、まだヴェルさんの方がマシである。


「レイル。カタパルトの準備は終わったわよ」

「人数が少ないですが、治療班も準備整いました」

「よし、これで大体の準備は完了だな」


 ファイとミシェルの報告により、迎撃の準備は整った事を知る。


「所詮は付け焼刃ですけどね。緊急依頼ですし、こんな物でしょう」

「やけに冷めてるな。こんな状況を楽しむ性格だと思っていたんだが……」

「何で僕が指揮を補佐する立場なんでしょうね? この手の戦いに参加はしましたけど、指揮を執っていたのはギルドの上級の方々でしたよ?」

「お前……アレにここの指揮ができると思うか?」


 レイルの指をさした方向には、やはり簀巻きにされたエーデルワイスの姿がある。


「もの凄い説得力ですね。ロープをほどいたら獲物を襲いに行くでしょうし、役に立つとは思えない」

「だろ? 何であれが白百合旅団の団長なんだよ。ミラルカの方が適任じゃねぇ~か」

「ですよね? 何故生きているのでしょう。氏ねば良いのに……」

「聞こえてるよ!! 態とだな? 態と聞こえる様に言っているんだな?!」


 当然である。

 人命が係る様な緊急事態に、己の性欲を満たす為に行動するような際物なのだ。

 多少悪愚痴をこぼした所で文句は言えないだろう。

 寧ろ足を引っ張りかねない所が厄介なのだから。


「ルーチェさんが指揮を取っても良いような気もする」

「私? 私は駄目よ、基本的に助っ人要員だから」

「そう言えば、クレイルさんは? この里に来てから見てないんだけど?」

「あの人は、住民の護衛に就いてるわ。冒険者じゃないから」

「「充分冒険者としてやって行けると思う」」


 セラとレイルは同時に同じ意見を呟く。


 武闘派商人のクレイル。

 彼は基本的に争い事を好まず、こうした荒事には決して干渉はしない。

 しかし、いざと為れば並の冒険者よりも遥かに強かった。

 そんな猛者がただの護衛である事が残念でならない。


 ―――カンカンカンカンカンカン!!


 再び警鐘が掻き鳴らされる。


「来たか……先ずは充分に引き付けてだな」

「その前に、どれほどの規模か確認が先ですよ」


 セラが双眼鏡を覗くと、森の中から無数の魔獣が飛び出してきていた。

 どれも小型の物ではあるが、その数はあまりにも多い。


「選択……間違えたかな?」

「だが、小型の物だけだろ? 引きつければ全滅できるだろ?」

「後処理の事を考えると、あの群れを分散させる方が先決ですね。先ずは魔法攻撃で様子を見ましょう」


 下手に全てを倒しても生態系が壊される事になる。

 冒険者は時として暴走を拡散させる事により、難を逃れる事もしていた。


「魔法迎撃隊、前へ! 十分に引き付けてから攻撃に入りなさい!!」

「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」


 冒険者達の士気は高く、之なら期待が持てそうだと判断したミラルカは、森を避けて此方へと迫る魔獣の大軍を睨み据える。

 魔獣達は畑を蹂躙し、何も考えずに此方へと接近して来た。

 この大半が恐慌状態と興奮で我を忘れており、ただ逃げる事に必死なのだ。

 

 群れが次第に里に近付いて来る。


「バリスタは使わないのか?」

「大物が来た時の為に残しておかないと、いざと云う時に確実に死にますよ?」

「中型が接近してきた場合は?」

「此方に前進して来るのに対しては攻撃を仕掛け、迂回する奴は無視します」

「群れを二手に分けるのは、他の村に行ったときに迎撃する数を減らして措くためですよ。先頭が崩れると別方向に分かれる習性を利用するんです」 


 混乱状態でも群集心理はある。

 群れ状態で移動する時、目の前に岩があれば避けようとするだろう。

 先頭が避けると其れに釣られるように後続も移動する。

 中には自滅する者が居ても、魔獣は獣であるが故に危険には敏感なのだ。当然目の前の危険を避けて行く行動を起こす。

 これも自然界で生きる生物が持つ習性の様な物である。


「成程……俺達はつまり岩という事か」

「そういう事です」


 魔獣の戦闘が射程圏に入ると、それよりも手前に引きつけて逃げ場を無くすように心がける。

 初激で徹底的に先頭の魔獣を倒し、後続に危険を教えねばならないのだから出来るだけ派手にやる必要があった。

 残酷なようであるが、これも生きる為の手段の一つなのである。


「・・・・3・・・・2・・・・1・・・0・・」

「放てぇ―――――――――――――――っ!!」


 属性問わず様々な魔法が群れの戦闘に撃ち込まれて行く。

 飛び交う魔法の軌跡は幻想的なのだが、里の外縁真下で起こっている光景は地獄絵図であった。

 小型の魔獣が無数の攻撃魔法に曝され、無残な屍と変わって逝く。

 辛うじて生存するも、再び魔法の集中砲火を浴びて死んで逝った。

 

 後続の魔獣達は更なる混乱に陥った。

 前進すれば攻撃に曝され、立ち止まれば後続に踏み潰される。

 あるいは転倒して他の魔獣を巻き込み、何とか生き延びたとしても前方からの攻撃は止む事は無い。

 辛うじて攻撃に巻き込まらなかった魔獣は走り出し、他の魔獣達もその後に続いた。

 こうして暴走した群れを二つに分断はしたが、其れでも突進してくる魔獣は存在する。


「中型の魔獣が来た」

「バリスタ、用意!!」


 号令に従いバリスタの照準が向けられる。

 矢の節約の為に確実に息の根を止める必要があり、バリスタは可動範囲では無く前方にのみ向けられている。

 里の外縁区画には上下に三段に別れバリスタが設置され、順番によって矢を放つ様に決められていた。

 群れが二つに分かれた以上は数少ない中型を集中的に狙い、小型の魔獣は魔法で蹴散らす。

 その作戦を頭に叩き込んで慎重に行動せねばならないのだ。


「撃てぇ――――――――――――っ!!」


 バリスタの威力は凄まじかった。

 たった一度の正射で中型魔獣が瞬時に倒される。

 その周辺にいた小型の魔獣は、盾を失った事により慌ててその場を逃げ出す。

 初ては作戦の通り、何とか成功した。


「魔力を回復しねぇと……キツイぜぇ~」

「明日に為ったらぶくぶく太ってんじゃねぇか?」

「飲み過ぎで水膨れってか? はははは!」


 第一段階が成功し安堵したのか、冒険者達は軽い冗談を言い合う。

 群れは里を避ける様に引き裂かれ、里に向かってくる魔獣は僅かしかいない。

 それを確実に仕留める事で、内側に侵入されないように防衛に徹していた。

 

「何とか無事に成功しましたわね」

「だと良いがな……」

「そうですね。まだ油断はできる状況じゃないし、いったい何がいる事やら」


 安堵の溜息を吐きつつセラはミラルカ、レイルと共に周りを俯瞰する。

 前方では群れの中央から二つに分かれ、異なる群れとなって里を避けて行く。

 こちらに来る魔獣はそれぞれの部署が対処し、里に近付く前に処理されていた。


「無事に流れを分ける事が得来ましたね」

「ですが、これ程魔獣が怯える存在とは何なのでしょうか?」

「ヤバい奴な事は確かだ。グリードレクスなら御の字かもしれんが……」


 グリードレクス程度ならセラとヴェルさん二人で何とか出来る。

 しかし、それ以上の存在となると、最早ここにいる冒険者程度ではどうする事も出来ないだろう。

 現在最高の装備を保有しているのはセラとヴェルさんだけであり、後の者達は一般で普及されている装備品を改良したものが多いからだ。

 辛うじてレイル達の装備が災厄級の素材で作られているが、実力はまだ上級と言うには程遠かった。

 

「解け!! いつまで私にこの様な醜態を晒させるのだっ!!」

「全裸でダイブする人が何を言うてるんや? 今まで充分恥ずかしい醜態を晒しているやないか……」

「全くだな。一緒に街を歩くだけで、指をさされる我等の身にもなってみろ」

「セティ、フレイ、酷くない?!」

「私だけは何時までもお姉様の味方です!」


 未だエーデルワイスは簀巻きにされていた。

 隙あらば状況御構い無しに少女達を襲う変質者に対し、妥当な対処だとは思うのだが、そのあまりに無様な姿は緊張感を台無しにする。

 そんな彼女の味方はレニーだけであった。


「のう、アレをどうにかせんのか? 此の侭では士気に関わると思うのじゃが……」

「ヴェルさんも同類でしょうに……どうしようか?」

「正直、近くに居られると邪魔だな」

「牢にでも入れて貰いますか? 少なくとも静かになりますわ」

「何か、牢破りしてでもマイアちゃんの所に行きそうな気がする」

「じゃろうな。鍵を開ける為の針金くらい用意してそうな気がするのじゃ」

「ギクゥ!」


 全員が一斉にエーデルワイスに視線を送る。


「やっぱりか……牢は駄目じゃな」

「ですわね。我が姉ながら恥ずかしいですわ……」

「こんなのが姉で大変だね。周りの方々も気の毒に……」

「エーデル・・・・・・お前は何処まで・・・」

「団長はん・・・もう戻れんのやな・・・・」

「手遅れだろ。肉食系のレズビアンなんて何処に需要があるんだ?」

「一部では人気があるそうよ?」

「ファイ……そんな情報を、どこから仕入れて来るのですか?」

 

 好き勝手に言われていた。

 だが、これもエーデルワイスが自ら犯した罪であり、反省の色が全く見られないために着いた評価なのだから仕方が無い事だろう。

 衛兵に突き出されないだけでもありがたいと思ってもらいたいのだが、残念な事に彼女にその様な愁傷な精神は持ち合わせていなかった。

 寧ろ邪魔をされればその分だけ執念を燃やし、困難な状況を打破するために行動を起こすタイプなのである。

 つまるところ……異常なまでに執念深いのだ。

 そして、独占欲も強い。


「それにしても……何でこんな暴走が起きたんや? グリードレクス以外に厄介な魔獣がおるんかいな?」

「その様な魔獣など聞いた事は無いな。レイル、君は知らないか?」

「俺はそっちこっち旅してきたが、グリードレクスも今回初めて見たんだぜ? それにエルフ領の事なんか知り得る訳が無い」

「そうですわね。わたくし達もこの辺りの生態系など知りませんし……」

「・・・・・・あ・・・もしかして・・・」


 唯一心当たりが有ったのはセラだった。

 無論情報源はゲーム内の話だが、その情報が現実となると少し厄介な事になる。

 何しろその存在は災厄級であり、【アムナグア】程では無いにしろ面倒な能力を保有しているからだ。

 ただ、それを裏付ける根拠も証拠も無いのが今の現状であるが、あり得ない話では無いので話しておくべきか迷っていた。

 だが、何気に呟いた言葉に反応して、一斉に注目を浴びる事になってしまった。


「心当たりが有るんですの?」

「え? ……うん、まぁ……でも、まさかなぁ~……」

「あるなら教えろ! 今はどんな些細な情報も欲しい所だろ!!」

「そうなんですけどね? こんな暴走を引き起こすとなると、あいつしか居ないんじゃ無いかとしか……」

「勿体ぶらずに教えなさいよ! 里の窮地なのよ!!」


 偉い剣幕で迫るファイに気圧けおされ、仕方なく口を開こうとした時、セラの目には森の奥から立ち込める濃緑色の煙の様な物が見えた。

 それを見た時、完全に確信する事になった。


「やっぱり……奴だったみたいだ」

「奴って何を……何、アレ……」


 全員が森から立ち込める煙、若しくは霧に目を奪われる。


「災厄級魔獣……【ヴェノムオーガスト】。毒を撒き散らす魔獣だよ」

「なるほど、確かに奴はこの辺りに生息しておったのぅ~」

「「「「災厄級!?」」」」


 災厄級魔獣とは、たった一頭で大都市一つ壊滅させる事が可能な魔獣の総称である。

 今まで現れた事のある災厄級は災害級の【アムナグア】くらいだが、ここに来て二頭目の災厄級が姿を現した事になる。

 正確には三頭目なのだが、セラは二頭目の災厄級の姿を確認してはいない。

 あるのは手に入れた僅かな爪の破片だけである。


「冗談だろ!! 災厄級なんて相手に出来る訳が無い!!」

「大丈夫ですよ。アムナグアより遥かに弱いですし、此方にはバリスタが有りますから」

「何故、そんなに落ち着いていられるのですか? まさか、セラさんはアレを倒した事が……」

「あるよ? 単独で……。めんどくさかったけどね」


 その場にいる全員が何かを諦めた表情を浮かべる。

 心境的には『あぁ……こいつには、何でもありだな……』であろう。


「何で私達も知らない魔獣を知っているのよ……聞いた事も無いわ、そんな魔獣……」

「基本的に引き籠り体質で、空腹になったらグリードレクスを倒して食べてるみたいだよ? 大物狙いの捕食者なんだけど、アムナグアほど頑丈じゃないから」

「厄介なのは毒じゃからのぅ。ただの毒なら良いが、偶に精神毒を撒き散らして前線を混乱させるのじゃ」

「効果範囲が広いから耐性装備は必需品。おまけに大地系の魔法を使うからね?」


 ファイは生まれてからこの里を出るまで英才教育を受けている。

 しかし、自分達が済む深緑地帯で災厄級が生息していたなど初めて聞いた。

 そして、今日がその災厄級と初めて交戦となるのである。


「最上階のバリスタで奴を集中的に狙い、二段目で中型魔獣の狙撃、一階のバリスタは状況を見て各自の判断に任せよう。

 中にいる冒険者やエルフの皆さんには戦闘準備を要請、内部に雑魚が侵入して来るかも知れないからね」

「ちょ、里の皆は避難をさせないの?!」

「奴が精神系の毒を撒き散らしたら混戦する。下手に逃げたら魔獣の胃袋直行だよ?」

「グリードレクスじゃったら良かったのぅ~」

「アレも十分に脅威なのですが……」

「最弱の災厄級だから楽勝でしょう。問題は周りをうろつく雑魚なんだよね」


 ヴェノムオーガストの精神毒は判断能力を奪い去り、比較的好戦的な状況へ追い込む。

 例えそれが雑魚魔獣でも、数で押し寄せてきたらこの里が陥落する事になる。

 幸い魔獣は二手に分かれるように逃げており、ヴェノムオーガストの周囲には比較的少ない魔獣がうろついているのは幸運であったろう。

 それでも、今の里の防御力を感がみると脅威なのは変わりはない。


「各自、下の指揮者に連絡!! 作戦内容はセラさんの言った通りにしてください。わたくし達はヴェノムオーガストの討伐を優先します」

「「「了解!!」」」


 白百合旅団のメンバーが一斉に作戦に沿って行動に移す。

 ヴェノムオーガストのはまだ里にまで到達してはいないが、災厄級である以上は油断のおけない状況だった。


「念のため、僕が先行してダメージを与えてきた方が良いかな?」

「そうじゃのぉ~、我も行ってみたいのじゃが……状態異常の耐性装備では無いのじゃ」

「じゃぁ、お留守番お願いね」

「残念じゃ、ロックに頼めば強化してくれるかのぉ~?」


 緊迫する中で、二人だけは緊張感が無かった。

 慌ただしく状況が動く中、誰も気づかなかった事がある。

 

 そう、簀巻きにされた変態が逃げ出していた事を……。

 


 書けて後二話くらいだろうか……改めて読み返してみると無理があるような。

 序盤でトバし過ぎてる気がする。

 書き直した方が良いんじゃないだろうか?と思う最近。

 う~ん……難しい。


 楽しんで頂けたら幸いです。

 

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